第39話 大天才魔法使い?

 クロベエとの会話を早々に終え、祠の中では慌てふためくギルの姿があった。



「まずいまずい! 早くクロベエのいる場所を教えてよ!」


 ギルとは対照的に、ニンフは落ち着き払った様子で言う。



「場所を教えるには地図が必要でしょー。それにクロたんのいるリドマン地区のメルビナの街は、ここから直線でも四十km以上。今のキミがどれだけ頑張っても、体力がなくなって回復しようとしても、結界の外じゃすぐにMP切れを起こすだろうしね。着くまでにはどんなに頑張っても丸一日はかかるよー」


「何を~! なんだその落ち着きぶりはー!?」


ニンフの様子に納得がいかないギルは地団太を踏んで声をあげる。ふぅと一呼吸入れて再びギルが言う。



「じゃあどうすればいいのさ? 早く行かないとクロベエが危ない。ムサネコさんの仇にも逃げられてしまうかもしれないじゃないか!」


 まぁまぁとニンフはギルをなだめる。



「思いつく方法はただ一つ。時空間魔法で転送トランスミッションさせるしかないねー」


 ニンフの提案に目を輝かせると、ギルはすぐさま言葉を返す。



「時空間魔法? さっすがニンフ。便利な魔法があるんじゃないか。じゃあ、すぐに俺をクロベエのところへ飛ばして」


 ニンフは人差し指を動かし、「チチチ」と言うと言葉を続けた。



「残念ながらボクは転送トランスミッションは使えないよー。あれは限られたごく一部の高名な魔術師しか使えないものだから」


「そんな……期待させておいて……」


 ギル、予想外の言葉にガックリと項垂うなだれる。そんなギルを見て、いたずらっ子のようにニンフは「ニシシ」と笑う。



「ボクは使えないけど、使える友達なら心当たりがあるよ。今からここに呼ぶから、キミが直接お願いするんだよー」


 そう言うと、ニンフは素早く宙に魔法陣を描き、そこに向かって問いかける。



「聞こえるー? ボクだ、ニンフだよー。今すぐスライムの谷の祠に来てくれないかなー」


 ニンフの問いかけに、しばらくの間があった後、魔法陣から声が聞こえてきた。



「……はぁ? スライムの祠ぁ? 嫌だね。なんだって私がそんなど田舎に行かなきゃ……」


「いいから早くー。来ないとキミの恥ずかしい黒歴史を大陸中にバラしちゃうぞー」


「くっ……貴様、いつか家畜にしてやるからな」


 ギルの目の前の空間が歪んだと思ったら、次の瞬間、現れたのは赤紫色のローブに同じ色のとんがり帽子。手には大きな水晶がはめ込まれた杖を持っていて、ローブの下には、お腹の両側の肌が露わになったデザインのかなり短い丈の黒いワンピース。


 そして、足元にはお約束のような高いヒールを履いた、妖艶な、どう見ても魔女にしか見えない魔女が目の前に現れた。


 魔女の前でくるりと舞って、ニンフが言う。



「来たねキレネー」


 キレネーと呼ばれた魔女はとんがり帽子の上から杖で頭を掻いている。



「はぁー、めんどくさ。で、此度こたびの用件は?」


「それはこの子から」


 ニンフはギルに手を向けて、キレネーの視線を誘導する。



「キレネー? じゃあ、あなたが暗黒魔法使いの?」


 ギルが尋ねると、キレネーはすぐに反応する。



「はぁ、いきなり失礼な子供じゃな。よいか、私は暗黒魔法だけではない。全ての魔法を使いこなす大天才魔法使い……」


「あー、ごめんなさい。そういうのは後にしてもらっていいですか? 今は無駄話をしている時間はないんです。それよりも、すぐに俺をリドマン地区のメルビナの街にいるクロベエのところへ転送してください」


 焦りのせいか、相手が誰だかよくわかっていないせいか、結構失礼なことを言い出すギル。キレネーはこめかみに青筋を立てて怒りに震えていた。



「ぬぬぬ、自分から話を振ってきたくせに無駄話だと……何だこの失礼な子供は? マジで家畜にしてやろうか……」


 その様子を見かねたニンフがフォローに入る。



「ごめんね、今ほんとに急ぎなんだ。とにかくこの子をその場所に転送してあげてよー」


 ニンフの言葉に溜息をついてキレネーが言う。



「この貸しは高くつくぞ、ウンディーネ……」


 すると、キレネーは大きな水晶のついた杖をかざし宙に円を描く。次に杖をくいっと動かしギルを宙に浮かすと、宙に描いた円の中にノータイムでぽいっと放り込んだ。



「うわぁーーー!」


 ギルは絶叫と共に異空間に消えていった。杖を振って円を消すと肩をさすり、首をポキポキ鳴らしてキレネーが言う。



「ほれ、これでいいんじゃろ」


「説明とか一切してあげないんだねー。まぁいいか、急ぎだったし。んじゃ、ボクたちも行こうかー」


「はぁ? 私は行かないぞ。ったく……面倒くさい」


 キレネーはまだ不機嫌な様子。ニンフはくるんと宙を回ってキレネーの耳元へと移動すると、小声で囁く。



「いや、キミは行くべきだよー。何せ、あの子は……」


 ニンフの話を聞き、不敵に笑うと、再び宙に円を描くキレネー。



「行くぞウンディーネ! 私に捕まっていろ」


「あーん、人前ではニンフって呼んでって言ってるじゃんー」


 二人は宙に描かれた円の中に飛び込む。瞬く間にギルたちのいるエリアへと移動してくると、キレネーは宙に浮いた状態で辺りを見渡していた。



「なんじゃこれは……。妖怪二匹のうち、一匹は能力がほとんど目覚めていない幼体ではないか。それにさっきの子供は低レベルで……ん? なるほど確かに呪いのアビリティが付帯おるようじゃな。興味深い個体だが、さすがにこれではまずいな」


「でしょー。ボクたちはのせいでこの地での争いごとには関与できないからねー。だから、キミにはギルたんが手持ちのアビリティやスキルで戦えるように、あの子がピンチの時にアドバイスしてあげて欲しいんだよー」


 不敵な笑みを浮かべてキレネーが呟く。



「まぁ、私にも全くの無関係ではなさそうだからな。それくらいはしてやるさ……」


 ニンフとキレネーの見下ろす視界の中で、ついにギルはムサネコの仇に遭遇。ギルは目を爛々と光らせて極度の興奮状態にあった。



(やってやる! それに、今の俺には心強い味方がいるんだ)


 しかし、ギルはまだ気づいていない。

 この戦いは、ニンフにもキレネーにも頼ることができないと言うことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る