第四章 【もう一度あの頃に戻れるのなら】

第75話 前世の因縁

「なんで、どうして……? 何なのここは? 夢の中にいるのか……?」



 ギルは唇を震わせて疑問を口にした。一体今、自分の身に何が起こっているかがわからない。目に見えるものすべてが不正確で不確実。虚構にまみれた世界に映っていた。

 

 ギルの視線は目の前の白い大きなネコにくぎ付けのまま。



「……ギルか。だいぶでかくなったじゃねぇか。それに随分たくましくなったな」


「ぐすっ……ねぇ、キミは本物なの……?」



 ギルの目にはすでに涙が溢れんばかりに浮かんでいた。



「あぁ、試しに俺を呼んでみろ」


「……ムサシ」



 プイッと横を向かれてしまった。


 

「ムサシさん」



 くいっとギルの方を向いた。


 

「ムサネコさん」


「ニャー」


 

 ムサネコがそう口にした途端、ギルはその胸に飛び込んだ。

 モフッとした暖かな感触に包まれる。

 ギルはその胸の中で泣き叫んだ。



「うわあぁぁぁぁん! ムサネコさんッ! 俺、俺っ……キミに何てお礼を言ったらいいか……何てお詫びをしたらいいか……。とにかく、ずっと……ずっと夢でも何でもいいから会いたかったんだよ……うぅぅ……」


「へっ……ギャーギャーうるせぇんだよ。お前の泣き虫は変わらねぇな」



 その時、ムサネコの目には黒い猫の姿が映った。黒猫は大きな瞳から涙をボロボロと流している。



「……そこのガキ。お前もこっちに来い」


「……ガキ……じゃないよ……ボクは……クロベエ……」


「……生意気なガキだな。さっさとこっちに来い……クロベエ」


「ふぇぇぇん……父上ぇーーーっ!」



 クロベエもムサネコの胸に飛び込んだ。

 ギルもクロベエも思いの丈が次から次へと溢れ出して、声を上げて泣き続けた。

 

 バイケンたちは「やれやれ」と言った表情でその様子を見つめていた。





 しばらくして、ギルたちは庭園の端、真っ赤な紅葉が生い茂る木々の下に集まっていた。



「ふ~ん、じゃあここはボクたちのいた時代よりもずっと昔の東の国ってことなんだね?」



 すっかり泣き止んで落ち着きを取り戻した様子のクロベエがムサネコに尋ねる。



「そうだ。大体1000年、いやもう少し前か」


「そんなに前に来ちゃったのか。でもさ、ムサネコさんはどうしてこの時代に? 他にもわからないことだらけだから、俺たちが納得できるまで全部答えてもらうよ」


「わかったわかった。お前は相変わらずだなギル」



 口では面倒くさそうに言うが、ムサネコは何だか嬉しそうだ。



「まず、ムサネコさん。そもそもなんだけどさ、キミは一体何者なの? あの時確かに殺されたはずなのに、どうして生きているの?」


「あー、それな。それはもちろん転生したからだ」


「転生って、さっきバイケンからも聞いたよ。じゃあこの地で生まれ変わって、それからずっとここで生きてきたの?」


「まぁそう言うことだ。ここでは19年になる」



 にわかには信じがたいが、ムサネコはさらりと言ってのける。



「ねぇ父上。父上はバイケンと前から友達なの?」



 クロベエが突然ぶっ込んできた。もう少し転生のことを聞きたかったギルだが、確かにその点も気になっていたので黙ってムサネコの言葉を待つ。



「コイツとは友達……って訳じゃねぇな。しいて言えば、昔殺し合った仲だな」


「そりゃまぁ違ぇねぇやぁ、うひゃひゃ」



 ムサネコもバイケンも物騒なことを言いながら楽しそうに笑っている。



「……殺し合った仲って、なんでそんな二人が一緒にいるのですか?」



 たまらずラヴィアンが問いただす。ムサネコはバイケンと顔を見合わせると、前足を振ってバイケンに説明するように促した。



「う~ん、そうだなぁ。そりゃまぁ成り行きってやつだぜぇ。オイラだってコイツとここまでの腐れ縁になるとは思ってもなかったしよぉ。でも、1つだけ確かなのは、オイラたちには〈同じ目的〉があるってことだぁ。とにかくそれがでけぇ」



