「全ての生命は有限だ。必ず死ぬ。それは避けられないことわりだ。全ての生物の死は確定されている。早いか遅いか、どう死ぬか、という違い程度だ。当然、人間もそうだ」

「……エイ、あれは嘘だったの?」

「世界樹の所で話した、大軍が〝賢者〟を殺そうとする、という話の事だな」

「そうだよ。死は避けられたはずじゃないのか!?」

「そうだ。の死は避けられた。だが、それは寿命が伸び、死に方が変わっただけ、ということだ」


 あっと言う間に消えたエリオンの森。その近くの村──。

 曇り空の下で、僕は共同墓地で、穴を掘っている。

 エイは、手伝わずに、ただ見ている。

 僕の隣には、丁重に白い布でくるまれた遺体が横たわっている。その上で、その遺体と仲良しだった青い小鳥が大人しく止まっている。


「……エイ、この死って、必然だったの?」

「そうだ。この副産物──」

「だから『副産物』って言わないでくれよ!」

「──少女は、栄養失調で死ぬ運命だった。どうしようとも、人間を肥料にして生成された樹液だけで、一人の人間を育てる事は出来ない。私は世界樹の破壊と同時に見えた未来で確信したが、あの少女のやせ細った身体を見て、とっくに予想がついていた。それは貴様も同じはずだろう」

「だから、僕はたくさん食べさせようとしたけど、間に合わなかった……。まさかあそこまで衰弱が酷くなって、たった二日で……」


 穴を掘る腕が止まる。

 涙を拭いて、再び穴を掘る。


「そもそも、弔いに何の意味がある。土葬はいつか来る復活を信じた人間達の考えだが──」

「『この世界に復活という概念は、本来存在しない』、でしょ?」

「そうだ。天国も地獄も無い。それは全て、人間の妄想だ」

「だとしてもさ、信じたいんだ、僕は」

「存在しないのにか? 私は嘘を言っていないし、勘違いでも妄想でもない。私は〝管理者〟として、世界の全ての知識を持っている」

「それでもっ! 僕は、信じたいんだ! そうしないと、踏ん切りがつかない」

「相変わらず、人間とは非合理的な存在だ。そうでないと生きていけない、とはな」


 エイの冷酷な言葉に慣れだしている自分に戸惑いつつ、穴を掘る。

 ──ようやく、遺体が入れる大きさになる。


「ほら、えっと……、トリィ、その少女を弔うから、どいてあげて」


 だけど、遺体の上にとまるトリィは動かない。


「……トリィ、その娘は、もう……」


 再び涙が流れ落ちる。

 遺体を包む白布の上に、ポタポタと落ちる。

 涙の粒は、俯くトリィに当たった。


 ……パタパタパタッ!


 突然、跳ねるように飛び上がる。


「トリィ!?」


 トリィは空高く上がっていく。

 途中で止まり、こちらを振り返る。

 だけど再び、また空高く、飛んでいく。


「トリィ、どうして」

「……存在しない天国に行く気だ。どちらにしろ、あの鳥はいずれ死──」

「エイッ! もういい! もう、いいから……」


 エイが黙り込んだ時には、トリィはかすかな青い粒になっていた。


 天国は存在しない──。エイはそう断言した。

 正直で全知の〝管理者〟の言葉に、偽りが無い。

 それは、わかっている。

 だけど、僕はトリィが少女と天国に会える事を、信じている。


 僕はトリィと少女、そしてモダチとの関係を全てを知っているわけじゃない。エイが見えていた過去を教えてもらっただけだ。当事者じゃない。

 だけど、僕はトリィが少女と天国に会える事を、応援している。


 僕がそう願った時、青い粒は、完全に消えていた。

 灰色の空の下、共同墓地周辺の草木は、どれも項垂うなだれるように元気が無かった。






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Ⅳ:02 ─幼き賢者は緑を踏む─ 松田はるき @mtd_hrk_kkym

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