第74話 絶好機〈カイロス〉

 クロベエに顔を爪で引っ掻かれたギルは顔面に回復魔法を当てていた。

 

「ったく、この猫、誰に似たんだよ。最近気性も荒くなってきてるし、性格は相変わらず歪んでるし」


 ギルは回復魔法を当てながらブツブツ文句を口にしていた。

 

「そんなの父上か母上のどっちかに決まってるだろー。そう言うギルは最近どんどんバカになってきてるよね」


「なんだとー、このクソ猫ー!」

「おぅ、やったらー!」


「だからいいかげんにしなさーい!」


 ラヴィアンに怒られた。さらに二人は罰として正座をさせられた。

 その様子をバイケンはニヤニヤしながら見つめている。

 

「お前らよぉ、そこのお嬢に迷惑ばかりかけるんじゃねぇぜぇ」


「そうなんですよ。この二人って最近しょっちゅうケンカしてて」


 ラヴィアンは腕組みをしながら頬を膨らませて正座をしている二人を見下ろす。

 何も言えないギルとクロベエ。


「うひゃひゃ。まぁお前らはそこで大人しくしているんだぜぇ」


 楽しげに笑うバイケン。

 ギルはラヴィアンの様子を気にしながら、静かに言う。


「わかったよぉ。でさ、さっきのSOSを送ってきた転生者を助けるって話だけど、どうすればいいのか、バイケンは何か考えがあるの?」


「あぁ、もちろんだぜぇ。ただ、それはオイラ1人じゃ無理な話だからお前らのところまで来た訳だぜぇ」


「さっきもそんなこと言ってたよね? でも、俺たちはSOSも転生者も初めて聞いたんだけど」


 そう言ってギルは手を天に向けて首を振った。

 しかし、バイケンは表情を一切変えずに言う。


「……転生者と繋がる方法。それはずばり、絶好機カイロスだぜぇ」


絶好機カイロス? それってクロベエのアビリティだよね?」


「なんだぁ、お前らも知ってんじゃねぇかぁ」


「いや、俺たちは石板のステータスで見ただけなんだけど、味方のピンチやチャンスの時にランダムで発動するってことくらいしかわかってなくて」


 ギルとクロベエは正座のまま顔を見合わせた。

 クロベエもギルに同意のようで、小さくうなづいている。


「そっちじゃねぇ。絶好機カイロスの真骨頂は時の神クロノスと繋がるってところだぜぇ」


時の神クロノス? あぁ、確かそんなことが書いてあったような。でも、繋がるって言ってもどうやって?」


「そりゃおめぇ――」


 バイケンは言いかけて口を閉じた。

 目を閉じて膝に手を置いて唸っている。


「バイケンもわからないんじゃないか。しょうがないなぁ。やっぱりボクが何とかするしかないね」


 そう言ってクロベエは正座から立ち上がり、バイケンの背後に回って点滅する紋様に前足を当てた。


「へぇ、これがSOSかぁ。凄いね、本当に点滅してる」


「あ、こら! ずるいぞ、一人だけ勝手に……」


 ギルが文句を言おうとした目の前で、突然クロベエの身体が発光し出した。

 クロベエは自分の身体をまじまじと見つめると汗をかき始めた。


「な……なにこれ……?」


「どうしたチビスケ、何が起こってるんだぜぇ?」


「身体が……ボクの身体が光ってるんだ……それに透明になってきてる……?」


 確かにクロベエの身体は光りながら向こうが透けて見えている。

 クロベエの言葉を聞いて、バイケンは振り向いてクロベエを見ると大声を上げた。


「これはきっと絶好機カイロス時の神クロノスと共鳴しているんだぁ。ギル、それにお嬢! お前ら早くオイラに掴まれぇ!」


「え? え? なんで?」


 バイケンの様子にギルは動揺しながら尋ねる。


「だから時の神クロノスと……あーっ、もういいっ!」


 焦った様子のバイケンが、クロベエ、ギル、それにラヴィアンを背中に乗せて、さらにヘイデンの方へ向かう。


「あのオッサンはただ者じゃねぇ。絶対に戦力になるんだぜぇっ!」


 バイケンは力の限りの全力ダッシュで向かう。

 もうヘイデンは目の前だ。


「おーっしぃ! オッサンも連れて行く――」


 とその時。小さな影がヘイデンの前に立ちはだかった。


「アッシも連れて行って欲しいっスーーーッ!」

「あぶねーッ、何なんだオメーはッ!? 」


