第6話 二人の初陣
卒園式が目の前に迫ってきた。
あと一週間で三年間を過ごしたこの園ともお別れだ。
卒園一週間前ともなると、幼稚園のカリキュラムは全てを終えており、一日中自由時間となっていた。
教室の中で、保育士の先生に本を読んでもらう子。園庭の遊具ではしゃいでいる子。それもいつもの光景だった。
ギルは教室の片隅で魔法書を読んでいた。治癒魔法の魔法書は図書館にあるものは全て読破してしまったので、この日は借りたばかりの時空間魔法の本を読むことにした。
まだ知らない魔法に思いを巡らせるギルの前に、突然見たくない顔が現れた。隣の組のマーガスだ。
「な、なに?」
緊張気味にギルが言う。
「『なに?』じゃねーよ。いいからちょっと外で遊ぼうぜ」
嫌な予感しかしない。でも、嫌だからっていちいち逃げていても
彼らいじめっ子グループの何人かとは同じ初等部に通うことになるだろう。それならもし何か嫌なことをされたら今日こそガツンと言って、幼稚園のうちに人間関係の改善を図っておきたい。
唾を飲み込み頷く。外の日差しが強そうだったので、ギルはオレンジ色の帽子を手に取りズボンのポケットに突っ込むとマーガスの後をついていく。
連れて行かれたのは、園庭を挟んだ向かいの園舎の裏。普段は掃除用具の物置が置かれているだけの、長い空き地が続く
園舎の角を曲がって目に飛びこんできたのは、隣の組の子たちの姿。その数六人。
ギルを歓迎しているとはとても思えない。遠目からでもわかるほどに、彼らはとても嫌な表情を浮かべていた。
「ねぇマーガス。あの、ここで何するの?」
恐る恐る尋ねてみる。すると、マーガスは突然ギルの髪の毛を鷲掴み、お構いなしに強引に仲間の元へと連れて行く。
「い、痛いよ! 離してよ!」
ギルはマーガスの手を懸命に剥がそうとするが、悲しいほど力が出ず、全く状況は変わらない。
そのまま仲間の目の前まで連れられて来ると、ギルは髪の毛を掴まれたまま力一杯に投げ飛ばされた。
背中から物置に激突する。
次の瞬間。顔の前がフッと暗くなったかと思ったら、鼻に強烈な衝撃が走り、同時にゴッという鈍い音が頭の中に響いた。
マーガスの前蹴りを顔面に喰らったのだ。頭が後ろの物置に挟まれる形になったため、後頭部にもダメージを負ったギルはそのままズルッと腰から砕け落ちた。
痛みと恐怖で意識が飛びそうになる。マーガスは朦朧とするギルを見下ろしていた。
「もうすぐ卒園じゃん。だから今までの礼がしたくてよ。捨て子らしくゴミクズにしてやっからな」
やっぱりこうなるのかとギルは自分の考えの甘さを悔やんだ。手をやると、鼻血がダラダラと滴り落ちている。後頭部を物置にぶつけたことで頭はまだクラクラするけど、少し意識が戻ってきた。ギルは詠唱を始めた。
「聖なる光の導きにより、かの傷を癒したまえ。ヒール」
目の前がポゥと光に包まれると、次の瞬間には折れていたかもしれない鼻も、頭の痛みもすっかり治っている。今まで実戦で試す機会はなかったけど上手くいった。
「マーガス! 今の見たか?」
「やべーよ、あれって魔法じゃねーか」
(今度はマーガスたちがうろたえる番だ。ボクには回復魔法がある。簡単にはやられないよ)
立ち上がり、キッと睨み返す。しかしマーガスだけは
「なんだ今の? ひょっとしてマジで魔法か? てことは、テメーもあのクソ姫のミーナのところで魔法を教えてもらってたってワケか」
「――だったら何?」
気後れすることなく、正面から言葉を返す。
「だったら? そりゃ魔法も大したことねーと思ってよ。だって今も、あの女は今も俺の子分に捕まったままじゃねーか」
「何だって!?」
