第57話 祠の門番

 ギルの傷が癒え、一行は次の目的地、封鎖都市ギランレーの東エリアにある、〈森人の祠〉を目指していた。

 

 比較的安全なルートで進行していたため、モンスターと初遭遇したのは出発してから2日目のまさに今である。



 目の前にいるモンスターと対峙してからどれくらい経っただろうか。

 そのモンスター〈ゴブリン〉は弱小モンスターとして知られている。

 

 しかし、ギルはゴブリン4体に大苦戦中。理由は明らか。攻撃の要である暗黒属性への切り替えが全く機能していないからだ。


 ゴブリンは非力だが、スライムと比べて知能と素早さが発達している。暗黒属性に切り替えられないならばと、聖属性状態で風魔法ウィンドを発動して、ゴブリンたちの背後の木を切り倒し、それをぶつけてダメージを与えようと試みる。


 だが、あっさりと交わされてしまうと、ギルは一気に手詰まりにおちいってしまう。


 諦めが悪いギルは、何度も首飾りを握りしめ、「バルトサール」と言ってみるものの、暗黒属性には切り替わらず、手の甲にキスをして属性限界を呼び出そうとすると、血の気が引いてフラつきまくり、気を失いそうになる始末。


 結果、このザマである。


 ゴブリンに囲まれて思いっきり見下されながらボッコボコにこん棒で叩かれまくっているこの状態こそが本来のギルの実力なのだ。ニンフの結界があればこそスライム相手には無双できていたが、一歩外に出ればゴブリンのような弱小モンスター相手にも歯が立たない。


 暗黒属性を自在に使いこなせればまた状況は変わるだろうが、それこそ発動しなければ何の意味も成さないのだ。


「ギルぅ、キミ、もしかしてちょっと強くなった気でいたのかな? プププ……」


 木の上の安全地帯からクロベエが声を掛けてきた。口に前足を当てて笑いをこらえている。ギルは思う。何だこの猫。普通に腹立つんだけど……


「ちょっとぉ、そんなところで見てないで助けてくれよ。 俺、今ピンチなんだけど……いてッ! やめろよぉこのぉ! あっち行けー!」


 ……無様である。クロベエが笑いをこらえるのも当然と言うほどの見事なやられっぷり。


「ウィンド!」


 見かねたラヴィアンが風魔法でゴブリンを一掃してくれた。ハァ……とため息を漏らしギルに言う。


「ギル、あなたそんな実力でよく今まで生きてこれましたね。普通に弱すぎます」


(ぐふぉっ!)


 ゴブリンの攻撃よりも遥かに大きなダメージを負うギル。涙で前が見えない。ギルだって、中身は普通の少年だ。同年代の女の子の前でカッコ悪いところを見せてしまったらさすがにへこむ。


 ヘイデンは、ゴブリンとの戦闘終了を確認すると、ギルのことなどはなから眼中にないかのように、ズシーンズシーンと大きな足音を立てながら、道のない山の中を突き進んでいく。

 

 大男のヘイデンが道なき道を切り開いて行ってくれているおかげで歩きやすくはあるのだが、ギルにはどうも腑に落ちないことがあった。

 

(俺が嫌われているのはわかるんだけど、戦闘が始まってもラヴィを放置ってのは何か変だよね)


 それからも何となく気まずい雰囲気のまま、4人は祠を目指して歩き続けた。



 安全な道を外れた途端、やたらと悪天候が続くようになる。それ以外にも落石に巻き込まれそうになったり、山賊に襲われたり、食糧袋を失くしたり、謎の発熱に見舞われたりと、ギルたちの周りでトラブルが相次いだ。


 それでもなお、一行は山の中を突き進む。目的地の祠が近づくにつれて、ゴブリン以外にもモンスター化した蜂や蜘蛛、体長3メートルほどの巨大な鳥型モンスターにも襲われたが、全てラヴィアン一人で倒して行った。


 その際、ヘイデンは何も言わず、少しも協力せず、ただ黙って戦闘を見ているだけだった。ギルには、この親子の関係が不思議に思えていた。


 ちなみにだが、この間にギルはすっかり役立たずの烙印を押されていて、気づけばパーティ内では完全に食糧調達係パシリとなっていた。



 マスピア渓谷を旅立ってから23日目。ギルたちは目的地である〈森人の祠〉へ到着する。森人の祠と言われるだけあって、期待を裏切らず鬱蒼とした森の中、岩場の地面に向けた小さな穴の奥にそれはあるようだった。


