ファクトリア 閉じ込められた機械の庭で……

琴弾南中

少年は”輸送者”となり、旅立つ。

「新規の登録ですか?」

「はい。今日で12歳になったので」


僕は職員のお姉さんに届いていた身分証を提示した。


「……確かに。それではこっちの書類に記入してください」


渡された紙にスラスラと記入していく。

名前、性別、生年月日、住所、家族構成……。


「これでいいですか?」

「確認します……、家族は全員死別ですか?」

「はい、4年前の隔壁事故で……」

「あぁ、あの時の……」


お姉さんは事故のことを知っていた。

知らない人の方が少ないと思っていたあの事件も今では時とともに風化して、すぐに思い出す人の方が少ないくらいだ。


「……ここで働く理由は”機械”が憎いからですか?」

「違います」


機械。

それはいつだってそばにある物。

身に着けている時計だって、お姉さんが情報を入力しているのだって、機械だ。

でも、お姉さんの言った機械は人の役立つ機械ではない。

人を襲う機械。

人の姿をしている物もあれば、自然区画で大事にされた動物のような見た目をした物もいる。

このファクトリアにおいて、死を運ぶ存在。

僕の両親は機械に殺された。

復讐のためにここに登録にきたわけではない。

だから、否定した。

言葉だけじゃ、意味がない。

じっと見つめてくるお姉さんを見つめる。


「……復讐ではないならいいのです」


お姉さんは疲れたようにため息を吐いて、視線をそらした。


「登録は終わりました」

「はやいですね」

「そういう仕事ですからね。慣れですよ、慣れ」


すっと差し出されたのは、一枚の金属の板。


「ようこそギルドへ」

「お世話になります」


これで晴れてギルドの一員となった。

大人の仲間入りだ。


「……一応、このギルドの構成員はなんというか知っていますか?」

「……冒険者、探検者」


僕の言葉にお姉さんは大きくため息と失望を表した。


「違います」

「輸送者」

「知ってるなら、最初にそう言いなさい。そうです。輸送者ですからね。間違っても機械を叩きのめして強くなる必要も、ファクトリアの深淵を探る必要もありません。愚直にきちんと隣の区画に荷物を届けるのが仕事なんです」


巷では輸送を生業にしないで、活動する人も多い。

輸送するよりも機械を倒したり、未踏の地で見つかる機械や部品を集める方が何倍も稼げる。

もちろん、冒険すれば危険だし、未踏の地には計り知れない強さの機械がいることも多い。

ハイリスク、ハイリターン。

それに憧れている人は少なくない。


「……仕事を請け負いますか?」


お姉さんがそう言ってきた。


「受けます」

「近くの区画、レジスティアに三つの荷物の輸送依頼です。一つ目は抗生物質。薬ですね。レジスティアは部品がとれますが、薬はとれませんから比較的重宝されます。荷物の嵩的にも苦にならないでしょう。二つ目は郵便物ですね。個人間の物なので、緊急性も必要性も薄いですが、送り届けて欲しいという想いを無下にしないでください。最後にここ、ライティアとの生活インフラを継続するための接続ポータルキーですね」

