第63話 訓練の条件
ステータスを確認してから数日が経っていた。
ギルたちは森人の祠での生活に適応し始めていた。パウルの許可も無事にもらえたため、しばらくこの地を拠点とすることにしたのだった。
その日、森人の祠を出てパウルの案内でしばらく山道を登ると、そこには拓けた原っぱがあった。誰かが切り開いた土地なのだろうか、しっかりと平坦にならされている。
ただし、当たり前だがとても寒い。拓けているだけに風よけが一切なく、冷気が身体に直接触れるので、まさに冬のど真ん中というこの時期は、そこに立っているだけで何かの罰を与えられているのかと錯覚するほど。
この場にいるのはギルとヘイデンの2人だけ。案内してくれたパウルには先に祠に戻ってもらっていた。ギルは気は進まなかったが、あることを伝えるためにヘイデンを呼び出していたのだった。
「小僧、お前から話があるなんて初めてだな。こんな寒いところに呼び出して俺に何の用だ? あ、わかったぞ。俺に風邪を引かせる気だな。卑怯な手を使いやがって。あー寒い寒い」
そう言って、ヘイデンはわざとらしく腕を胸の前で交差して、大きな体を無理やり縮み込ませてそで下あたりをさすっている。何だろう、この人は俺に嫌味な態度しか取れないのだろうか。
「俺だって、別にあなたと話したくなんてない。いつも嫌味しか言われないし。でも、ラヴィに言われちゃったから。あなたから体術を習うようにって」
ギルの正直な物言いにヘイデンは不敵な笑みを浮かべた。
「ほぅ、ラヴィアンからねぇ。で、お前はそれを真に受けて俺に教えを請おうと? 俺から何か教えてもらえるなんて本気で思ったのか?」
まぁそうだよな。今までの態度を見ていれば、こうなることは予測ができた。時間を無駄にはしたくない。ギルはため息を一つ吐き、「いいえ、思ってませんけど」と言ってその場を離れようとする。
「……なぁ、どうしてラヴィアンはそんなことをお前に言ったと思う?」
「え?」
ヘイデンに引き留めるように話しかけられたことも、その言葉の内容もどちらも意外だった。ギルは立ち止まり振り返ると、ヘイデンを見上げて言う。
「さぁ、事情は何も聞いていませんから。ただ、彼女は俺にこんなことを言っていました。『あなたが羨ましい。私は体術適性がないから父さんに稽古をつけてもらえない』と」
「……」
ヘイデンはギルの言葉を聞いて押し黙った。大きく息を吸い込んでそれを吐き出し、こちらを見つめるギルに向かって静かに口にした。
「……それはな、あの子にとってはだいぶ重い言葉なんだ。まさか、アイツの口から『羨ましい』なんて言葉が出たとはな。……まぁ、そうなるか、そうなるよな」
「??? ……あの、どういうことです? 俺にはさっぱりわからないんですけど」
「別にお前はわからくてもいい。それよりも小僧。お前、ラヴィアンに言われたとかじゃなく、本気で体術を習いたいと思っているのか?」
(本当に何なんだこの人。何を考えているのかが全然わからないな)
ギルは思考を巡らせてみるものの、ヘイデンの本意を読み取ることは叶わない。ヘイデンの問いに対する答えは、ギルの変わらぬ思いだった。
「そりゃ習いたいですよ。俺は強くなるためだけにこの旅をしているのですから」
幼い少年の言葉に宿る強い意思を前にヘイデンは静かにうなづいた。
「……そうか。それならば、教えてやらなくもない。俺は体術であれば一通りの心得があるからな」
「……へ? うそ……いいんですか?」
さっきまで教える素振りなど一切見せなかったのに、この人は本当に何を考えているんだろう。ギルは混乱しかけていた。
「ただし……だ。もちろんただで教えてやれるほど〈それ〉は安いもんじゃない。だから条件を出させてもらう」
(そう来たか。まぁどうせとんでもない条件なんだろうけど――)
「ラヴィアンの呪縛を解いてやって欲しい」
「……呪縛?」
予想外の条件に言葉を失う。ヘイデンの目はいつになく真剣で、そして寂しそうにも見えた。
「呪縛って……ラヴィのステータスにはどこにもそんなものはなかったはずですけど」
「……そっちの意味じゃねぇ。きつい経験やらで心の中に刻み、そして植え付けられた、〈心の自由を奪う呪縛〉だよ」
「心の……呪縛……」
ラヴィアンの時折見せるどこかもの憂げな表情が想い浮かぶ。そうか、あの表情の意味はそう言うことだったのか。ならば、改めて頼まれるまでもない。ラヴィアンは俺の命の恩人だ。何とかするの一択しか答えはない。
「ヘイデンさん、俺――」
「あぁ、わかっている。これまでのお前を見ていれば断るわけねぇってな。でも、残念ながら、今のお前の実力ではラヴィアンはとうてい救えないだろうな。だから、先に体術を教えてやる」
(……元々そのつもりならそう言ってくれればいいのに。この人どんだけひねくれてんだろう)
ギルは思ったが、せっかく教えてくれると言うのだからと、口に出すのはやめておいた。
二人の間にはぎこちない雰囲気が依然として残されたままだった。
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