第36話 惨劇の夜
メルビナの街の大通りにあるセセの酒場。
週末ともなれば、仕事帰りの有衆や冒険者、近所の住人で賑わいをみせる地域でも人気の酒場である。
しかし、この日は様子が違う。座席数百を超える店内には、ガラの悪い六人組グループと初老の一人客、それに若い男女八人のグループのみ。ガランとした店内に、突然若い男の怒鳴り声が響いた。
「黙れやオッサン! さっきからずっと目障りなんだよ!」
大声で騒ぎまくっていた六人組グループに対してイライラが募っていたのか、トイレの入口で出くわした時に目が合ったと言う、ただそれだけがきっかけで言い争いが起こっていた。
「はぁん? 小僧、テメコラ。誰に向かってケンカ売ってんのかわかってんだろうな? あ?」
今にもどちらかから掴みかかりそうな状況の中、若者グループの男女全員が駆けつけると、睨み合う男たちをノリノリで煽っていた。
すると、とうとう若者の一人がガラの悪いグループの一人の胸ぐらを掴んだ。怒声と歓声が止まない中、店のマスターがやってくると、「ケンカなら外でやってくれ」と一言告げた。
「おぅ、外出ろや! ぶち殺してやんぜ!」
酔っている若者の苛立ちと勢いは収まる気配がない。若者グループの周りのメンバーも
その様子を席に座って黙って見ていたガラの悪いグループのリーダー風の男が乱暴にガタンと椅子を立ち上がり、手招きをする。
「ひゃはっ。いーね、クソガキぃ。ついて来いや」
その言葉を聞いて、さらに興奮した様子の若者たち。リーダーの男の台詞を真似して煽る者もいた。
外へ出てリーダーの後をついて行く若者たち。外は静まり返り、酔っぱらった若者たちの我が物顔のはしゃぎ声だけが辺りに響く。
「おい、まだかぁオッサン?」
「ビビってんなら素直に謝ってぇ」
「そうそう、そうしたらちっとは手加減してやんぜ」
「えー、ついでに迷惑料とか詫び料ももらっちゃおうよ」
「あ、それならそのお金で私バッグが欲し~な」
3分ほど歩いただろうか。教会の奥、道の舗装がなくなった雑木林の入口。所どころに木々があるが、見渡す限り拓けた空き地に足を踏み入れて数歩、リーダーは立ち止まった。
「今日でこの街ともおさらばかぁ。一晩に八人じゃしゃーねぇか」
雲の切れ間から
蛇のように細く闇夜に怪しく光る黄色い眼。瘦せこけた顔に長い顎ひげをたくわえ、髪は深い緑色でぼさぼさの長髪。ニヤリと笑う口元には鋭い牙と異様に長い舌。そして、首には
禍々しい妖気を発するその男のただならない雰囲気に若者たちの酔いがみるみる覚めていく。
「お、おい……こいつ、なんかヤベぇんじゃ……」
思わず後ずさりする若者たち。二人の女は互いに手を取り合い、ガチガチと震え出す。
再び空を厚く覆った雲の隙間。途切れた空から月明かりが一瞬その場を照らしたかと思うと、若者たちの一人、最初に威勢よく突っかかっていた男の眉間にナイフが突き立てられていた。
男は白目を剥いたまま力なく後ろに倒れる。残された若者たちは絶叫をあげ、その場からなりふり構わず逃げだした。
しかし、逃走は許されない。
リーダーの男は瞬時に回り込むと、先頭を走っていた男の口元に裏拳を叩き込んだ。一撃で骨の砕ける音とともに全ての歯がへし折られ、顎もろとも粉々に砕かれる。男は呻き声をあげながら涙を流し、口から溢れ出す血を両手で抑えて地面をのたうち回る。
「クソガキどもぉ、めんどくせぇから逃げるんじゃねぇよ。次に逃げたらうっかり殺しちまうぞぉ。ひゃはっ」
突然の絶望的状況に若者たちは言葉を失った。その場に力なくしゃがみ込む者、腰が抜ける者。失禁する者。ただ立ち尽くす者。泣き崩れる者。
彼らの思考は完全に停止していた。もうその場から動くことは禁じられたのだ。
「サキソマぁ。あんた、男はいらないでしょー。残りの全員、あたしにちょーだい」
あとからやってきたガラの悪いグループのメンバーたち。その中の醜い容姿の女が声を掛ける。
「んだぁブス。俺は今、ゴミをいたぶる時間を愉しんでるんだからよ、テメーはひっこんでろ」
「そんなこと言って、いつもすぐに殺しちまうだろ。ねぇ頼むよ。あそこの二人の女が元気なうちに愉しんでおいでよ」
「んなことテメーに指図される覚えはねぇな、気持ち悪ぃ」
サキソマと呼ばれた男と醜い女が言い争いを始める中、若者の一人が気配を殺して死に物狂いで走り出す。
しかし、すぐにガラの悪いグループの別のメンバーの一人に取り押さえられると、片手で髪の毛を掴まれ持ち上げられ、その状態で顔面のみに十数発のパンチを打ち込まれる。
「ぐ……ひぁ……」
顔面がぐちゃぐちゃに陥没し眼球が飛び出してしまっている。ギリギリ息をしている状態。男は一瞬で瀕死の重傷を負わされた。
「ちょっとぉ、ゴーディ! 殺すんじゃないよ! 残りの男はみんなあたしがいただくんだから!」
醜い女は声を上げる。すぐにヌメヌメとした皮膚が盛り上がり、巨大な醜いカエルへと姿を変えた。そのあまりにも醜い姿を見て、女の一人は意識を失う。
「ちっ、このクソドブスが。ヨウザ、野郎はてめぇにくれてやる。ゴーディ、女をこっちへ連れてこい」
サキソマが命令すると、指示を受けたゴーディは両手で一人ずつ女の髪の毛を鷲掴み、そのまま引きずって歩き出す。
一人は気を失ったまま、そして一人は恐怖に震え、目を見開き、両手で必死に手を引き離そうとしたままで引きずられていく。
メルビナの惨劇は始まったばかり。
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