異世界逃避行

ゆる弥

異世界の扉

「あぁぁぁーー。今日も怒られたぜぇ」


 ネクタイを弛めながら帰路についていたのは、鮫島 海(さめじま かい)37歳のおっさんだ。


 電車から降りて家までの途中でコンビニに寄る。

 店頭に並んでいるのは魅力的なものばかりであった。


 今日はどうすっかなぁ。

 ビールはまず二本だろ、酎ハイも買って……飯どうすっかなぁ。

 おにぎりも美味そうだけど……カレーとか牛丼はなぁ。胃にくるんだよなぁ。

 蕎麦だな。


 買い物カゴに欲しい物を放り込んでさっさとレジに行く。


「袋はどうされますか?」


 はぁ。

 何も持ってねぇんだから分かんだろうよ。


「一つ下さい。あっ、あと102番下さい」


「えっ? 何ですか?」


 一回で聞けよ。


「102番のタバコください」


「はい! かしこまりましたぁ!」


 返事だけはいいんだよなぁ。


 袋を提げて家に向かう。

 家に向かう途中で今日の出来事が頭に再び思い浮かぶ。


◇◆◇


「部長、先日のプロジェクトの件どうにかお願いしたいと先方から言われているですが、どうしましょうか?」


「あぁ。見ればわかるだろ? こんなてんてこ舞いな状態で受けたらどうなるかわかんだろ?」


「あっ、はい。でしたら、部長の方からお断りして頂けませんか?」


「そのプロジェクトの管理をするがお前の仕事だろ?」


「……はい」


 自分の席について電話を手に取る。

 一呼吸おいて番号をプッシュする。


「プルルルルルル……プラルルル……はい。〇×△システムの河野です」


「あっ、□〇×の鮫島です。お世話になっておりますぅ。先日のプロジェクトの件何ですけども……」


「受けてくださいますか!?」


「いえ……あのぉ、弊社もパンパンの状態でして、新規をできる状態じゃないんですよぉ」


「それは、わかってるけど、何とかってお願いしてるじゃないですか! 鮫島さんしか頼れないから頼んでるんですよ!」


「あっ……しかしですね、なんともならない状態で……」


「あんた冷たい人だな。もうあんたの所には頼まないよ! プツッ……プーップーップーッ」


 はぁ。

 嫌な仕事だぜ。


 席を立って部長の元へ行く。


「部長、さっきのプロジェクト断りましたけど……もううちには頼まないと言って切られました……」


「お前、もうちょっと上手く言えねぇのかよ! 使えねぇな! 取引先一個無くなったじゃねぇか!」


「すみません」


◇◆◇


 なんで俺が怒られなきゃならねぇ!?

 言われた通りにやった結果だろうがよ!?

 それが不満なんだったら自分でやれってんだよ!

 ふざけんな!


「クソッ!」


 石ころを蹴る。


カァァァンッ


 ヤベッ。

 なんかに当たったか?


 慌てて音がした方向を見ると光る扉が佇んでいた。

 後ろにも特に何も無い。

 ただ、扉があるだけ。


 俺は、もうこんな世界嫌だ。

 どっか行きてぇ!


 扉のドアノブをガチャッと開ける。

 中が光っていて見えない。

 中に進んでみる。


 光の先には草原と小さな森が見えた。

 後ろを振り返ると扉はない。


 えっ!?

 なに!?

 もしかして別の県に出た?


 しかし、見渡す限り草原。

 その先にまた森がある。


 森の入口にあるのは、桃のような果物が木になっていた。


グゥゥゥゥ


 気づけば腹が減ってる。


 あれ?

 手に持ってたコンビニの袋がない。


 実を手に取り少し齧ってみる。


 すると、口に広がる甘酸っぱい味。

 香りも甘い香りがする。


 美味い。

 これが毎日食えるならここにずっと居るかな。

 異世界でスローライフってか。

 いいね。


「おっ! あっちにもあるじゃん!」


 見つけたのはトウモロコシのような実がなっているもの。

 バナナの様な形の物もある。


「はははっ! この世界最高!」


 お腹いっぱいに実を食べ腹が膨れた。


 安心したら眠くなってきたなぁ。

 晴れてて風が気持ちいいし、一眠りするかな。


 しばらく気持ちのいい一時を過ごした。


「ゲゲグゲッ?」


「ググゲゲゲッ」


 ん?

 誰が話してる?


