第5話 新しい家族
結論から言えば、ギルは魔法を使うことができた。
しかし、それは白魔法の中の治癒回復魔法のみであり、攻撃魔法、補助魔法の類は発動自体はさせることができるのだが、不思議と対象に届く前に効果が消えてしまうという、理屈では考えられないものであった。
ちなみに、時空間魔法は他の魔法と比べて高度過ぎて、きちんと使いこなせる人は王国の中でも皆無と言われており、教えられる人自体が存在しないようである。
魔法が対象に届かないと言う現象には、ラバン家の魔術指南のカミラ先生も頭を抱えるしかなかった。
「詠唱も完璧だし、実際に発動もしているのに、対象に届く前に効果がかき消されるなんて聞いたこともないわ……」
王国内でも実力上位の魔術師である彼女がそう言うのだ。ギルにはなす術がなかった。
ただもちろん、攻撃魔法、補助魔法が対象に届かないという現実はギルにとっても残念なことではあったが、回復魔法だけは発動もするし、効果もちゃんと発揮している。ギルにはその事実だけで心底嬉しかったのだ。
(できる! ボクにも魔法が使えるんだ。他の魔法だって今は使えなくても、練習していけばいつかちゃんとできるようになるかもしれない)
ギルは毎週開かれるラバン家の魔術稽古には欠かさず参加し、そのほかの日は図書館で魔法に関する文献を読み漁っては自主練を夜遅くまで繰り返した。
魔術を学び始めてから半年が過ぎても、一年が経とうとした頃でもほかの魔法は実戦レベルで使えるようには全くと言っていいほどにならなかったが、回復魔法だけは尋常ではない速さで上達していった。
魔術指南役のカミラ先生もただ驚くしかなかった。
*
六歳になり、幼稚園の卒園を間近に控えた頃、回復魔法だけで言えば、ギルの回復量はカミラ先生をも超えていたのだった。
(信じられない。六歳になったばかりの子がこんな回復量の魔法を発動できるなんて。これは王国に報告するべきかしら、でも……)
カミラは迷っていた。確かに治癒回復魔法の回復量だけで言えば、ギルは現時点でも王国上位に食い込むだけの実力があるだろう。
しかし、傷の治癒の回復量だけなのだ。不思議なことに、毒の治癒、麻痺や気絶の治癒といった状態異常回復系に関しては一切の効果を発揮することはなかったのである。
結局、カミラは王国への報告を見送ることにした。あまりにもできることが限られすぎているからである。
この回復量であれば確かに王国の役に立つかもしれないが、まだ年端もいかない子供であるし、何よりもこんなに尖りすぎた能力では扱いが難しいだろうし、奇異の対象にしかなるまい。
カミラの思いなど露も知らず、ギルは一心不乱に魔術稽古に邁進していた。自分にもできることがあるとわかったギルは密かに自信をつけつつあった。人生が色づいて行くような感覚は充実の証なのかもしれない。
相変わらず運動系はからっきしではあったが、もしかしたら魔術師と言うものはそういう存在なのかもしれないと思うようになり、段々と運動ができないコンプレックスからも解放されていく。
しかし、回復以外の魔法が対象に届く前に消えてしまうことへの違和感は残されたままだった。カミラ先生も最初の頃は熱心に原因を調べてくれていたようだったが、最近では興味を失ってしまったのか、そのことについて触れてくることはなかった。
一方で、ギルは諦めてはいなかった。この先、回復魔法を極めて医療魔術師を目指すとしても、他の魔法も使えるのと使えないのとでは待ち受ける選択肢も変わってくると思ったからだ。
あらゆる魔法を使いこなすことができれば、それだけ多くの人の役に立つことができるだろう。そんな思いがギルを突き動かす。
だが、そんなギルの願いとは裏腹に、回復以外の魔法に関してはどれだけ修練を積もうが、対象に届く前に消えてしまうと言う現象は変わらぬままだった。
*
ラバン家の魔術稽古がない日は決まって図書館に行くのがルーティンとなっていたギルは、その日も図書館に向かっていた。すると、道を曲がったその先の民家の塀の上で、ムサネコと見知らぬ綺麗な黒ネコが仲睦まじそうにじゃれあっている姿が目に入る。
外でムサネコを見かけることは珍しかった(一緒に出掛けること自体はあったのだが)。思わず息をひそめ、物陰に隠れて様子を見守るギル。すると、思いがけない光景を目にすることができた。
見知らぬ黒ネコのお腹が大きいのだ。黒い体のため、初めはよくわからなかったが、どうやら間違いない。黒ネコはメスで、お腹の中に赤ちゃんがいるのだ。ん、待てよ。と言うことは、父親は……。
考えるまでもない。目の前の光景を見れば、それ以外は逆に不自然でしかないのだから。
(ボクが幼稚園に行っている間に、仲良しのネコさんができたんだね。ボクも嬉しいよムサネコさん。キミの子供が生まれたらみんなで遊ぼうね)
そんなことを願いながら、ギルは図書館へと再び歩を進めた。
しかし、ギルのささやかな願いは永遠に叶うことはなかった。
幼稚園の卒園式を間近に控えた柔らかな春の日差しが訪れる三月。
運命は大きく動き出す。
次回予告:「二人の初陣」
――――
★作者のひとり言
最後に意味深なセリフがありました。話が急展開していきますので、よければ続きをご覧ください(*^-^*)
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