まずい、助けに行かないと。ギルはダッシュで幼稚園の庭に戻ろうとする。が、いつものように一歩目で躓いて転んでしまう。
「だっせーッ! バーカバーカ! テメーみたいなカスが行ったところでどうにもならねぇし、今から俺たちに泣かされるのがわかってねーの? なぁおい、こいつ、ガチでバカだな」
マーガスと仲間たちは地面に突っ伏したギルの背後から嫌な笑い声を容赦なく浴びせてきた。悔しい。ちょっと回復魔法が使えるようになっただけで己惚れていた自分をギルは恥じた。
立ち上がり、振り向いてマーガスを睨みつける。ミナちゃんを助けるには奴らを倒すしかない。その時だった。
「うーりゃあッ!」
聞き覚えのある叫び声が後方から聞こえてきたかと思ったら、声の主はギルの横をひゅんと駆け抜けて必殺の飛び蹴り。
マーガスはギリギリでかわすも、後ろにいたマーガスの仲間の胸を直撃。名も知らぬ彼は、「ぐふぅ……」と漏らした声を宙に置き去りにし、ぐるぐると背中から回転し、うつ伏せで
「ふぅー。遅くなってごめんな、ギルくん」
「……ううん、こっちこそいつもありがとう」
親指を立ててギルにいつものキラッとした笑顔を向けるミーナ。ツインテールに結ばれているいつものリボンの片方はほどけていて、ハーフアップになっていた。
ギルたちの様子に苛立ったのか、マーガスが声を荒げる。
「ミーナ! テメーも魔法を使いやがったのか。汚ぇヤツらめ!」
「はぁ? 汚いのはどっちだよ。こんな可愛い女の子を十人がかりで倉庫に閉じ込めたくせに。それにアタシは魔法なんて使ってない。あんな奴らごときに使うまでもないぜ」
(そうか、自力で脱出してきたときにきっとリボンが取れちゃったんだ。ボクは本当にいつも助けられてばっかりだな)
落ち込むギル。ミーナはその様子気づくとバシッと背中を叩いた。
「しょげてるヒマはないぜ、ギルくん! これがアタシたちの初陣だ。回復は任せたよ」
「!!」
その言葉を受けて一気に体が熱くなる。
(そうだった。ボクが直接攻撃することができなくたって、仲間の誰かが戦い、ボクはその支援に回ることで戦闘中でも役に立てるんだ)
「うん、任せてよミナちゃん!」
その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべると、次の瞬間にはマーガスたちに普段よりも容赦のない攻撃を繰り出すミーナ。五対一にも関わらず、一方的に、あっという間に勝負はついた。もちろん、ギルの出る幕はなし。
もう完全に勝負はついたのに、ミーナは怒りが収まらないのか、「このこの! バーカバーカ!」と言いながらガシガシとマーガスにストンピングを喰わらせ続けていた。マーガスがすっかり気絶していることを確認したギルが声を掛ける。
「あのー、そろそろ勘弁してあげようよ」
「え? うん、ギルくんがそう言うなら」と言いつつ、最後にもう一撃、ミーナはマーガスの顔面をガンッと蹴り上げていた。彼女だけは怒らせてはいけないと思うギル。
初陣では何もできなかったけど、自分にも戦闘に役に立つことができるのだと思ったら、それだけで気持ちは満たされていたのだった。
ミーナが戦っている時に落ちたリボンが近くにあったのでそれを手に取る。
「あの、ギルくん。ちょっとついて来てくれるかな――」
彼女の伏し目がちな表情が少し気になった。
卒園が目前に迫っていた。
次回予告:「告白」
――――
★作者のひとり言
作者はやっぱりミーナのような正義感溢れるヒロインが好きです。
こんな子がいたら……大変そうだけど(^^;
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