第73話 転生者

「まずはこれを見るんだぜぇ」


 バイケンはそう言うと二足で立ち上がり背中を見せた。ギルは立ち上がり近づいてじっくりと観察する。


「え? なにこれ……」


 バイケンの背中の黒毛の紋様が一定間隔で鈍く点滅しているように見える。

 紋様を触ってみると光る時に少し熱を感じるが、それ以外に特に気になるところは見当たらない。


「これなぁ。背中が光るもんだからなかなか気づけなくてよぉ。でも、たまにめちゃくちゃ熱くなる時があって、それで気づいたんだぜぇ」


「にゃははは! イタチのくせに背中が熱いなんておかしいの。カチカチ山のタヌキか!」


 クロベエが面白がってバイケンをいじる。ギルとバイケンは顔を引きつらせながら見合わせてため息をつく。


「うん、まぁこの猫はいつもこうだから放っておいていいよ。で、その紋様が光ると何があるの?」


 ギルが尋ねると、バイケンは何も言わず夜空を見上げた。

 皆もつられて上を向く。


「これはな……おそらく異世界からのSOSだと思われるんだぜぇ」


 突然思いもよらぬ言葉がバイケンの口からこぼれた。

 黙って聞いていたラヴィアンが思わず口を開く。


「異世界? SOS? すみません、全然意味がわからないのです」


「んあ? そうだなぁ。確かに色々端折り過ぎたぜぇ。ただ、そのまま伝えても信じてもらえるかだなぁ……」


 バイケンにしては珍しく不安げな表情を見せる。

 クロベエはバイケンの膝の上に飛び乗ってニコッと笑って言う。


「そんなの全部信じるに決まってるよ。ボクらは仲間じゃないか」


「……あぁそうだったなぁ。じゃあ、色々不思議なことを言うと思うけど聞いてくれぇ」


 クロベエがぴょんとバイケンの膝上で跳ねる。

 皆もうんとうなづいた。ヘイデン以外は。


「さっき言った〈異世界〉ってのは、こことは別の時間軸の場所のことで、それが未来か過去かはわからねぇ」


 いきなり不思議と言うか理解に苦しむ内容だった。

 ついて行けるのかこの話。


「でよぉ、十中八九、向こうでオイラにSOSを送ってきているのは〈転生者〉だと思うんだぜぇ」


「ごめん、ちょっと待って! やっぱり全然ついていけないんだけど、質問いい?」


 ギルは右手のひらを正面に突き出してバイケンの話を制止する。


「あぁ、どうしたギル? もちろん構わねぇぜぇ」


「うん、そのさ。まず、異世界ってのは、こことは別の時間軸の別の場所ってことは、まぁその……一応理解したよ。例えば過去にあった歴史上の他の国とか、そういうイメージでいいのかな?」


「そうだな、それで合ってるぜぇ」


「よかった。じゃあ次だけど、転生者ってさっき言ったよね? それはどういう意味?」


「転生者の意味ねぇ……ちぃと説明がややこしいんだぜぇ。んじゃお前、〈輪廻転生〉ってわかるか?」


 ギルは拳を口に当ててしばし考える。


「えっと、『人が死んで新しい生命に生まれ変わること』じゃなかったかな」


「そうだ。この世のほとんどの個体は輪廻転生を経験しているが、前世の記憶は完全に消された状態で生まれてくる。だが、ごく稀に前世の記憶を持ったまま生まれてくる者がいる。オイラたちはそいつらを〈転生者〉と呼んでるんだぜぇ」


「へぇー」


 今までに聞いたことのない話だった。

 ギルは前かがみで興味を示す。


「で、おそらくだがよぉ、転生者の共通点は、過去に強制転移を経験したことがある者なんじゃねぇかって思ってる」


「強制転移? それって――」


「あぁ、生きている状態で魂だけ抜き取られて別の個体へ強制的に移されることだ。罪を犯した者がその罰として凶悪なあやかしやモンスターに入れられることが多い。夢も希望もないような凶悪な姿になって罪の意識を生きながら嫌でも刻み込まれるんだぜぇ。あと、人型の凶悪犯に入れられることもあるらしいなぁ。とんでもねぇ犯罪を犯すヤツのほとんどが強制転移の末路らしい」


「そんな……なんて恐ろしい……」


 誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。

 バイケンが続ける。

 

「これはオイラの推測だがよぉ、前に戦ったあの【サキソマ】って蛇の化け物もおそらく転生者だ」


「サキソマが……でも、アイツは俺たちが倒したんだよね?」


「んん……まぁあれは俺たちの勝ちだ。とどめは刺してねぇけどなぁ」


「え? どうしてだよ!? てっきりもう……」


 ギルは思いがけない話に唇をかみしめる。

 見かねてバイケンが言う。

 

「あれはキレネーの姐さんが家畜にして連れて行っちまったぜぇ」


「へ? キレネーさんが?」


「そうだ。毒ガエルと一緒にこぉんなに小さくされてズタボロにされてたぜぇ。あぁ思い出すだけで恐ろしいぜぇ……」


 バイケンはジェスチャーを交えながらギルに伝えた。

 いつもは堂々としているバイケンが思い出した恐怖のせいか、顔をこわばらせている。


「そうか、キレネーさんが……。それなら安心だ」


 そう言ってギルは安堵の表情を浮かべた。

 その顔を見てバイケンはうんとうなづいて口を開く。


「よし、じゃあ続けるぜぇ。で、その転生者からオイラにSOSが来た。ただ、実際にSOSが来たのは初めてだからオイラも少々面食らってる」


「ちょっと待って! さっきの話だと転生者ってのは、ようは【罪人】ってことだよね? そんな人をどうしてバイケンが気にかけてやる必要があるの? 罪人なら自業自得じゃないか」


 ギルが言うことは世間一般の多数派の意見だろう。

 バイケンはふぅとため息をついて言う。


「確かにそうかも知んねぇけど、一度罪を犯したヤツなら見捨てても構わねぇってのかぁ? オイラはそういう考えはどうも好きじゃねぇなぁ。それによぉ、オイラも〈転生者〉だ。なら、お前はオイラも見捨てるってのかぁ?」


「え? バイケンが……」


 ギルが言うと、バイケンは小さくうなづき、しばらく焚き火を見つめる。


「あぁそうだ。だがな、オイラもそいつも仕組まれたんだよ……」


「仕組まれた? いったい誰に?」


「それはわからねぇ……だから、オイラとそいつはその〈黒幕〉を追っている。オイラたちが味わった地獄を何倍にもして叩き返してやるためになぁ」


 見ると、バイケンは表情をこわばらせていた。

 その苦しみや憎しみが混じったような表情に言葉が見つからない。


「いいじゃん、その人を助けに行こうよ。ボクたち、バイケンには凄く助けてもらったしさ。今度はボクたちが助けてあげる番だよ。そうでしょギル?」


 バイケンの背中に乗っていたクロベエがギルの前にぴょんと飛び跳ねてきて言った。ニコニコしながらギルの言葉を待っているようだった。


「……あぁ、その通りだ。クロベエもたまには良いこと言うじゃん」

「なにをー! たまにはだとー!」


 クロベエはギルに飛びかかった。

 顔をバリバリと爪で引っ掻いて、すぐさま逃走。


「いってぇー! やりやがったなこのクソ猫がぁー!」


 ギルは荒ぶった。旅に出てから野生化が止まらない。

 クロベエを全力で追い回す。


 その場に残されたメンバーは、さっきまでのピリついた場の空気がほんの少し緩んだように感じていた。

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