第72話 突然の訪問
山に積もった雪が溶け出す、穏やかな春の日。
ギルたちが〈森人の祠〉を訪れてから2年の月日が経っていた。
一行は〈森人の祠〉にしばらく滞在したのち、ルナ王国の東エリアを中心に旅を続けていたのだった。
現在滞在しているグスデン山脈の中腹にあるこの地でも、ギルは相も変わらずひたすら基礎体力、運動能力の向上に明け暮れていた。
9歳になったギルは、その狙い通り物理系のステータスを向上させていた。これが直近の【
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【ステータス】
氏名:ギルガメス・オルティア
属性:聖 暗黒
レベル:7
【基本ステータス】
LP〈生命力〉:1
HP〈体力〉:52
MP〈精神力〉:58
物理攻撃力:93
物理守備力:128
属性攻撃力:54
属性守備力:102
力:93
知性:502
器用さ:80
命中:8
会心:19
回避:104
素早さ:139
【固有アビリティ:所持数4】
①戦闘適性極低:物理攻撃、魔法攻撃、攻撃に関与する魔法攻撃(補助魔法、状態異常攻撃魔法・状態異常回復魔法)の命中率が10%に変換
②
③
④
【通常アビリティ】
①魔法使用可能 黒魔法:火雷風 白魔法:回復
②体術使用可能
③ノーマルアジリティ:ごく一般的な身体能力で行動が可能
④スライムキラー
【備考:運動発達障害疾患の改善を認める】
次回以降「運動発達障害疾患」の表示はしない 【Yes】 No
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この2年間で物理系のステータスが大きく向上。
そして、注目すべき点は〈戦闘適性ゼロ〉が〈戦闘適性極低〉に変わったことと、運動発達障害を克服したことの2点であった。
命中率はアビリティによって平時の10%の数値となってしまうためまだまだ低いものではあったが、それでも5~10回ほど攻撃すれば1回は当たるくらいまでに改善されていた。元が命中0だったことを考えれば、命中が8になったことは大変な進歩であった。
そしてもう一つ。この2年間、睡眠時以外は常に鍛錬を続けていたギルは直近のステータス確認で、ついに運動発達障害疾患を完全に克服することに成功していた。
食事中も片手だけで体を支えながら食べたり、風呂に入っている時もずっと湯船に潜ったままだったりと、何かに憑りつかれたかのように鍛錬を続けてきた成果がようやく実を結んだのかもしれない。
ただ、たまたまではあるが瘴気が薄いエリアを旅してきたため、暗黒属性のチャージに時間がかかっていたことがこの期間の唯一のネックだと思えた。
暗黒属性切り替え時はモンスターを倒すことができるのだが、その反動によるチャージタイムがやたらと長く、一度使うと再使用まで1か月ほどかかってしまうと言う状態が続いた。
そのため、近くに出現するモンスターを頻繁に倒せるようになったのが、アビリティ〈戦闘適性極低〉に上書きされた最近のため、それからは近くのモンスターを殲滅する勢いで倒しまくったものの、レベルは2年間で2つしか上がっていない。
もちろん、呪いのアビリティ〈
また、アビリティ〈戦闘適性極低〉に上書きされたことにより、表ステータスの固有アビリティに裏ステータスでも所持が確認された
裏ステータスである暗黒属性時と同じく、ほとんどの武器装備が不可能ではあったが、暗黒属性に切り替えなくとも通常時で体術と言う攻撃手段を持てたメリットの方が大きいとギルは感じていた。
「ギル。次はバック転で山の頂上まで行ってこい。で、頂上に鳥型のモンスターの〈ロックイーグル〉がいたら、倒して捕獲してきてくれ。今日の晩飯にするからな」
ヘイデンとの修行は2年間毎日続いていた。最初の一週間は頭をぶつけたり、突き指してばかりだったバック転も、今では平地に限らず、坂道や岩山ですら登れるほどになっていた。
さらに、バック転だけではなく、月面宙返り《ムーンサルト》などの難易度の高い技も習得済みで、身のこなしに関しては目を見張る成長を遂げていた。
「了解。1時間で戻ってくる。ヘイデンのおっちゃんも自分の修行サボんないでよ」
さすがに2年間も毎日共に鍛錬を続けていたら信頼関係も十分に構築できていた。交わす言葉もフランクになっていくと言うものだが、それはギルにも当てはまるようだ。
手先が器用なラヴィアンお手製の黒いツナギを上半身部分を腰まで落として袖を腰下で巻き、足元は足首が見える高さまでロールアップ。