 ムサネコは目を閉じ、腕組みをしながらうんうんとうなづいている。ギルはムサネコをゆすりながら尋ねる。



「ねぇ何なの、同じ目的って?」


「ん? あぁ、それはよ。俺たちをハメたやつへの復讐だ」


「え? 今度は復讐? ちょっと、さっきから物騒な言葉ばかりが出てくるじゃないか」


「ガハハ。しょーがねぇだろ、事実だし」


(ダメだ。ムサネコさんもバイケンも変なモードに入ってるし。質問を変えよう)



 そう思ったギルは口に拳を当ててしばらく考える素振りを見せると口を開いた。



「じゃあさ、俺たちがここに呼ばれた理由って何なの? バイケンにSOSを送っていたのはムサネコさんなんでしょ?」


「あーそれな。一番大事なとこだぜ。実はよ、俺がこの世界に転生させられたことには大きな理由がある。前世の因縁を断ち切って、お前らがいた世界にもう一度戻るために、ここへ来てもらったって訳だ」


「どういうこと?」



 ムサネコの言っている意味が全然分からない。何なんだ、前世の因縁って。



「ほんと!? ほんとに父上が戻ってくるの!? それなら今すぐ『前世の因縁』ってのを断ち切りに行こうよ!」



 クロベエはノリノリだ。実際、その場で何度もぴょんぴょん飛び跳ねてるし。



「ちょっと待てってクロベエ。そりゃもちろん俺だってムサネコさんには戻ってきて欲しいよ。でもさ、そんな簡単な話には聞こえないんだけど」



 またギルはそう言うことを言うー、と周りの視線が突き刺さる。しかし、慎重なのはギルの性分なのだ。



「ギルの言うこともわかります。私ももう少し聞きたいです、ムサネコさん」


「へっ、お嬢がそう言うならいいぜ。何が聞きてぇんだ?」



 ラヴィアンは間髪入れずに言う。


 

「『前世の因縁』と言うのはどういうことですか? ムサネコさんが転生を繰り返してきたと言うのはさっき伺いましたが、その中で生まれた因縁と言うことでしょうか?」


「まぁその通りだな」


「なら、それはどうすれば断ち切れるのです?」



 ラヴィアンの問いに、ムサネコは前足を正面にビッと突き出して言い放つ。



「鬼だよ」


「鬼?」



 ラヴィアンは首を傾げた。ギルがすかさずフォローする。



「ラヴィ。鬼って言うのは、確か東の国に住む妖怪だよ。頭に角が生えていて、口が耳まで裂けていて白い牙が飛び出しててさ。ヒューマンよりも2周り以上身体が大きくて、性格は凶暴で凶悪。この国で恐れられている存在だったはずだ」


「そんな恐ろしい相手が前世の因縁なのですか……?」



 ラヴィアンはそう言ってうつむいた。大人しく話を聞いていたクロベエが元気づけるように大きな声で言う。



「大丈夫だよラヴィ。父上はめちゃくちゃ強いんだ。バイケンもね。だから鬼なんてきっと目じゃないよ!」



 クロベエの言葉にラヴィアンは顔を上げた。



「でもっスよ。それならどうしてアッシたちまで呼ばれたんスかね? 親分と鎌の大将だけで十分なんじゃないんスか?」



 突然パウルが話に斬り込んできた。いや、そもそもお前は呼ばれてないし。と言うか、何だその呼び方は? 親分ってのがムサネコさんで、鎌の大将は……まぁバイケンのことだよな、きっと。どうも呼び方のクセが強すぎて話が頭に入ってこない。



「そりゃまぁ、俺たちだけじゃ手に余るからだ。因縁の相手ってのはただの鬼じゃねぇし」



 ムサネコの顔が曇ったように見えた。ギルは恐るおそる口に出す。



「ただの鬼じゃないって、じゃあその相手って一体……?」



 その場にいる全員が固唾を飲んでムサネコの言葉を待った。



「その鬼の名は、〈酒呑童子しゅてんどうじ〉。全ての鬼の総大将だ」


「まさか……酒呑童子だって……?」



 ギルはその名を知っていた。それは、気が遠くなりそうなほどの強敵ビッグネーム

 何しろ、ギルが読んだ伝記の中の最後の敵ラスボスだったのだ。架空の存在だと思っていたのに、まさか実在していたなんて。


 そして同時に思う。

 この段階では絶対に出遭うべきではない敵なのだと。

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