第44話 サリーとバルトサール
両者の睨み合いが続く。
先に動いたのはヨウザ。突然身体のブツブツから毒霧を噴射。それに気づいたバイケンがとっさに風魔法を発動する。
「
バイケンから放たれた竜巻が毒の霧を巻き込んで、ヨウザをめがけて突き進む。ヨウザは巨体に似合わないスピードで大跳びすると竜巻をかわした。驚いたバイケンが声をあげる。
「なっ……あれを初見でかわすってのか」
「バイケン、避けろーっ!」
竜巻をかわした直後に放たれたヨウザの長い舌がバイケンに襲い掛かる。ギルの声にバイケンが反応し、鎌で舌を切断した。
「ちぃっ! ゴミのくせに鬱陶しい」
ヨウザはすぐに舌を再生すると再び毒霧を放出。それを宙で毒の塊に変化させた。
「今度は外さないよ! ベノム!」
ヨウザから放たれた毒の塊がギルに向かって一直線。あまりの速さに直撃は避けられそうにない。と思ったその時。頭の中に直接声が入り込んでくる。
「ギルよ、暗黒属性に切り替えじゃ」
ギルはすぐに反応。右手の甲にキスをし、その手を天に向かって突き上げる。すると、ギルの右手から噴出される黒い霧がヨウザの放った毒の塊を分解し、霧の中に吸収した。
「なにこれ、凄い……」
思わず声に出すと、上空で高笑いするキレネーの声が聞こえてくる。
「フハハハ! お主、暗黒属性をまだ全然理解しておらんようじゃの。暗黒属性はしっかりと発動さえすれば低位の状態異常攻撃くらいであれば簡単に打ち消すことができるのじゃ。よく覚えておくがよい」
気分よく話しているキレネーに向かって、ヨウザが吠える。
「さっきからペラペラとうるせェな。魔法使いごときが偉そうにしゃしゃり出てくるんじゃないよ。雑魚は引っ込んでな」
「なん……じゃと……、今のは貴様かカエル? どうやら塵一つ残さず消えてなくなりたいらしいな……」
キレネーはこめかみにビキビキと青筋を立てて怒りを
「戦闘に介入したらダメだってー! それに、そんなの打ち込んだらギルたんたちも全滅しちゃうし、街ごと吹き飛んで、この辺りの地形も変わっちゃうよー」
「止めるな! あのような醜いカエルに愚弄されたまま大人しくしていなくてはならないのなら、私は神との争いも辞さないのじゃ!」
「ダメー! まずは落ち着きなさーい! カエルはギルたんたちに倒してもらえばいいじゃん! 戦闘が終わったら好きにできるんだからさー」
ニンフの必死の説得により、キレネーは落ち着きを取り戻した。
「チッ、よいだろう。では、あの子供には必ず勝ってもらわねばな」
上空でのやり取りなど知る由もないギルは、バイケンと新たな作戦を立てていた。
どうやら毒攻撃は暗黒属性を発動することで防げるらしい。長い舌はバイケンが切り落とせる。となれば奴の攻撃手段は今の手持ちの
黒い霧が収まり、聖属性へと状態が戻ったギルはバイケンの指示で氷魔法を発動。すぐにバイケンが風魔法でギルの氷魔法を巻き込み、今度はヨウザに命中させた。
さっきは腹の中であったが一時的に凍結させることができた。ならばもしかすると、氷が弱点なのではないかとバイケンは思っていたのだ。
狙い通り、ヨウザは一瞬で凍結。やったかと思ったその時、身体から謎の液体が噴き出して、氷を一瞬で溶かしてしまった。
「なんだいこれは? アタシに魔法なんて効くはずないじゃないか。本当に愚かだねェ、クソゴミってのは」
ヨウザの言葉を振り払うようにバイケンが返す。
「いや、弱点がない個体なんているはずねぇ」
その後もバイケンの先導で、雷、風魔法を直撃させるがいずれもダメージを与えられない。水魔法はヌメヌメしている毒ガマには見るからに効かなそうだ。バイケンが考え込んでいると、ギルが見かねて口を挟む。
「ねぇ、アイツの弱点って火なんじゃないのかな?」
「いや、アイツ体がヌメヌメしているから火は効かなそうだなって思ってよぉ」
「いやいや、逆でしょ。ヌメヌメを乾かすくらいの高熱を与えれば日干しされたカエルになるんじゃない?」
ギルの言葉にしぶしぶ頷き、「まぁ、やるだけやって――」と口にしたその時。バイケンの首が背後から刀で斬られていることに気づく。眼を血走らせて両手で刀をメリメリと押し込むゴーディから声が漏れる。
「ぐヒヒ……まずはテメーから死ね……」
