鬼姫

和音

鬼姫


彼女は小さな田舎の村に生まれた。


暖かな家庭の中、友達にも恵まれて心優しい少女に育っていった。


彼女は様々な長所を持っていたが、こと身体能力は異常と呼べる程優れていた。


野を駆ければ馬に勝ち、巨岩を持ち上げ、猪を素手で狩った。


それでも村で孤立しなかったのは彼女の性格のお陰であろう。


弁当を忘れた人に走って届け、引っ越しを手伝い、畑を荒らす動物たちを蹴散らした。


時間が空いた時には村のはずれ、森の深くにただ一軒立っている家に行き、お婆さんと少年の話し相手になった。


彼女は子供にはもちろん大人にも好かれ、尊敬されていた。




ある日、いつものように森の中の家で少年と話していると、お婆さんからいつものお礼に晩御飯を食べていかないかと訊かれた。


少年は大喜びで賛成した。

彼女は迷ったが、ご馳走になる事にした。


親には心配を掛けるが、食べてから直ぐに帰れば良いだろうと思った。


食事はとても楽しく、時間は流れるように過ぎていった。


陽も落ちてしばらく経った頃、彼女は帰路に着いていた。


遠目に見ると村はとても明るかった。

今夜は祭りだっただろうか、宴だっただろうか。



村に近づくにつれ、疑問は疑念に、そして確信に変わった。


村は燃えていた。


彼女はそれに気付くと、目にも追えない速度で駆け出した。


皆んなが無事であることを願いながら。しかし、現実は非情であった。


村は悲鳴で包まれ、家は燃え、崩れ、地面は血に染まっていた。


逃げる村人の流れに逆らって、彼女は自分の家に向かった。


そこには血を流して倒れ込む母と、既に死んでいるであろう父、そして鬼がいた。


その鬼の身長は優に屋根の高さを超え、手には金棒を持ち、父を食べている。


母がこちらに気付き何かを叫ぼうとした瞬間、金棒で潰された。


血液が辺り一体に四散し、彼女に付着した瞬間、彼女は何を感じたか。


それは恐怖か、絶望か、いや怒りだ。


彼女は地を蹴り、大きく跳んで、鬼の顔面を砕いた。




夜が明け、村の炎が消える頃、十数体の鬼であった物の上に一人、涙を流しながら立っていた。


丸一夜戦い続けた彼女の意識は薄く、重力に従って身体が落ちる。


ただ、彼女はここで両親の元へ向かうほど弱くなかった。


山の隙間から覗く朝陽に一つ誓った。この世から鬼を滅ぼすと。


これは恨みや復讐などではなく、他の人がこのような目に遭わないようにという怒りのような正義感からの誓いであった。


何度か太陽が回った後、目が覚めた彼女は空腹に襲われる。数日の間何も口にしていないのだから無理もない。


目の前には鬼の死体。抵抗はあったが、本能がそれを打ち消した。


それから、彼女は鬼を殺す旅へ出た。




鬼を殺した数が二百を超えた頃、今までで一番強そうな鬼を見つけた。


一般的な鬼よりひと回りもふた回りも大きく、小さな鬼を二体連れている。


手には赤黒い刀を持っていた。


樹の上から飛び降り、まずは一人。


そして大鬼の方を振り向いた時、彼女は左腕を失った。


彼女は何事も無かったかのように右腕を側にいた小鬼の腹部に叩き込んだ。


左手が無くても戦えるが、些か不便である。


なので彼女は先程殺した鬼の腕をちぎって、自分の腕とした。


自分の腕よりも一回り大きなに傷口が触れた途端、捻れ縮み彼女の腕となる。


試しに左手を振るうと、大鬼は樹々を倒しながら吹き飛んだ。


なるほど、人間の腕ではこの力は出せない。


大鬼は狂ったように叫び、こちらに突進してきた。


刹那の後、叫びは止まり地に伏せた。



継ぎ目一つない左腕を見ながら、彼女は大鬼へと向かう。


大鬼の眼を片方自分の眼と入れ替えた。


自分の内臓を引き出し、大鬼の内臓を詰めた。


大鬼の心臓を抜き取り、自分の胸部に入れ込んだ。


それら全ては彼女のモノとなった。


山二つ先までよく見え、より速く長く動けるようになり、さらに多く食べられるようになった。


彼女はどんどん強くなった。


怪我をしたら鬼の皮膚を貼り合わせ、鬼の肉を喰らい腹を満たし、鬼を殺し回った。




そうして鬼は消えた。


大小様々な鬼を数にして一万九千五百二十八、時間にして三年と七十四日殺し続けた。


綺麗だった黒髪は紅く染まり、自分の身体の半分は鬼のものであった。


お腹が鳴り、鬼の代わりの食べ物を探していると、ある村に出た。


元々暮らしていた村だった。


そこで見知った顔の友を見つけた。


その瞬間心臓が大きく跳ね、眼は友を捉え、口から涎が溢れ出た。


向こうがこちらに気付くと、悲鳴をあげて全力で逃げた。


彼女は絶望した。


鬼だと間違えられたことではなく、友を殺さぬよう喰わぬよう自分を抑えるのに必死だったことに。



彼女はふらりと山頂に向かった。

   人を殺すのは鬼だけか。


彼女はふわりと飛び落ちた。

   鬼を殺すのは人だけか。


彼女はずしりと地に着いた。

   人を喰らうのが鬼なのか。


彼女はむくりと起き上がった。

   鬼を喰らうのは人なのか。


彼女はぐしゃりと頭を砕いた。

   私はまだ人なのか。


彼女は不条理に死ななかった。

   それとももう鬼なのか。



草むらから音が鳴り、三年前森の家で、話し相手をしていた少年が顔を出した。


村で彼女を見つけて追いかけてきたのだろう。


彼が心配した顔で話しかけるが、彼女の耳にはもう届かなかった。


山の隙間から朝陽が覗いていた。



彼女は最後の鬼と成った。

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鬼姫 和音 @waon_IA

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