第42話 カマイタチを救い出せ

 バイケンが毒ガマヨウザに捕食されてしまう場面を目撃したクロベエはパニックに陥っていた。


 ギルも動揺していたが、クロベエがあまりにも狼狽していたため、自分だけは冷静にならなければと、何とか平静を装っている状況。


 ヨウザの口の中では、バイケンが必死に暴れているようだった。


 口の中で鎌を振り回しているのが外からでもわかるくらいで、ヨウザの顔が鎌の斬撃による痛みで、さらに醜く歪んでいる。


 しばらく耐えている様子のヨウザだったが、痺れを切らしたのか、口の中のバイケンを一口に飲み込んでしまった。ゴクリと喉を鳴らし、長い舌で口の周りをベロリと舐めると突然喋り出す。



「何だいコイツは! 口の中が血だらけになっちまったじゃないか。味わい尽くしてやろうと思ったがもういい! さっさと胃の中で溶けちまいな」


 クロベエは完全に錯乱状態。ギルの肩の上で泣きながら叫ぶ。



「な、なんてことを……。吐き出せ! 今すぐ吐き出せよー! この化け物! ブス! ブース! バイケンを返せぇ! その腹かっさばいてやるぅー!!」


 クロベエは叫びながらヨウザに飛びかかった。爪を立ててヨウザの腹部を目がけて振り下ろすが、毒ガマの腹の弾力に簡単にはじき返され、傷一つ与えることができない。


 その刹那、ヨウザの舌がクロベエを狙い撃つが、ギルが間一髪でクロベエを救出。ヨウザから距離を取ってギルが言う。



「ふぅ……気持ちはわかるけど、むやみに飛びかかっても喰われるだけだ。それにバイケンならしばらくは持ちこたえてくれると信じよう。だから落ち着け、クロベエ」


 涙目のクロベエが小さく頷く。その表情に一息ついたギルが視線の先にあるヨウザを見ると、何やら苦しんでいる様子に見える。少し近づいて目を凝らすと、腹がブヨブヨと内側からうねっているのがわかる。



「クロベエ、見える? あれはきっと、バイケンがカエルの腹の中でまだ暴れているんだ」


 クロベエは涙目でギルの言葉に首を何度も縦に振るだけだった。ギルはたまらず助けを求める。



「ニンフー! キレネーさーん! 見てたでしょー!? バイケンを助ける方法はありませんかー!?」


 上空で一部始終を見ていたキレネーがその言葉に反応する。



「む、それなら水属性の氷結魔法でカエルを固まらせれば、ブヨブヨしないから突き破れるのではないか?」


 ギルは溜息をつくと、再びキレネーを見上げた。



「それはそうかもしれないけど、俺はそもそも敵に魔法が当たらないんです……」


「ぬ? どういうことじゃ? ははーん、そうか、水属性魔法がまだ制御ができないと言うことじゃな。しかし、お主は暗黒属性が使えるんじゃろ? ならば、黒属性ではなく、暗黒属性で水魔法を撃てば問題なかろう。暗黒属性なら、属性下位の黒属性水魔法であれば発動自体が容易たやすいし、制御もしやすいでな」


「いや……それ、ニンフに封印されちゃったし……」


 ギルの言葉にキレネーは驚きを隠せない。ここから互いの精神世界を通じて会話を行うキレネーとニンフ。周りに声は聞こえない。



「封印じゃと? ウンディーネ。貴様、とうとうイカれおったか?」


「しょーがないじゃーん、あの子全然制御ができなかったし、何より威力がとんでもなさ過ぎて、あのまま放置してたら今頃いくつもの街が吹っ飛んでたよー」


 ニンフは両手を大きく広げて爆発の凄さを表現する。



「何を言っておる? 暗黒属性黒魔法と言っても、せいぜい黒属性黒魔法の数倍程度の威力じゃぞ。街なんて吹き飛ぶはずがなかろう」


「ほんとだもーん」


「まぁよい。今それを議論しても埒が明かなそうじゃから、それは一度置いておくとして……。とにかく何かしらの黒魔法が使えるのならそれを撃ってみればよいではないか」


「あの子は撃てるけど当たらないんだよー」


「?? どういうことじゃ?」


 キレネーは首を傾げた。ニンフは一瞬で女教師の衣装に着替えると、どこからともなくステッキを取り出してキレネーにビシッと先端を向けた。



「ギルたんには〈戦闘適正ゼロ〉って命中率0%の呪いの固有アビリティが付いてるから発動自体はできても敵には当たらないんだよー。あの子がまともに使えるのは回復魔法のみー」


