第8話 呪いのアビリティ
あの日から一週間。卒園式が終わり一夜が明けていた。
ギルとミーナはあの日以来一度も言葉を交わしていない。
ミーナが引っ越してしまうのは三月末日。それまでに何か話したいと思っていたが、考えるほど思考の糸が絡まっていくような感覚。
(ミナちゃんと会えなくなるなんて、もう何を話したらいいのかさえわからない)
孤児院の部屋の中で、ムサネコを相手にもう何度同じ言葉を口にしたことか。もちろんムサネコはただじっとギルを見つめているだけだった。
この日は、近くの公民館で〈初等部新入生対象身体能力測定〉という行事が行われることになっていた。このイベントは、その年の王国内のすべての初等部新入生が対象であり、必ず受けなければならないものである。
(身体能力測定とか、もうどうでもいいんだけどな……)と思いながら、ギルは憂鬱な気分のまま公民館へと向かう。
この身体能力測定は、単に身長や体重、運動能力や健康状態を測るものではなく、〈アビリティ〉と呼ばれる、各自に備わっている〈特殊能力〉も医療魔術師に見てもらえるという貴重な機会だった。
アビリティには、〈固有アビリティ〉と〈通常アビリティ〉という二種類と、それとは別に装備に付帯されている〈装具アビリティ〉がある。
固有アビリティと通常アビリティはどちらも個体自身が保有するアビリティである。固有アビリティは生まれながらにして所有しているユニークアビリティであり、通常アビリティは獲得条件を満たせば誰でも所有できるようになると言われている。
装具アビリティは、その名の通り武器や防具などの装具に付帯されているため、装具の持ち主と承認されれば、承認されている間は装具アビリティは固有アビリティや通常アビリティと同様に効果を発揮する。
このあたりの話は、幼稚園の指導カリキュラムに含まれているため、この場にいる子供たちの全員が基本的には一度は聞いたことがある知識と言ってよかった。
騒ぐ子供たちも多くいたが、優秀な王国職員たちの先導によって、測定は滞りなく進行していく。
ギルも職員たちに促されるがまま、検査や測定を受けていく。身体測定時は穏やかな表情を浮かべていた職員や医療魔術師たちが、身体能力、そしてアビリティ診断と進むにつれて、難しい表情を浮かべる様子が気がかりだった。
一通り身体能力測定が終わると、結果が書かれた紙を元に医療魔術師の先生たちがその結果について説明をしてくれる時間が設けられていた。
目の前の医療魔術師は、「あー、こりゃすごいな。珍しいのが二つも付いてるよ」と言って、ギルをジロジロと見つめていた。
(珍しいのって何だろう?)ギルは目の前の医療魔術師の次の言葉を待った。
「まず、これがキミの結果だ。ここをよく見て」
そう言って、プリントされた紙をギルに見せてくれた。医療魔術師はアビリティの項目を指差していた。彼の指先に記された文章を見た瞬間、ギルは頭が真っ白になり、猛烈な吐き気に襲われる。
――
【能力測定詳細】
氏名:ギルガメス・オルティア
生年月日:王国暦1003年11月30日生まれ
身長:103.7㎝ 体重:17.2㎏ 視力:右1.5 左:1.5
健康状態:通常
運動能力:全項目計測不能 ※備考欄参照
【固有アビリティ:所持数2】
①|戦闘適性ゼロ:物理攻撃、魔法攻撃、攻撃に関与する全ての魔法攻撃(補助、状態異常攻撃・状態異常回復)の命中0%
②
【通常アビリティ:所持数1】
①使用可能魔法:黒魔法:火雷風※①の影響により無効化 白魔法:回復
【備考:先天性運動発達障害疾患(重度)】
――
「〈戦闘適正ゼロ〉、そして〈獲得経験値半減〉。どっちも呪いの装備に付帯していることはあるけど、ヒューマンの固有アビリティとしてついているなんて初めて見たな。しかも同じ個体に二つだなんて、こりゃあなんて珍しい! 激レア! いや、スーパーウルトラレアだ!」
周りが一気にざわつき始める。
それを聞いていた子供たちは興奮気味に思ったことを口にする。
「今の聞いた? 呪いだって」
「うわ、なんだかあいつ気持ち悪いって前から思ってたんだよ」
「呪いのアビリティ持ちってマジ? そんなのついてなくて良かったー」
「俺も俺も! そんなの付いてたら一生冒険にだって出れないじゃん」
気絶寸前のギルの耳に、嘲り笑う子供たちの声が遠鳴りのように微かに届く。周りのざわつきにはお構いなしで、医療魔術師は新しいおもちゃを与えられた子供のような好奇に満ちた眼差しを向けて話を続ける。
「次に健康状態と運動能力は……と、あちゃー、重度の〈先天性運動発達障害〉持ちと来たか! キミ、運動はどうだ? やっぱり苦手なのかい? 〈運動能力:全項目計測不能〉って、いくら運動障害持ちでもそこまで何もできないものなの?」
医療魔術師の興味は尽きないようだったが、ギルの耳には届かない。
ギルはこの結果を受けて、これまで自分の身の回りに起こったことと照らし合わせて全てを悟っていた。
自分がどれだけ運動しようとしてみても、体力の向上を望んでも叶わなかった理由。
いじめっ子たちに抵抗しようとして、どれだけ彼らにやり返そうと思っても当たらずに空振ってしまう理由。
黒魔法の発動はできても対象に届く前に効果がかき消されてしまった理由。
全てはアビリティと疾患によるものだったのだ。
呪いのアビリティと先天性の運動障害疾患。その事実は幼いギルの心をへし折るには十分すぎて余りある。
医療魔術師の質疑を受けている最中にギルは意識を失ってその場に背中からバタリと倒れた。
会場が騒然となる中、遠くからその様子を見つめていたミーナが駆けつけて、お付きの護衛が気絶したギルを施設まで運んだことを彼は知らない。
ギルは丸一日以上も眠り続け、目が覚めたのは日付が二日進んだ真夜中。枕元には能力測定詳細のプリントが置かれていた。
夢ではない。二つの呪いと先天性の疾患がこの身に宿っている事実を再確認する。
ギルは布団をかぶり、再び強く目を閉じる。
この現実が全て噓であって欲しいと願いながら。
次回予告:「この世で一番見たくなかった景色」
――――
★作者のひとり言
ついにギルくんの生まれ持った呪いが明らかに。なかなかのハードモードっぷりですが、まだ苦難の道は始まったばかりのようで……
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