第43話 魔女の作戦

 雑木林前に広がる空き地には、毒ガマのヨウザとゴーディしか残っていない。


 近くにいたゴーディがヨウザの元へとやってきて声を掛ける。



「アネさん、落ち着きましたかい?」


 ヨウザは地面を何度も踏んでは声を荒げる。



「はァー? テメーは目ん玉腐ってんのか? これがどう見たら落ち着いてるように見えるんだよ? あのクソガキ、アタシの口の中で何かしやがったんだ。熱くて思わず飲み込んじまった。男のガキなんて久しぶりだったのにィ! あー、クソクソクソッ!」


 ゴーディは声を掛けたことを早速後悔した。いくら同じクランのメンバーで、自分が悪党と言えども、嫌いな奴は嫌いだし、ヨウザのことは長く行動を共にしていても気持ちが悪いとずっと思っていた。


 殺せるものなら殺してしまいたいと何度も思っていたが、圧倒的に実力が違い過ぎる。とりあえず声は掛けたし、これ以上話してもムカつくだけだと思ったゴーディはそれ以上話すのをやめた。


 その頃、ヨウザの腹の中ではバイケンとギルが合流していた。



「バイケン! よかった! 生きてる!」


 バイケンはヨウザの胃液を浴びて鎌も上げられなくなるほどに弱っていた。ギルを見ると力なく答える。



「おぅ、まだ何とか生きてるぜぇ……もうだいぶヤベぇけどなぁ。そっかぁ、お前も喰われちまったのかぁ」


「違うんだ。俺はキミを助けに来た! いい? 時間が無いから手短に説明するよ」


 ギルは身振りも交えてバイケンにキレネーから授けられた作戦を説明。バイケンは一通り聞くとゆっくりと口を動かす。



「わかったぜぇ。もうその一撃に賭けるしかなさそうだなぁ……」


 ギルはコクリと頷くと、「じゃあ始めるよ」と言って左手を天に掲げ、詠唱を開始した。



「大気よ。我が声に耳を傾け、零下の地に凍てつけ! 氷結アイスプリズム!」


 詠唱を唱えた場所が胃の中だったため魔素を十分に集められず、普段よりも魔法の発動量はだいぶ少なかったが、ギルは水属性の氷結魔法を発動させることに成功した。


 命中0の効力により氷結魔法は胃のどこにも当たらず、浮遊した状態。間髪入れずにバイケンが力を振り絞る。



「……よぉし! あとは任せろぉ。行くぜぇ、メガウィンド!」


 無詠唱の状態で両手の鎌を交差し放たれたバイケンの風魔法メガウィンドが、浮遊しているアイスプリズムの結晶を巻き込みながら胃の外壁に直撃。


 ヒットした箇所はみっしりと分厚い氷が覆い尽くし、そこだけ胃の蠕動ぜんどう運動が完全に停止した。その様子を確認したバイケンは力を使い果たした様子で両膝をつく。



「言う通りにやったぜぇ、あとは頼むぅ……」


 ギルは頷き、無意識に右手の甲にキスをすると、そのまま大きく右腕を振りかぶった。ギルの右肩の赤いあざが反応し、眩い深紅の光を放つ。



「いっけぇーッ!」


 赤い光と黒い霧をまとったギルの拳が、凍った胃の肉壁を砕き、体内から突き破った。勢い余ってヨウザの腹からそのまま外へ飛び出すギル。ぽっかりと穴が開いたヨウザの腹から、バイケンもフラフラしながら何とか脱出してきた。



「ぎィやァああ!! アタシの腹に穴が開いているゥゥ!!」


 バイケンに回復魔法を当てていると、ややあって、ヨウザの叫び声が辺りに響いた。ぐったりとしていたバイケンは生気を取り戻し、目の輝きが戻る。



「助かったぜぇギル。なぁ、それにしてもなんかおかしくねぇかぁ。あのカエル、腹を突き破られたってのにまだ生きてんぞぉ」


 二人がヨウザに視線を向けると、腹がみるみる再生されていく姿を目の当たりにする。バイケンは思わず驚きの声を漏らす。



「なんてこったぁ……これじゃ振り出しに戻っただけじゃねぇかぁ」


 ヨウザは体をわなわなと振るわせて、皮膚の色は毒々しい紫と深緑のまだら模様がくっきりと浮かび上がり、全身をびっしりと覆うブツブツの先から得体の知れない汁を溢れんばかりに垂れ流していた。



「絶対に殺す……。特にクソガキ。テメーはまず半殺しにして動けなくしてから、骨になるまで、じっくりねっとりとしゃぶりつくしてやるからなァ」


 目を見開き威嚇するヨウザに向かってギルは吐き捨てた。



「死ぬのはお前だ。気味の悪いクソガエル」


 必死に己を鼓舞するが、それは同時に恐怖に飲み込まれないように虚勢を張っているだけとも言えた。このままでは生きて帰ることは叶わない。


 今できることは、ヨウザたちから目を離さないでいること。

 未知の局面では次の一手は見えてこない。

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