「ぬ? 何を言っておる。暗黒属性のあやつが白魔法が使えるわけないじゃろ」


「キレネーこそ何言ってんのー? ギルたんは元々聖属性だよ。暗黒属性はあとから付いてきたやつー」


「?? と言うことは、あの子供は聖属性と暗黒属性が同居しておるのか?」


「そうだよー」


「暗黒属性の黒魔法を貴様が封印したと言うことは、聖属性で黒魔法を撃っている?」


「そうだよー」


 ニンフは淡々と答えているが、キレネーは全く納得いかない表情を浮かべたまま。



「いやいや、そんな訳はないじゃろ。一つの個体に聖属性と暗黒属性が同居していることもそうじゃが、高位の魔術師ならともかく、あんな幼い子供が反属性の魔法を使いこなすなど」


「そう……いや、そんな訳があるんだよ。ボクも理由はわかんないけど、とにかくギルたんはできるんだよー」


「ふむ……なんか訳ありじゃな」


 キレネーが少し神妙な表情を浮かべたのを見て、ニンフは女教師風の赤い眼鏡をくいっと上げた。



「だからずっとそう言ってるじゃん、前から思ってたけどキミってバカなのー?」


「くっ……貴様、この大天才魔法使いに向かって何という暴言を……」


「それはまぁ後で聞くからさー。それよりも何とかしないと、あの身体の長い動物のバイケンくんが、カエルの胃の中で消化されちゃうよー」


「別に私はどうでもいいのじゃが」


「それじゃギルたんとクロたんが悲しむでしょー」


「だから私は別にどうでも……」


「全然よくなーーい! なんか考えなさーーい!」


「なぜ私ばかりが……」


 この間、約0.003秒。二人の会話は超スピードで展開されたが、解決策は一向に見いだせない。追加で0.001秒ほど考えたあとでキレネー言う。



「子供、お主は黒魔法の発動自体はできるのじゃな?」


 キレネーの問いかけにギルが答える。



「火雷風水の四種類なら使えます」


「ならば何とかなるじゃろ」と、キレネーはギルだけに聞こえるようにアドバイスを頭の中に直接送った。一通り聞いてからギルはぼそっと呟いた。


「それ、失敗したら俺も死ぬと思うんですけど……」


「ほう、もっと楽に助けられる方法を考えてほしいとぬかすか? じゃがな、お主がそうやってまごついている間にもバイケンはカエルの腹の中でのたうち苦しんでいることじゃろうよ。


 今優先すべきはバイケンを助けることであって、お主がどうなるかではあるまい? お主の命が惜しければ、バイケンを見殺しにする。それだけの話じゃ」


 キレネーの話にギルは思わず納得してしまった。決断を急がねばならないという部分では彼女の言う通りだと思ったのだ。



「俺が死んだらクロベエを頼みます!」


 ギルは肩に乗っていたクロベエを地面に降ろし、ヨウザに向かってダッシュで突っ込んで行く。


 ヨウザはギルに気づくと、目を見開き、歓喜の声を上げた。



「まさかお前から来てくれるとは! 超ラッキぃー!」


 ヨウザの舌が目の前に迫ってきたかと思ったら、次の瞬間にはギルは舌に巻き取られながらヨウザの口の中へまっしぐら。



「大気を彷徨う火の魔素よ。かの者と結び紅蓮の炎を呼び起こせ! ファイア!」


 ギルはヨウザの口の中に入る瞬間を見計らって詠唱を行った。ヨウザの口に入った途端、ギルの火魔法はアビリティ〈戦闘適正ゼロ〉の命中0の効果によって、大きな口内のどこにも当たることはなく、ただ中で高温の熱を発している状態。


 口の中で炎が燃えている状態が続くと、ヨウザはあまりの熱さに耐えきれず、思わずギルを飲み込んだ。ギルが喉元を通過したあと、地面を何度も踏みしめ悔しがる。



「あああ! 飲み込んじまったよ! あのクソガキは骨になるまでしゃぶりつくしてやろうと思ったのにぃ! ああ、悔しい悔しい悔しい悔しい!」


 一瞬の出来事にクロベエは唖然としていた。彼の目には暗闇でも一部始終がはっきりと見えていたのだ。


 バイケンに続いてギルまでヨウザに飲み込まれたことにショックを受けたクロベエは気を失いそうになるが、その瞬間クロベエの身体は宙に浮き、空から見ていたキレネーとニンフの元へと連れてこられた。



「ちょっ……ボクなんて助けてないで、二人を助けてよ!」


 キレネーは黙ったまま、杖を動かしてクロベエをニンフとの間にふわりと移動させた。



「猫よ。心配するな。まだ作戦の途中じゃ」


 宙に浮くクロベエの眼下では毒ガマが地団太を踏みながらまだ悔しがっている。


 クロベエはただ自分の非力さを嘆くことしかできないでいた。

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