第38話 【クロベエ編⑥】叫び

 勢いよく引き戸を開ける。二人の視界の先には、だだっ広い空間が広がっていた。


 十数台のテーブルに、百席はあろうかという椅子。客はその中にたった一人、初老の男性が壁際の席にいた。



「あのぉ、すみませぇん」

 

 女装バイケンが焦る気持ちを抑え、背後から男に声を掛ける。男は振り向きざまに一瞬鋭い眼光を見せるが、女装バイケンの姿を確認すると穏やかな表情を浮かべた。



「おぉ、これは素敵なお嬢さん。どうされたのか?」


 男は明るい口調で返事をする。まぶたが垂れており、目尻も細く垂れ下がっていたが、その瞳の奥では眼球が激しく動いていることをバイケンは見逃さない。



(んだよぉこいつ、いい歳こいて女好きかぁ?)


 一瞬警戒を強めるが、特に害はないと判断し本題を急ぐ。



「いやぁ、この辺りで不審な集団を見かけなかったかなぁと思いましてぇ。その人たちたぶん六人組のグループで、首のあたりに髑髏ドクロと蛇の刺青を入れていると思うんですけど」


 グラスの酒を一口煽り、男は口を開く。



「六人組で首に刺青が入った連中か。確かにさっきまでそこにおったな。しかしお嬢さん。あんたのような若い女性の質問にしては、いささか不自然に思うのじゃが」


 男の指摘に戸惑う様子も見せずにバイケンが言う。



「ごめんなさいぃ。今は急いでいるので答えている時間はないんですぅ。で、その連中ってどこに行ったかわかりますかぁ?」


 男は仕方ないと言った表情で頷いた。



「それなら、声の方向からして店を出て左へ向かって行きおったぞ。ただし、追いかけるのは勧めはせんがな。わざわざトラブルに巻き込まれに行くようなもんだと思うがそれでも――」


 男が話を終える前に、バイケンとクロベエはダッシュで店を後にする。その姿を見て初老の男は、「やれやれ、どうにもきな臭い夜じゃな……」と呟いた。



 店を出て左。全力で走る二人の前方に教会が見える。そして、教会を通り過ぎた先で二人は目にする。


 道を挟んだ向こう側。拓けた土地に複数の人影。薄っすらと声も聞こえる。それは叫び声の類ではなく、絞り出すような恐怖を含んだ呻き声のようであった。



「バイケン! きっとあれだ! 急ごう!」


「おぅだぜぇ!」


 舗装された道が途切れたその地に二人が足を踏み入れた瞬間。クロベエの正面から人影が何の迷いも見せずに上空から一直線に剣を振りかざしてきた。



「あぶねぇ、チビスケぇ!」


 女装バイケンが肘から鎌を出し、振り下ろされた剣を下から二本の鎌でがっちりと受け止める。元のカマイタチの姿に戻ると、一点に目が釘付けとなった。



「こりゃあ……」


 剣を振り下ろしてきた男の首に見える髑髏の目を通過する蛇の刺青。それは、ずっと探してきた骸蛇がいじゃのメンバーであることの証明に他ならない。



「ボク、すぐにギルに伝えなきゃ!」


「わかったぁ! だが、その前にステルスを発動しろぉ! こいつら、見境なしに斬りかかってくるぜぇ。連絡すんのはそれからだぁ」


「うんっ!」


 クロベエは、言われた通りに〈隠密ステルス〉を発動する。これで敵からは見えなくなり、戦闘に参加しない限りは敵に見つかることはない。


 そしてバイケンから距離を取るために木の上へとダッシュで登ると、すぐにニンフに連絡を入れるため、探索魔法〈遠隔通信テレコミュニケーション〉の発動を試みる。


 これは、宙に描いた魔法陣を通じて対象の受信者と直接声のやり取りが可能になる魔法である。


 急ぎ、宙に魔法陣を描くと、クロベエはそこに向かって叫んだ。



「ニンフー! ボクだよ、クロベエだよー! 今、目の前にヤツらがいるんだ! ねぇ、そこにギルはいるー!?」


 返事はない。これは本当にニンフと繋がっているのだろうか? しかし、他に手段はない。クロベエは大きく息を吸い込むと、再び力の限り叫んだ。


「ギルー! ニンフー! 聞こえるかーい!? 今……目の前にヤツらがいる! 首に髑髏の目玉を通り抜ける蛇の刺青が入った男たち。ギルが探していた連中が!」


 すぐ近くではバイケンと骸蛇のメンバーが〈キィンキィン〉と金属がぶつかる音を響かせながら交戦中。音の大きさと増える金属音の回数が戦いの激しさを物語っている。



(早く出て……お願い、早く……)クロベエは祈るような気持ちで返答を待つ。


「クロベエーーッ! 聞こえるかーーい!」


 魔法陣から聞こえてきたその声は、クロベエが待ち望んだそのものだった。


「ギルー、ギルーッ! いるんだ、奴らが! ボクのすぐ目の前に! だからお願い! 早く来てーッ!」


 クロベエの叫びがギルに届いた。すぐにクロベエも大声で叫び返すが、タイムラグでもあるのだろうか、反応が遅い。しばらくの沈黙を破って、再び声が聞こえてくる。



「もちろんだ! すぐに行くから安全なところで待っていてくれ! 絶対に無茶はするなよ!」


 クロベエは、ギルの言葉に「わかった!」と一言を返す。見ると、バイケンと骸蛇メンバーの戦いはさらに激しさを増していた。慌ててその場を離れるクロベエ。近くに別の木があったのでダッシュで登り、戦いの様子を伺う。


 震える子猫は、闇の中の戦いを息を潜めて見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る