首の三分の一ほどのところまで刀は入っていたが、バイケンは鎌でそれ以上の切断を必死に阻止する。「ぐぎぎぎ……」と声にならない声を上げて、バイケンは刀を押し戻そうとするが、斬撃を受けた箇所からブシュと音を立てて噴き出す大量の血がHPを急激に奪い力を出せない。
ギルは目の前の出来事に衝撃を受け混乱していた。その声の主が、あの日ムサネコを殺めた賊の一人だと言うことにも気づかないほどに。その時、立ち尽くすギルの頭の中に声が入ってきた。
「ギルよ、すぐに聖属性でバイケンを回復じゃ。そのあとは任せるが一つだけ覚えておくがいい。
お主の首飾りを右手で触って『バルトサール』と唱えれば、暗黒属性に切り替わり、左手で触って『サリー』と唱えれば聖属性に切り替わる。これがお主の正しい属性切り替えの方法じゃ。
お主の戦い方は、属性の切り替えがキモになるじゃろうからな。ちなみにさっきやった右手の甲にキスをして天に突き上げる仕草。あれは、暗黒属性の限界値を呼び出す方法じゃ。あんなことを繰り返していたらそのうち死ぬぞ。
そもそも暗黒魔法と言うのは、闇の力で適合する魔素を大量に集める必要があるのじゃから、毎回限界値を呼び出していたらお主の右腕は――」
仲間の危機が迫っていたため最後まで聞いてはいられなかったが、冒頭の指示を受け、ギルは慌ててバイケンに回復魔法を当てる。
バイケンはみるみるうちに傷口が塞がり、ゴーディの刀をはじき返すと鎌で反撃を開始する。
すぐにギルは身に着けている赤い首飾りを右手で触って、キレネーに言われた通り、『バルトサール』と口にしてみる。
すると、赤黒い光が首飾りからこぼれて、ギルの右腕を包み込むように纏うと、そのまま吸い込まれるように消えていった。
(これで切り替わったってことでいいのかな……? よし、試しに暗黒魔法を発動してみるか)
ギルは激しく戦闘中のバイケンとゴーディから後方に大きくジャンプして距離を取ると詠唱を開始する。
「我が元に集まりし闇の理よ、滅びゆく肉体に折り重なりし
ギルが放った暗黒魔法ダークワースは、黒い霧となって地を這い、ゴーディの月明かりの影と同化すると、地面から上空へ一気に立ち登る。
ややあって、ゴーディの全身を覆っていた黒い霧が消えた。次に姿を現した時、ギルもバイケンも衝撃を隠せないでいた。
さっきまで青年に見えていたゴーディが明らかに老人の姿となって現れたのだ。
白髪で肌はたるみ、しわだらけ。腰も曲がった老人となっていたが、顔の作りや髪型などはさっきまでそこにいたゴーディそのもの、何より不気味な首の刺青が同一人物であることを物語っていた。
ゴーディはしわだらけになった自分の手を見て驚き、両手で顔をぺたぺたと触って皮膚の状態を確認すると怒りに震えながら声を絞り出す。
「このガキ……一体何をしやがった……?」
ゴーディの声にギルが反応する。
「ッ! その声……そうか! お前は……あの夜、あの場にいた一人か」
「はぁ? ガキィ、テメー何を言ってんだぁ? それより俺を早く元の姿に戻せ! 殺すぞ!」
ギルは動じることなく、バイケンに向かって叫ぶ。
「バイケン! 今ならやれるよ! そいつにとどめを!」
バイケンはハッと我に返ると、すぐさま両手を交差してゴーディの懐に空気を切り裂くスピードで飛び込み、両の鎌で挟むように首にかけ、両手を広げて切断した。
ゴーディの首はスローモーションで宙を舞い、地面に落ちるとゴロゴロと転がってヨウザの足元で止まった。白髪でしわだらけ、開いた口から見える歯もボロボロで、目は見開いたまま涙を流していた。
「はァー、醜い。弱いってのはなんでこんなにも醜いんだろうねェ。醜いのは容姿云々じゃない、こういう無様な敗北こそが醜いって言うんじゃないかしら? そうは思わない、ねぇクソガキィ?」
思いの丈を口にすると、ヨウザはゴーディーの斬り落とされた頭部を躊躇なくドンと踏みつぶした。足を上げると、頭はなく、代わりに赤茶けた血だまりがそこにはあった。
仲間をやられているのに、怯む様子も悲しむ様子もない。コイツは一体どんな感情で生きているのだろう。
ギルはヨウザのあまりに醜い容姿よりも、その奥底に宿るどす黒い本性に恐ろしさを感じていた。
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