第56話 薬士

 ギルたちのいる現在地〈マスピア渓谷〉は、以前いた〈スライムの谷〉と比べて、自生植物の種類が多く、それらの条件もあって野生動物の種類も豊かな場所とのことだった。


 目の前にはラヴィアンが用意してくれた料理が並ぶ。旅に出てからと言うもの、魚と豆料理ばかりだったギルは、久しぶりの動物の肉に興奮を隠せない。ニンフが知ったらハンカチを引きちぎらんばかりに噛み締めて怒りそうだが。


「ラヴィアンさん、これってもう食べても大丈夫です……か?」


 ラヴィアンは小さく微笑んでうなづくが、その真後ろに陣取ってギルの視界のほとんどを埋め尽くす大きさのヘイデンが気になって、どうも会話に集中ができない。

 

「おい小僧。お前助けてもらった分際で、さらに飯も我慢できずに催促するとか、遠慮ってもんがねぇのか? ったく、どういう教育を受けてきたんだか」


 ヘイデンはどうも口を開けば嫌味が出てくるタイプらしい。ギルは無視して、肉を手にして頬張った。


「お、うまーい! え? どうしてこんなに美味しいんだろ。特別な調味料でも使っているんですか?」


「えっと……それは……」


 ラヴィアンが答えようとすると、ヘイデンがすかさず割り込んでくる。


「そんなことお前に答える義理はねぇな。それ食ったらとっととここから出ていけ。いいな」


 その台詞を聞き終えると、ラヴィアンはわなわなと震え、鬼のような形相でヘイデンを睨みつける。


「父さん……お願いだから黙っててくれないかな! 父さんが口を開くと食事がまずくなるんだよ!」


(ガーーーン!)


 ショックを受けたヘイデンはゆっくりと立ち上がると、ズシーンズシーンと音を立てて川下へと歩いていった。その背中はとても寂しそうに見える。


「あのー、大丈夫? ヘイデンさん、だいぶショックを受けてたみたいだけど」


「はい、大丈夫です。よくあることだから。父さん、根は悪い人じゃないんだけど言葉を選ぶことを知らないって言うか……本当にごめんなさい」


「全然気にしてないよ。それよりほんとに美味しいね」


 ギルたちは自然と打ち解けていった。しばらく話しているうちに次第によそよそしさが消えていく。


「そう言えば、ラヴィアンさんって何歳なの?」


「私は6歳です。ギルさんは?」


「俺は7歳。1つしか変わらないね。そしたらこれからは俺のことはギルって呼んでよ」


「はい、私のこともぜひ〈ラヴィ〉と呼んでください」


 これって友達になる時の会話みたいだとギルは喜んだ。

 それからも二人、いやクロベエを含めた三人は互いのことを語り合う。語り合う中でギルは内心驚いていた。同年代でここまで物事に詳しい人に会ったことがないと言うのがその理由。同年代と言えば、ミーナも相当賢い子ではあったが、ラヴィアンはその遥か上を行く印象を受けていた。


「ラヴィってさー、だいぶ賢いよねー。ギルよりも賢いんじゃない?」


 ギルと向かい合うラヴィアンの間で、まだ肉を食べているクロベエが突然上から目線で言い出した。まぁ、それは俺も思っていたしいいんだけど、なんかこの猫の言い方って棘があると言うか。周りに敵を作るタイプだよな。


「私はどうかわからないけど、エルフは知能が高い種族らしいのです。それもあってか、魔法や遠距離の後方支援に適性が高いって言われていて」


「そうなんだ。じゃあ、ラヴィも魔法が得意なの?」


 ギルの言葉にラヴィアンは少し首を傾げ、「う~ん」と声を漏らしてから改めて言葉に出す。


「得意魔法は……結構偏ってますね。私は弱体化とかのデバフ系がどちらかと言うと得意かも。でも、薬士くすりしを目指しているから、今はそっちの勉強ばかりで魔法は全然練習できていないのです」


「なるほど、薬士か。だから火傷や打撲なんかも治せるんだね。薬って知識があれば誰にでも生成することはできるの?」



 ギルの問いかけに、ラヴィアンは骨になった食事の食べかすを素手で片付けながら答える。


「できますよ。ただ、アビリティが伴わないと、失敗の確率も上がっちゃいますけど」


「アビリティ? ラヴィは自分のアビリティを把握しているの?」


「??? ええ、それはまぁ。大体ですけど月に1度のペースで確認していますし」



 ギルの心拍数が上昇していく。興奮を抑えるようにギルが言う。


「あの……それって……祠で?」


「そうですよ。私たちは各地を旅しながら、近くに祠があれば訪れるようにしているのです」


「本当? それなら俺も祠に行きたいな。ねぇラヴィ、次に行く祠ってどこなのかは決まってる?」


「う~ん、決まってはいますけど、なかなか大変な場所ですよ。モンスターも出るらしいし――」


 ラヴィアンは最後にとても大事なことを言ったのだが、ギルは浮かれて聞いてはいない。クロベエの前足を取り、喜びのダンスを見よう見まねで踊り出す始末である。ちなみに傷はまだ全然癒えていない状態。


「やめろよギルー。恥ずかしいじゃないかー」


 照れるクロベエを前に、ギルの頭にふとよぎる。

 踊りを止めると真顔で問いかけた。


「あのさクロベエ」

「なんだい?」


「俺たちはこの間の戦いに……勝ったんだよね」

「うん、勝ったよ。あいつら、ボクたちがボッコボコにしてやったじゃないか」


「そっか……よかった……うん、やっぱりそうか……」


 クロベエの手を放し、ギルは一人、こみ上げてくる衝動を全身を震わせながら噛み締めていた。


「仇は取れたみたいだよ。ムサネコさん――」


 空を見上げてギルがつぶやくと、風が急にビュンと地面を吹き上げた。どこかで見てくれているのかもしれないな。そう思ったら、益々修練に励まなきゃと気を引き締め直す。


 ギルは、食事の後片付けを終えて、川で手を洗っているラヴィアンに声を掛ける。


「あのさラヴィ。次の祠まで、俺たちもついて行ってもいいんだよね?」


「まぁ、それは構いませんが、まずはギルの怪我を治してからですね」


 ド直球の正論過ぎて何も言えない。ギルは苦々しい顔を浮かべながらクロベエを見ると、腹を抱えて笑っていた。何なんだこの猫……。


 ここからギルの新たな冒険が始まる。

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