「……いきなり、責任重大ですね」

「レジスティアまでの路は安全性が担保されています。その分、距離があり、手間に比べて達成時の報酬が少ないと冒険者や探検者はほとんど請け負いません」

「あぁ……」

「……仕方なしに初仕事として提示することが多いですね」


お姉さんは手早く荷物を渡してくる。

すべてがリュックサックにまとめられている。


「……リュック」

「これは初仕事であり、輸送者として働かない馬鹿どもの尻拭いです。当然、荷物を運ぶ入れ物を貸し出しています」


輸送者として活動する際に、リュックやバッグなどを用意することは必須である。

ただ、ファクトリアの居住区から外に出るとなると普通のリュックなどでは意味がない。

輸送専用の入れ物はどれも高価である。

最初はそれこそ簡易式の封筒などで誤魔化すのがお約束だ。

それを貸し出しとはいえリュックを使用させてくれるギルドの大盤振る舞い感。


「必ず成功させてもらう必要がありますから」

「……はい」


お姉さんからの圧力に断ることも出来ずに頷いた。


「あと、使うとは思えませんが……」


そうして渡されたのは、ホルスターと拳銃だ。


「銃まで……」


武器も渡された。


「護身用です。錆び付いた機械なら一発で倒せるはずですが、あくまで、護身用です。むやみに使った場合はペナルティを貸す場合もあります」


ホルスターから取り出し、恐る恐る確認していく。

どういうものかは知っている。

でも、現物は初めてだ。

お姉さんが使い方を教えてくれた。


「相手に構えて、引き金を引く。弾は……こうやると見えるわ」


シリンダーには6発の弾が込められていた。

レクチャーは簡単に済まされた。


「……出発はすぐですか?」

「区画外に初めて出るので、防護装備を揃えます」

「なるほど。それくらいはもちろん自分で用意できますね?」

「はい」

「そうですね。初めてなのであれば私が知っている優良なお店を紹介しますから……」

「あっ、ありがとう……」

「必ず依頼を無事に達成してくださいね」

「……はい」


お姉さんの後ろには鬼がいた。


     ***


「坊主、一揃え着て違和感はあるか?」

「ないですね……」


お姉さんの言っていたお店に来て、店主に装備の購入を伝えると、


「買ってすぐに区外に出るのは構わねぇが、試着しないと問題があるか分からねぇ。一回、着てみろ」


そう言って、装備を渡してきた。

試着してみても、何も問題を感じない。


「ちょっと触るぜ」

「どうぞ……」


店主が念入りに確認してくれる。


「大丈夫だな」

「じゃあ、これください」

「総額で……」


予算よりだいぶ安い。


「安くないですか?」

「おまけだ。おまけ」

「……おまけって」

「坊主、レジスティアに行くんだろ?」

「……そうですけど」

「あのリュックはウチの商品でな。あれの購入の経緯を知ってるんだよ」

「あぁ、それで」

「その上で、な。レジスティアに嫁に行った娘から手紙が来たんだ。その返信をしたためたんだが……」

「もしかしなくても……」

「あぁ、時期的に坊主が運ぶ中にある」


店主はどこか照れくさそうだ。


「隣とはいえ、会いに行けるような場所じゃない。だから、会えないことを覚悟して、半ば忘れようとしていた。それなのに、子供が出来たって、な……」

「それは、それは……」


それはとても幸せなことだ。

居住区にいれば死に辛い。

そう死に辛いだけだ。

運が悪いと居住区にいつの間にかまぎれていた機械に殺されることもある。

他にも天気によっては死ぬ。

わかりやすいのは雨だ。

人をいとも容易く溶かしてしまう雨が降る。

いつ降るかも分からない雨は降りはじめなら助かるので、降られたら人々は死に物狂いで雨を避けれる場所へと移動するのが常だ。

あとは霧も恐ろしい。

濃い霧は一息で恐ろしいことが起きる。

麻痺することもあれば、錯乱することもあるし、何も問題ない霧だとしてもそういう時は機械が現れる。


「大人になって、嫁いだだけで十分なのにお釣りまできっちりだ。だから、こっちは元気でやってるってことを伝えようってな」

「頑張ります」

「だから、坊主よ。無事に行って、帰ってきて娘のことを教えてくれよな」


そのための自分勝手な割引だ。

そう言って、店主は送り出してくれた。

店を出る。

ファクトリア。

それがこの世界の名前。

ファクトリアのライティア。

それがこの街であり、区画の名前。

ファクトリアは巨大な工場なのだと昔話で誰もが教わる。

何を作っているのか、もう誰も知らないのだというが、この工場は生きている。

どこか遠くで重いなにかの機械音が響く、それは恐ろしい何かが出した音なのか、それともファクトリアが活動している音なのか分からない。

薄暗い世界。

建物は電気が通っているので照明で明るいが、外は暗い。

それが普通。

そんな中を居住区という人の営みが生み出す微かな明るさを感じながら、進んでいく。


「……新人か?」

「はい。レジスティアに輸送です」


証明書である金属板を渡す。

ここはライティアのはずれ。

区外へとでるためのいくつかある関の一つ。

相手はここを守る衛兵だ。


「死ぬなよ」

「死ぬつもりはありません」

「……今日は比較的落ち着いてる。路に霧も雨も降ってない、特にレジスティア方面は機械も出ない。出ても錆び付きの小さいやつだけだ。銃は?」

「あります」


ホルスターから取り出してみせる。


「俺から言えることは少ない」

「はい」


それでも関にいるということは強者だ。

だって、機械は関のすぐ向こうにいて、居住区を守るために彼らはここにいるのだ。


「……落ち着いて、逃げれるなら逃げろ」

「わかりました」


衛兵はそれ以上何も言わなかった。

後はただ関を開けてくれた。


「幸運を……」


衛兵の声を背に受けながら。

開かれた先、闇へと歩み出す。

この闇を進むのが輸送者であるという気持ちで、勇気を奮い立たせて歩いていく。

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ファクトリア 閉じ込められた機械の庭で…… 琴弾南中 @Fanntomu89opera

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