第41話 不殺の聖約

 拓けた空き地の木の上で、ギルは一人ほくそ笑む。


 笑顔の理由がわからないクロベエとバイケンは、互いに顔を見合わせて微妙な表情を浮かべていた。


 そんな二人を気にする素振りを見せずに、ギルはしたり顔で言う。



「きっと呼べば来てくれるはずだから二人に凄い助っ人を紹介するよ。さぁ、みんなで力を合わせて奴らを倒そうじゃないか! ニンフ、キレネーさん、聞こえてるんでしょー。今すぐこっちに来てー!」


 ギルが呼びかけると、割と近くで様子を伺っていたニンフとキレネーがすいーっと空を飛んでやってきた。キレネーは来るなり微妙な表情を浮かべている。



「ったく、『さぁ』じゃないわ、全く恥ずかしい。てか、ウンディーネ。お主、この子供に何も言っていないのか?」


「言ってないよー。――あ、そっちの身体の長い動物さんは初めましてだねー。おーこれは珍しい。キミは風使いの妖怪カマイタチなんだね。ボクはニンフ、精霊だよー」


「ふっ……そして私の名はキレネー。大天才魔法使いにして……」


 キレネーが目深に被ったとんがり帽子のつばを杖でくいっと持ち上げて、カッコよく自己紹介を決めようとしたその時。



「あー、ごめんなさい。今は時間がないので、無駄話は後にしてもらっていいですか? それよりも、さっきの『言ってない』ってのが気になるんですけど」


「くっ……、もう二度と教えてやらんからな」


 不貞腐れて頬を膨らまし、プイと横を向いてしまうキレネー。ニンフが一応フォローに回る。



「まぁまぁキレネー。時間がないのは事実みたいだし、とりあえず質問に答えてあげたらー」


 ニンフに促されてキレネーがしぶしぶ口を開く。



「ふん、仕方ないのぉ。それは『不殺ふさつ聖約せいやく』のことじゃ」


「不殺の聖約……って、なにそれ?」


 初めて聞く言葉。ギルは当然のように聞き返す。やれやれと言った表情でキレネーが答える。



「簡単に言うとじゃな、〈不殺の聖約〉とは、神々が制定した決まり事ルールじゃ。例えばこのルナ王国のように、神の大結界の内側では自由に戦闘に参加することが認められていない個体がごく一部存在する。私もウンディーネもその個体に神から認定されてしまっているので、には介入ができない……とまぁ、そう言うわけじゃ」


 キレネーの説明を受けてギルが一言。



「……もし破ったら?」


 すぐにキレネーが返す。



「戦闘に参加した者はもちろん、関係者にも神から凄まじい罰が与えられる。まぁ、即死ジ・エンドじゃろうな」


 もちろん、ギルたちからは猛バッシングの嵐。



「裏切り行為だー」とクロベエ。

「マジ使えねぇ」とバイケン。

「はぁー、偉そうなくせに役立たずじゃんか。期待して損した」とギル。


「……ぐぬぬぬ! こやつら、この私を愚弄しおって! 全員家畜にしてやるぅー!」


 怒りに震えながら、キレネーは怪しく目を赤く輝かせると割とガチめな呪文を詠唱し始めた。



「早まっちゃダメー! 悪気はないんだよー、たぶんー」


 ニンフが必死に止めて、その場はギリギリ収まった。キレネーのあまりの迫力に、身を寄せ合って震えるギル、クロベエ、バイケンの三人。


 キレネーも少し大人げなかったかと反省したようで、声のトーンを和らげる。



「コホン……じゃからな、ここはお主らだけで奴らを倒さねばならんと言うことじゃ。ただ、この場にいた敵四人のうち、三人はそこの身体の長い動物……バイケンがすでに倒したようじゃから、とりあえずは残りあと一人。その後、どこかへ消えた二人を探し出して一人ずつ倒せば問題はなかろう」


 キレネーの言葉にギルはしっかりと頷く。



「言われてみれば確かにそうだね。て言うか、バイケン一人で三人も倒したの? 凄い、キミって強いんだね!」


「別にそれほどでもねぇけどなぁ。つーか、オイラが倒した三人、ありゃ雑魚だぜぇ。ただ、おそらく残りの三人はさっきの雑魚とはレベルが違ぇ。コイツらはちぃと手強そうだぜぇ」


 確かにその見立て通りだとギルも思う。でも、姿も正体も分からない相手に対して戦略など思いつくはずもなく、時間にして数秒の沈黙が降りた。



「まぁ、このままここに居てもしょーがねぇし、あと一人もオイラがやってくるぜぇ。残りはそのあと探せばいいぜぇ」


 バイケンは木の枝から空へと飛び出し、地上に残った敵に狙いを定めると、空から一気に襲い掛かる。


 バイケンって頼りがいがあるとギルは思った。しかし、自身ものんびりしている場合ではない。ギルはクロベエを肩に乗せたまま、木を滑り降りる。


 辺りを見渡しバイケンの姿を探す。さっきの一撃が決まっていれば、もう決着はついているはず。


 だが違う。金属同士がぶつかる「キィン」と言う金切り音がだいぶ離れた先から聞こえてくる。空中からの一撃を防がれたと言うことか。バイケンの言った通り、残りの三人は強敵のようだ。


 ここに着いた時のように声を掛ければ、たちまちこちらが狙われてしまうだろう。ギルは逸る気持ちを抑え、忍び足で音の方へと歩みを進める。


 とその時、背中から邪悪な気配を感じると、ハッと後ろを振り返る。


 すると、そこには見たことも無い三m以上はあろうかと言う大きさの、醜い姿の大ガエルが呼吸を荒げてこちらを見下ろしていた。ギルはその迫力に圧倒されて、その場で固まった。



「あっらぁー、これは上玉じゃない。子供は本当に久しぶりだわぁ。あー、どこからむしゃぶりついてやろうかしらぁ。想像するだけで……ムッハァーッ」


 目の前の大ガエルは、興奮のあまりか体の表面のブツブツから謎の緑色の液体をまき散らした。そのおぞましい姿に思わず声を漏らす。



「なんだこいつ……なんて気味の悪い……」


 ギルの言葉に大ガエルが突然ブチ切れる。



「あ”ァー!? 誰がブスだってェ!? 聞け! 聞いてビビり散らかせクソガキィ! アタシは骸蛇がいじゃの紅一点にして、毒ガマのヨウザ。お前に流れる体中の精を一滴残らず搾り取ってやっからなァ!」


 ヨウザは口を大きく開き、狙いを定めて長い舌をギルに向かって飛ばした。ギルは恐怖で足がすくみ、その場に屈み込むので精一杯。



「うらぁーッ」と叫ぶ声が聞こえてきたかと思ったら、ギルはドンと突き飛ばされた。代わりに何者かが舌で捕獲され、そのままヨウザの口の中にぐるぐると巻き取られていく。


 地面に両手をつき、ギルは震えながら呟く。



「クロベエ、今のって……」

「うわぁー! バイケーンっ!」


 ギルの身代わりとなったバイケンがヨウザの口の中に捕われてしまうと言う、予想だにしなかった事態に見舞われた。ギルとクロベエは状況に思考が追い付かず、その場に呆然と立ち尽くすのみ。


 残された幼い二人ではどうすることもできない。

 空から見ている二人も困惑の表情を浮かべていた。

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