 バイケンは急停止を試みて、激突を避けようとする。


「お願いするっスーーーッ!」【ぴたっ】

「うわぁーーーーーーーッ!」

【バヒュン】


 クロベエに触れていた全員が一瞬でその場から消えた。


「なっ……ラヴィアン! ギル!」


 ヘイデンが叫ぶが応答はない。

 その場を離れることができず、呆然と立ち尽くすだけだった。





「……ん、何だここは?」


 一方のギルたちは目の前が歪んだかと思ったら、次の瞬間には見知らぬ光景の中にいた。


 奥に見える見慣れない建造物、手前には鮮やかな紅葉、大きな池には真っ赤な橋が架かっている。

 

 思わずため息が漏れるような美しい庭園が広がっているが、今までに実際に見たことは無い。似たような景色を見たことがあるのは本の中だけ。


 ギルは立ち上がり、ぐるりと周りを見渡す。やっぱり見たことがない景色だ。一目ひとめ、文化そのものが異なる印象を受ける。隣で同じように辺りを見渡しているラヴィアンと目が合った。


「……ラヴィ、キミにはこの景色はどう映っている?」


「はい……正直全く分からないですね。あのような建造物は東の国の歴史書で見たことがありますが……」


「あぁ俺もだ。だとしたらここは……。いやでも、そんなことが事実として起こり得るのか?」


 ギルとラヴィアンは眉間にしわを寄せて困惑の表情を浮かべた。

 クロベエはそんな二人にお構いなしとばかりに庭を舞う蝶々を楽しそうに追いかけていた。



「あああ……なんでオメーがついて来てるんだぜぇ! オイラはあのオッサンに来て欲しかったのによぉ!」


 突然バイケンが声を荒げた。怒りの矛先は……


「いいいい、いやいや、アッシはただクロベエの兄貴たちと一緒にいたかっただけなんスよ!」


「なんだぁ、『クロベエの兄貴』ってよぉ! あのチビスケはまだ2歳かそこらだろうがぁ。オメーは一体いくつなんだ、あぁ精霊!?」


「歳なんて関係ないっスよ! アッシはあの人の生き様に惚れたんスから!」


 バイケンがクロベエの方を向くと、プッとおならをして、おしりの臭いを嗅いだかと思ったら、オエぇッとえづいている姿が目に入る。


「あんなヤツの生き様だとぉ……? てめぇ、頭イカれてやがんのかぁ?」


「く、クロベエの兄貴は決めるところはバシッと決めるんスよ!」


 収拾がつかない状態である。この地に立った全員が混乱していたのかもしれない。いや、クロベエ以外か。


 その時、5人に近づく影があった。


「おい、バイケン。やっと来やがったか。おせーぞ。ったく、待ちくたびれたぜ」


 バイケンが声の主の方を向く。


「せっかくこんなところまで来てやったってのに、随分なんだぜぇ。お前もまぁ……変わらねぇじゃねぇかぁ」


 声の主は「ガハハ」と愉快そうに笑った。その声につられてラヴィアンと話していたギルが振り返る。その瞬間、ギルは文字通り全身が固まった。


「は……? ねぇ、ウソだろ……どうして……キミが……」


 ギルの視界に映った者。ギルは無意識のまま手を伸ばし、フラフラと近づいていく。


 それは、ギルとミーナを賊の手から守って命を落とした、まさに命の恩人。

 およそ猫とは思えない大きな体躯をした白い猫又。



 ムサネコだった。




 第三章【再会】 完



――――――あとがき――――――


作者の月本です。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回で第三章は終わりを迎えることができました。

で……、ストックはまだ10話くらいはあるものの、実はまだ第四章を執筆中のため、作内の整合性を図る上でも第四章を書き終えた段階で更新も再開したいと思っています。


あと、2週間とか、それくらいはかかるかもしれません(;・∀・)


ですので、もしよろしければ作品か作者のフォローをしてお待ちいただけたら大変嬉しく思います。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします!



月本 招(つきもと まねき)

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