 目を開けると鈍器を持った醜い顔の人型の化け物だった。


「うわぁぁぁぁ!」


 後退りする。


「グゲゲ?」


 こっちに近づいてきたかと思ったら、鈍器を振り下ろしてきた。


ドンッッ


 足のすぐ側を打ち付けた。

 打ち付けた衝撃が伝わってくる。


「おい! 来るな!」


 土を掴んで投げる。


「来るな!」


 再び鈍器が振り下ろされた。


グシャッ


 左足が潰された。


「がぁぁぁぁぁ! いてぇ!」


 引きずりながら逃げる。


「クソッ! せっかくいい世界を見つけたと思ったのに! なんなんだよ! いてぇ……グスッ」


 いてぇいてぇいてぇ!

 こんな世界来なきゃ良かった!


 化け物は笑いながら追いかけてきている。

 必死で逃げる。


ドンッ


 後ろを見ながら逃げていた為、前にあるものに気付かなかった。


 前を見ると扉がある。


 さっきの扉か!


ガチャッ


 中に入っていく。


 今度は暗い世界だった。

 暗すぎて周りがよく見えない。


 目が慣れてきた。

 よく見ると小さな山がいくつもある。


「おいおい。今度はなんの世界だ?」


ズボッ


 土から手がでてきた。


 次々と手と顔が出てきて起き上がろうとしている。


 マジかよ。

 ゾンビ?


 追いかけられる前に逃げる。

 逃げた方向からも土から人型の何かが起き上がってきている。


 避けて避けて避けて。

 目が更に慣れてきて前方が確認できた。


 土の山が続いていた。

 その中からも続々と出ている。


 なんなんだよこの世界!

 食われる以外に選択肢がねぇ!


 こんな世界嫌だ!

 絶望して立ち止まると、目の前に扉が現れた。


 躊躇せずに開ける。


 浮遊感に襲われる。


ドボンッ


「あっつっ!」


 グツグツと煮立った熱湯に投げ込まれたようだ。


 俺が何したってんだよ!

 なんでこんな罰を受けなきゃならねぇ!?

 どうなってんだ!?


 こんな世界ごめんだ!

 もっとあんだろうがよ!

 楽しい世界が!


 扉が出てきた。


「今度こそ頼むぞ!」


 扉を開ける。


 光り輝く世界だった。


 メリーゴーランドやジェットコースター、コーヒーカップといろんなアトラクションがある。


「はははっ。なんか久しぶりだなこういうの」


「どうぞー! ご自由に乗ってくださぁーい!」


「自由に乗っていいのか?」


「はい! どうぞ!」


 ジェットコースターに乗る。


 久しぶりに乗って楽しかった。

 もう一回乗る。


「はははっ! 楽しかったわ! 次メリーゴーランドに乗ろう」


「はい! ドンドン乗って下さぁい!」


「乗りまーす!」


 一通りの乗り物を乗り終えると、少し休みたくなった。


 あれ?

 休憩所みたいなところないな。


 ここで座ってるか。


 アトラクションを囲む柵のところに腰掛けて座る。


「ビーーーッ!」


 ブザーを鳴らされた。


「なんだよ!」


「そこに座ってはダメです!」


「何でだよ! じゃあ、休憩所に連れてってくれよ」


「そんな所ありません。ここは楽しむ世界。ずっと楽しんでいいんですよ?」


 おいおい。

 なんでまともな世界がねぇんだよ。

 自分の好きにできる世界に行かせてくれよ。


 扉が現れた。


「次はどこかなっと!」


 扉の中に入ると。


 電車をおりた後だった。


 はぁ?

 なんで元に戻ってんだよ。


 好きな事ができる世界に行きたいって言ったのに、今の世界?


 たしかに、今行った世界は選択肢が逃げるしか俺にはなかった。


 この世界にも逃げる選択肢はあるか。

 逃げない選択肢もあるな。


 みんな色々選択しながら生きてんだもんな。

 選択できない人も世の中にはいる。


 俺は、少しだけど選択ができる状況にいる。

 それだけでも幸せかもしれないな。


グゥゥゥゥゥ


 あれ?

 また腹減ってる。

 コンビニ寄ろう。


 コンビニに入り最初と同じものをカゴに入れる。

 レジに並ぶながら考える。


 コイツも色々考えながら仕事してんだろうな。

 自分の番になった。


「あっ、袋一つ付けますね」

「あっ、袋一つ下さい」


 二人の声がハモった。

 二人で目を見合わせる。


「あっ、はい。一つください。あと、102番のタバコをください」


「すみません。ひゃく……?」


「に! っです!」


「にですねぇ。袋に入れておきます。ありがとうございましたぁ!」


 なんだ?

 なんか店員が最初と違う。


 店員さんの後ろのスタッフオンリーの扉が光っていた。


 ん?

 まさかな。


 コンビニを出ると家に向かう。

 明日からどうするか今日はじっくり考えよう。

 

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