 穴の入口は直径1mほどで、子供が屈んでようやく入れるくらいの大きさ。当然だが大男のヘイデンは入ることができない。


「じゃあ、父さん。行ってくるね」


「……あぁ。それにしても小僧と猫、お前ら結局ここまでついてくるとはな。全く持って恥知らず。厚顔無恥もいいところ……」


「あ、行ってきまーす」


 ヘイデンが久しぶりに口を開いたと思ったら案の定、嫌味言い始めたので、ギルは背を向け空洞へと入っていく。入口は狭く、四つん這いで進むのがやっとだったが、少し進むと急に穴が広がっていき、普通に立って歩くことができるほどの大きさに拓けていた。


 ラヴィアンは四つん這いから立ち上がると、松明に火を灯す。辺りの視界が開けるが、そこはゴツゴツした岩が剥き出しているだけ。


 よく見ると見たことのない虫が内壁を這いずり回っている。ギルは気にも留めないが、クロベエはビビりまくってギルの足元にへばりついてきた。歩きづらい。


 スライムの谷の祠と比べても湿度はあまり変わらない。ただ、それでも中は気温が高く、次第に肌に粘りつくような湿気を感じ、汗が噴き出してくる。息をひそめて歩を進めていると……。


「うぉっ!」

「きゃあっ!」


 突然、奥から蝙蝠が数匹飛び出してきた。思わず声をあげるギルとラヴィアン。心臓をバクバク鳴らしながら互いの顔を見つめ合う。もちろん、ロマンティックな雰囲気ではない。周りは見たことのない虫とかブンブン飛んでいるし。


「ねぇ、結構進んだと思うんだけど、まだなのかなぁ?」


「……祠によっても作りは違うんですからわかりません。文句を言ってないで進みますよ」


 ギルは苦虫を嚙み潰したかのような表情を浮かべると、何も言わずにラヴィアンから無理やりたいまつを奪い取ると先頭に立って歩を進める。奥に進むほど洞窟の穴はどんどん大きくなっていき、気づけば天井を見上げるほどの高さになっていた。


 周りを気にしながら、時には蝙蝠や虫にギャーギャーと悲鳴を上げながらさらに進んでいくと、奥にぼんやりと青い光が見える。


「ラヴィ、あれって石板だよね?」


「そうですね。でも……様子が変なのです」


 青い光を放つ石板の前に、怪しげな物影が徐々に輪郭を浮かび上がらせていく。それは、巨大な狼の姿をしたモンスターだった。目をギラギラ光らせて、口からは涎を垂らし、興奮気味に呼吸をしている。


「なんだお前らは? ここは俺様の縄張りだぞ。怪我をしたくなかったら、今すぐに立ち去るのだ」


 不自然なほどの重低音を強調した声でモンスターがギルたちを威嚇してきた。


「あれ? ねぇ、モンスターって喋れるんだっけ……?」


 ギルは小声でラヴィアンに尋ねる。

 

「中には喋れるモンスターも存在しますよ。私たちのような人型と同じでモンスターにも知能の良し悪しはあるのです」

 

 まぁ、それもそうか。ギルは納得すると、再び狼型モンスターに目を向ける。相変わらず目をギラギラさせてはいるが、襲い掛かってくる雰囲気ではないような。

 

「おい、お前ら! 聞こえないのか? 俺様は帰れと言っているのだ! 今すぐに引き返せば命だけは助けてやる」


 モンスターのくせに、様子を伺っているのか? 違和感しかないんだけど。

 

「私が行きます。あなたは下がっていてください」


 業を煮やしたラヴィアンが、風魔法ウィンドをモンスターに放つ。魔法はモンスターに直撃……かと思いきや、身体をすり抜けて奥の内壁にぶつかって岩を崩した。

 

「なっ……」


 ラヴィアンが驚くのも無理はない。確かに風魔法がモンスターを捉えたはずなのに、理屈には合わない現象に思える。頭を悩ますギル。その時、足元からクロベエの声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ、ギルの首飾り。何か光ってない?」


 クロベエの指摘に従い、ギルは首飾りを手に取りまじまじと見つめる。


「確かに光っている? でも、以前はいつもこんな感じで光っていたような……?」


 この場で一体何が起こっているのか。でも、その前にまずはこのモンスターを何とかしないと。


 辺りは不思議な雰囲気に包まれていた。

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