第34話 醜い女

 貿易都市アルヴェスタの北西部にあるリドマン地区。

 

 封鎖都市ギランレーとの境に位置するこの地に、A級凶悪クラン〈骸蛇がいじゃ〉のアジトは存在する。


 彼らは基本的には単独でそれぞれのシノギを持っているが、週に一度は集まってシノギの成果を報告し、上納金をリーダーであるサキソマに収めていた。

 

 この日、シノギの報告のために、リドマン地区外れの酒場に集まっていた骸蛇メンバーたち。



「今週もご苦労。回収も終わったし、もう今日は好きなだけ飲んで構わねぇぞ」


 リーダーのサキソマの号令で酒盛りを始めるメンバーたち。運ばれてきた酒を一気に飲み干すと途端に大声で騒ぎ出すのだから、周りの客は困惑の表情を浮かべるしかない。


 盛り上がる中、それにケチをつけるかのように、メンバー唯一の女が別のメンバーに絡み始めた。



「ちょっと、ゴーディ。アンタさっきの注文はどうなってるんだい? もう十分は経つのにまだ運ばれてこないじゃないか」


「ヨウザのアネさん、料理の注文なら十分くらいは普通にかかるんじゃないっスか?」


 ゴーディと呼ばれた男は至極まっとうな返答をすると、果実たっぷりのタルトを一口で頬張った。



「はぁ? お前、それ本気で言ってんの? 十分も待たせるなんてどう考えても異常だろーよ、この無能のゴミカスが! 注文の一つもロクにできないくせに、よくもまぁいけしゃあしゃあと」


 そう言うと、ヨウザと呼ばれた女は目の前になみなみと注がれていたワイングラスを持ち、ゴーディの頭上から一気に浴びせた。



「……」


 ゴーディも、周りのメンバーも一気に酔いが冷める。目と耳を覆いたくなるような典型的な嫌がらせ行為。

 

 しかし、ヨウザは微塵も気にする素振りも見せずに、目の前の分厚いステーキをフォークで突き刺すと、よだれを垂らしながら下から肉汁を啜り、かぶりつく。その姿を見て誰もが思う。醜いと。



「おいお前。さっきから黙って聞いてりゃ何様のつもりだ。こっちの兄さん、何も悪くねぇじゃねぇか」


 隣のテーブルでは、カップルが食事をしていたが、その男の方が聞くに堪えられないとばかりにヨウザに文句を言いに来た。カップルの女のほうは『やめなよ。もう出ようよ』と止めに入るが、酔っているのか、男は止まらない。



「黙ってないで何とか言えよ。このドブスが!」


 ヨウザは口に含んでいた肉を飲み込むと立ち上がり、男の足元から顔まで舐めるように視線を這わせてから言う。



「あらやだ、ごめんなさい。ここでは何だから外に出ませんこと?」


 その様子を見ていたゴーディは、リーダーのサキソマに小声で耳打ちした。



「お頭。アネさん行くみたいですぜ。今晩はあれでいいですかい?」


 サキソマは連れの女にねっとりとした視線を這わせるとニヤリと笑う。



「ふん……まぁ、ちょっと歳は行っているがしゃーねぇな。ただ、来週は前もってうまそうな幼女を用意しとけ。こんなにおあずけ喰らってると下半身がうずいて仕方ねぇ」


 ゴーディはニヤケ面で頷くと、外へと出て行った男に置いて行かれていた女に声を掛けた。



「あんたの彼氏いい人っすね。ぼーっとしてないで早く止めに行きやしょうや」


 震える女の肩をポンと叩く。促されるままに外へと出ていく女。ゴーディはそのあとをついて行く。


 ゴーディが外へ出ると、店の裏の空き地から何やら声が聞こえてきた。



「店の裏みたいっスね。急ぎやしょう」


 ゴーディと女は小走りで店の裏へと急ぐ。そして、建物の角を曲がり、女がそこで目にしたものは……あまりにもおぞましい生き物であった。


 毒々しい紫と深緑のまだら模様の体表に、全身をびっしりと覆うブツブツの先から得体の知れない汁を垂れ流す、身の丈三m以上はあろうかという醜い姿をした巨大なカエルがそこにはいた。



「きゃぁあああああ!!」


 女の叫び声が辺りに響き渡る。しかし騒いでいるのは女だけ。ゴーディはニヤニヤしながら見ているだけであった。


 巨大なカエルの目の前には店の中でヨウザに突っかかってきた男。腰を抜かして尻もちをついており、失禁もしているようだ。腕の力だけで地面を掴み、後ずさりをしている。



「や、やめ……」


 男は必死に声を絞り出そうとするが、あまりの恐怖に声が出ない。男の姿を見て高笑いをしたあとに、巨大なカエルが声を上げる。



「ぐひゅひュ。情けない。これだからヒューマンは脆弱でクズでカスだってのよ。どうして自分たちが無能だって気づかないのかしら。口を開けば容姿のことしか言わないし。低知能の弊害かしら」


 男は遠目からでもはっきりとわかるくらい震えていた。一瞬でも視界に入れたくないほどの醜い化け物が目の前で威嚇してきているのだ。それは無理もなかった。



「アタシは〈ヨウザ・ワージャミー〉。この地に住む毒ガマにして、悪名の誉れ高き〈骸蛇〉のナンバー2。お前を今からしゃぶり尽くしてあげるわ」


 濁った声でそう言うと、ヨウザの体表はみるみるうちに紫色に変色していき、身体中のブツブツから毒の霧をまき散らした。男は毒を吸い込むとすぐに意識を失い、またその様子を見ていた女も毒を吸ってバタリとその場に倒れた。


 ヨウザは長い舌を出すと男を一気に口の中へと捕食した。しかし、一口では決して飲み込まない。口の中で何度も何度も男を味わい、男の精を散々愉しみ、味わい尽くし、そして、絞り尽くした後でゆっくりと喉を鳴らして飲み込んだ。唇を舐め回しながらヨウザが言う。



「ぐひゅひュ……ヒューマンは無能のカスだけど、味だけはいいのよね」

 

 一方の、息をずっと止めていたゴーディは、辺りから毒霧がなくなったことを確認する。そして、地面に倒れたままの女を抱えると店の入口へと向かった。

 

 ゴーディが入口から店内を見ると、リーダーのサキソマと目が合う。サキソマはそれだけで察し、すぐに外へ出てきた。入口の外、壁にもたれかかって気絶している女を一瞥すると、股間を両手で押さえながらゴーディに言う。


「ひゃはは。あのきめぇブスも盛んだよなァ。まぁ、俺も人のことは言えねぇがよ。んじゃ女はさらってくから、あとはテメーらだけで勝手にしろ。あ、いつも言ってっけど、動きづらくなるから、目立つところで騒ぎは起こすんじゃねぇぞ。やるならブスみたいに形跡を残さないようにやっとけ」


「うす」と、ゴーディが短く言うと、サキソマは女を肩に担ぎ、ご機嫌な様子で暗闇へと消えていった。サキソマの姿が完全に消えたことを確認するとゴーディが呟く。


「……ったく、てめぇもあのパワハラブスも完全にイカれてんじゃねぇか。ほんと、ロクでもねぇ奴らと出会っちまったもんだぜ」


 リドマン地区で最近囁かれている〈人攫い〉の噂。

 その真相を知る者はごくわずか。

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