第7話 告白

 ギルたちの通っている幼稚園の隣の高台には小さな教会があって、彼らはそこで二人で話す機会が多かった。


 ギルがいじめられた時も、本の話をする時も、施設で飼っている猫の話をしたのもここだった。二人の想い出が詰まった場所だったけど、この日は何だかいつもとは違う場所のようにギルには思えていた。



 ミーナに誘われてやってきたギルは教会の入口にある白いペンキが塗られた木製の階段に腰掛けた。日差しが目に入ったのでポケットに入れていた帽子を無意識にかぶる。


 ミーナは何も言わずに教会の敷地から眼下に広がる幼稚園を眺めていた。子供たちの甲高いはしゃぎ声が耳に届く。ギルもつられて立ち上がり、幼稚園の敷地を見下ろすと、無邪気に楽しそうな笑顔で追いかけっこをしている子供たちの姿が目に入った。


 その視線に気が付くと、ミーナはギルの方へと向きを変え、先ほど受け取ったリボンでツインテールを結び直していた。



「ミナちゃん。さっきはありがとう」


 ギルが言うと、ミーナはギルの方をゆっくりと見上げた。ツインテールが風になびいて揺れていた。透き通るような紺青色の瞳で見つめられたギルはとっさに視線を下げて目をそらす。



「大丈夫。ギルくんをイジめるヤツはアタシがいるうちは許さないから。……だけど、これからはギルくんも、もう少し強くなった方がいいかもね――」


「……」


 自分が情けなくなってギルはますます下を向いた。柔らかい日差しに照らされた自分の短い影が目に映る。しばらく沈黙が続き、風で揺れる木々のサラサラと言う音だけが辺りを優しく包んでいた。


 何も言えずに黙っていると、急に春風が強く吹いてギルの帽子を飛ばした。教会の階段を下りて拾いに行く途中、背中からミーナに声を掛けられる。



「――アタシね、遠くに行くみたい」


 オレンジ色の帽子を拾って振り返ると、春風にツインテールをなびかせたミーナが教会の階段をのぼった入口に立ってこちらを見つめていた。少女はそれからは何も言わずに、ただそこに立ち尽くしていた。



「え、何? どういうこと?」


 意味が分からなかったギルは素直に尋ねる。二人の間をさわさわと風が通り過ぎていく。風が優しく辺りの木々を揺らす音が途切れることなく耳に届く。



「うん、あのね……お父さまのお仕事で、お母さまもアタシもビンスも一緒に遠くに引っ越さなくちゃいけないんだって……」


 目を凝らすとミーナは小刻みに身体を震わせていた。それでも、目の前の少女は瞬きをせず、真っすぐにギルを見つめて言った。敷地内に咲く花の濃いピンク色が彼女を優しく照らしていた。



「……そ、そんなのウソだ! ……そんな、いやだよ! ミナちゃんと離れ離れになるなんてボク絶対いやだよ! ねぇ、何とかならないの? お父さまだけお仕事で引っ越して、ミナちゃんたちはラバンのおじいさまたちと住むとか色々あるじゃない」


 ミーナの父親が王国内で外交官の職に就いていることはギルも知っていた。外交官ならば仕事のために国外へ赴任することだってもちろんあるだろう。しかし、それで納得できるほどギルの心は成熟されている訳がなかった。


 それはギルにとって生まれて初めて感じる種類の恐怖だった。今までそこに居るのが当たり前だと思っていた人がある日突然いなくなる。しかも、自分にとって一番大切な人が。


 心の行き場が見当たらなかった。気付けばとめどなく涙が頬を伝っていた。今までマーガスたちに散々イジメられてきたけど、こんなに苦しい気持ちになったことは初めてだった。


 苦しくて苦しくて呼吸も乱れた。頭の中も真っ白に変わっていく。顔をくしゃくしゃにして、せき込みながら思いつくままに言葉を並べたけれど、目の前のミーナは立ったまま手をギュッと握ってギルを黙って見つめていただけだった。



「ダメだ。ダメだよ。行っちゃダメだ……。ミナちゃん――」


 ギルが言い終わる前にしばらく何も言わずに、ただ黙って聞いていたミーナがゆっくりと顔を上げて強いまなざしでギルを見る。その切れ長の美しい瞳には大粒の涙が浮かんでいた。


 それでも、少女は気丈に振る舞う。今日、この場でギルに伝えるべきことを伝えなければと言う決心がはっきりと表情に表れているようだった。


 この機会を逃したら二度と言えなくなってしまうことはミーナ自身が一番よくわかっていた。だからこそ、そのためだけにこんな人気ひとけのないこの場所にギルを連れてきたのだから。



「子供の力じゃどうにもできないんだよ。もっと大きかったら何とかなるかもしれないけど、今のアタシたちじゃどうすることもできないんだよ。だからギルくん、強くなって。もうアタシたちは一緒にはいられないんだから――」


 その場で膝から崩れ落ち、地面にベタりと両手をついたままギルは大声で泣いた。これまでどれだけいじめられてもこんなに泣いたことはない。こんなに悲しい気持ちになったことはない。


 教会の敷地の地面を手で何度も何度も強く叩いた。

 ギルの手からは血が滲んでいた。


 この世から聞こえる音の全てがギル自身の泣き叫ぶ声のようであった。



次回予告:「呪いのアビリティ」

――――

★作者のひとり言


人生には別れがつきものだけど、突然の別れはやっぱり悲しいですね( ;∀;)アァ

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