第35話 【クロベエ編⑤】通知

 クロベエとバイケンは寝る間も惜しんで、探索魔法〈通知インフォメーション〉の置物をアルヴェスタ中の酒場の周囲に設置していた。


 一日に十から二十ヶ所もの酒場に置いているが、なかなか条件ヒットの通知はクロベエの元へ届かない。


 二人が置物の設置を始めてからすでに数か月が経過していた。今日も空を駆けながらクロベエとバイケンは酒場がありそうな繁華街を探している。背中に乗っているクロベエに向かってバイケンが声を掛ける。



「なぁ、もう随分と置いたんじゃねぇかぁ。それでも何も出てこねぇってことは、いいかげん置物の設定条件を見直した方がいいかもしれねぇぞぉ」


 それはクロベエも思っていたことだった。ただ、この【探索魔法〈通知インフォメーション〉】の置物ローラー作戦は、まだ作戦の途中なのだ。途中で条件をコロコロと変えてしまったらローラー作戦にはならない。そんなことを思っていたら、視界の奥に小さな街が見えてくる。



「バイケン、あの街は?」とクロベエ。


「あー、なんだっけぇ。こっちの方角だと北西部だから、ありゃたぶんリドマン地区だぜぇ。街の名前までは知らねぇなぁ」


 バイケンはそう言うと、スピードを速めて街へと向かった。


 ほどなくして街へ到着すると、バイケンはヒューマンの女性の姿に変化し、クロベエはその横をてくてくと歩きながら街を散策する。


 街の中心部にはそれなりの大通りがあり、それに面して十数店の飲食店やブティック、商店、薬局などが軒を連ねていた。大通りの奥には教会と道を挟んだ反対側にはエリアギルドも見える。



「随分と人が少ないね」


 夕暮れ時にも関わらず、通りに人の姿はほとんど見られない。店の数に対して、確かにそれは明らかな違和感であった。クロベエの言葉にバイケンも頷く。



「あぁ、今日は週末だってのに静かすぎるぜぇ。ちょっと聞き込みでもして行くかぁ」


 しばらく大通りを歩いていると店の外で白髪を頭の後ろでお団子に結んだ腰を折った老婆の姿が目に入る。バイケンは軽く咳ばらいをすると老婆に声を掛けた。



「あのぅ、ちょっとお聞きしたいんですけどぉ」


 相変わらず不自然なほど可愛い声である。女装バイケンの背丈の半分ほどの小柄な老婆は腰に手をやり、力のない声で言う。



「なんだいお嬢さん。見ない顔だねぇ」


「あー、はいぃ。アタシは旅人なんですぅ。それよりも、この辺っていつもこんな感じなんですかぁ? お店は結構あるのに人が全然いないから変だなぁって」


 バイケンは元気にきゃぴきゃぴしながら言うが、老婆は対照的にどんよりとした雰囲気を醸し出していた。



「……そりゃあんた。ここんところ毎週末〈人さらい〉が出るって噂になってるからのう。特に若い人は狙われやすいって言われておるから、皆が家に籠って静かなものじゃ。あんたもせいぜい気を付けなされ」


 人攫い。それは、二人の興味を引くには十分な言葉だった。それからも数人に声を掛けて尋ねるが、皆同様の返答を重ねた。


 この街に人が少ない理由は人攫いが出ると言う噂が立っているから。それはもはや疑いの余地はないが、そんな話を聞いてしまったからには、作戦の変更も検討せざるを得ない。


 目についた酒場の近くに、魔法で生成したクロベエの姿を模した小さい黒猫の置物を目立たないように設置する。


 夕闇に街が染まる中、大通りにあった六軒全ての酒場に設置を完了すると、二人は夕食の食材を狩るために近くの森へと場所を移していた。


 森に入ってすぐに狩った大きな鳥を、バイケンがいつものように焚き火で丁寧に焼いている。押し黙っていたクロベエが静かに口を開いた。



「……しばらくは中心部のラバン領に戻らないでここで野宿にしない? やっぱりさっきの街で起きている事件が気になるよ」


 火に薪をくべながら、バイケンが言う。



「まぁなぁ。でも、もし今まで仕掛けた別の場所から通知が来たら、こんなアルヴェスタの端っこに居たんじゃ時間がかかって仕方ねぇぜぇ。着いた時には何の痕跡も残ってなかったってんじゃ、今までの苦労も水の泡だぜぇ」


 それも至極まっとうな意見だとクロベエは思う。だが、もしさっきの街で本当に人攫いが発生しているのなら、聞いた以上は黙って見過ごすことはできないと言う気持ちが上回っていた。



「街の人は、週末に人攫いが起こるって言ってたじゃない? だったら、ちょうど週末だし、今晩と明日だけでもここに残ろうよ。ここなら通知が来たらすぐにさっきの街まで行けるし」


「……お前と出会ってからもう三ヶ月以上も経ったのかぁ。ったく、誰に似たのかは知らねぇがすげぇ頑固者だってわかっちまってるからなぁ。いいぜぇ、お前の好きなようにするんだぜぇ」


 そう言って、バイケンは鳥の丸焼きに鎌を突き刺した。皮の表面から透明の肉汁が溢れてくる。しっかり火が通っていることを確認すると、葉っぱの皿の上に鎌で綺麗に切り取った肉を乗せた。



「ありがとう」


 クロベエが言うと、バイケンは口元に笑みを浮かべて返す。



「今のうちにしっかり食っておけぇ。もしトラブルが起こったら飯食ってるヒマなんてねぇからなぁ」


 バイケンの言葉を待たずに、ガツガツと肉を食べまくるクロベエ。やれやれと言った表情で、バイケンは肉を葉っぱの皿に追加した。


 結局、その日は何も起こらない。日をまたぎ、辺りが不気味なほど静まり返る森で、クロベエは体を丸くして完全に熟睡していた。


 その時。炎を切らさないようにバイケンが焚き火に薪をくべ続けていると、静寂は突然突き破られた。



【チリンチリンチリン! チリンチリンチリン!】


 音はクロベエから聞こえてくる。どうやら赤い首輪につけられた鈴の音のようだ。その甲高くけたたましい音色でクロベエは飛び起きた。目覚めたクロベエを見てバイケンが声を上げる。



「おい、チビスケ! これって――」


「しっ、黙って! 頭に声が入ってくる。通知が来た……」


 時刻は丑の刻。真夜中の突然の通知に胸が激しく波を打つ。クロベエは頭の中に入ってくる声を口に出す。



「貿易都市アルヴェスタ、リドマン地区、メルビナの街、セセの酒場周辺。現在地より南南西の方角、距離約八km。……情報は以上。急ごう!」


「よぅし、掴まれチビスケぇ!」


 バイケンはクロベエを背中に乗せると、全速力で空を駆け上がっていく。ほどなくして、空気を切り裂く風の向こうからさっきの街が見えてくる。

 

 クロベエの胸の鼓動はより激しさを増していた。

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