上半身は襟のない白いシャツになめし皮の靴を履いたギルはロンダートを一度入れてから、軽い身のこなしでバック転や伸身宙返りを交えながら山を登っていく。
その日の晩。いつものようにキャンプを張る一行。
夕食はギルが獲ってきた鳥型モンスター〈ロックイーグル〉の丸焼き。5人は焚き火を囲んで食事を
「うわー、何この鳥。めちゃくちゃ硬いんだけど。誰だよーこんな硬い食べ物にしようって言ったのは。もっとネコの口に合うものにして欲しいんだけどなー」
クロベエも2歳になっていた。身体はだいぶ大きくなった。父のムサネコほどではないが、立派な成猫だ。もう可愛い子猫ではない。まぁ美猫の部類には入るかもしれないが、空気が読めないのは相変わらず。
「でも味は美味しいですよ。味付けしたのは私ですけど」
ハーフエルフのラヴィアンも108……、いや8歳になっていた。この2年間、ギルたちと共に各地を巡り、薬士としての知識と経験を積み重ねてきた。2年前とは比べ物にならない成長ぶり。相変わらず手先は器用で、パーティの衣類や小道具を作るのもラヴィアンの担当だ。
「アッシはみんなと食べられれば何でも美味しいっス。1人でいた時は寂しかったっスから」
なぜか森人の祠の精霊パウルも旅に同行していた。祠の精霊なのに祠を飛び出していいのかは謎である。
「ふん……」
ヘイデンはギルの鍛錬に毎日欠かさず付き合った。その結果、ギルは病気を克服し、最も厄介だと思われた呪いのアビリティ〈戦闘適性ゼロ〉を〈戦闘適性極低〉に変更することができた。
体術もみっちりと教え込み、その甲斐あってギルは中級程度の体術スキルに関しては一通り使えるようになっていた。ただ、上級は難易度が跳ね上がることもあり、また元々戦闘適性ゼロを所持していた影響なのか、いまだ習得には至っていない。
「クロベエって文句言いながら、いつもめちゃくちゃ食いまくってるじゃないか。よくそんなに食って太らないよな。いつもダラダラしてるくせに」
そう言いながら、ギルは意地悪く笑った。もう2年前とは別人だ。6歳時には100㎝ちょっとだった身長も9歳になった今は130㎝ほどになっていた。
言いたいことを言って1人で悦に浸るギルだったが、クロベエは口に入れた肉を飲み込むとすぐに言い返した。
「はぁ? ギルが毎日バカみたいに鍛え過ぎなんだよ。だから頭もバカになってきてるんじゃないの?」
「何だとー、このクソ猫がぁー!」
「おぅやったらー」
二人は取っ組み合いを始めようとするが、当然……
「こらぁ、やめなさーい!!」
ラヴィアンに怒られる。二人はラヴィアンに言われるとほとんど言い返せないのだ。それは出会った頃から変わらない。
すると突然、「うひゃひゃ」と言う声が頭上から聞こえてくる。ギルたちは揃って声の方を向いた。
「お前ら相変わらずしょうもねぇことやってるんだぜぇ。まぁ、とりあえず元気そうで安心したけどなぁ」
見上げた先には、身体の長い動物。ゆっくりと地上に降りてくると、片手を上げて皆に挨拶をした。
「バイケン!」
「バイケンっ!」
クロベエとギルは全力でバイケンに飛びついた。バイケンの身体の毛はちょっと硬かったがそれも懐かしく感じた。
「うわぁぁん! バイケンーっ!」
クロベエにいたっては泣きだす始末。バイケンの目にも光るものがあった。ギルは二人に気を遣って両の手でクロベエとバイケンをそれぞれぽんと叩くとその場を離れる。
「おいおい、そんなにでかくなったってのに、ガキみたいに泣くんじゃねぇぜぇ。だからお前はいつまで経ってもチビスケなんだぜぇ」
「うるさいやい! 生きてたんならもっと早く会いに来てくれればよかったじゃないか! バイケンのバカー!」
クロベエはしばらく泣き続けた。皆は黙ってその様子を見つめていた。
クロベエが泣き止み、バイケンはラヴィアン、ヘイデン、パウルに向けて自己紹介をした。ラヴィアンたちはちゃんとした妖怪を見るのが初めてだと言い興味津々。一応クロベエも妖怪ではあるのだが、何という妖怪であるかは謎のまま。
「それで、今日は突然どうしたの? 久しぶりに俺たちに会いたくなったとか?」
ギルが言うとバイケンは少し考えてから首を横に振った。
「いや……会いたくなったというよりも〈会わなきゃならなくなった〉って方が正しいぜぇ」
ギルはクロベエと顔を見合わせた。ラヴィアンは話について行けずにキョトンとしている。
焚き火のパチパチという音だけが暗がりに響く中、ギルたちはバイケンの次の言葉を待った。
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