音乃サマ子は54人目のお友達がほしい!

縁代まと

音乃サマ子は54人目のお友達がほしい!

 ――彼女は息継ぎせずに言った。


「あたし音乃おとのサマ子! 知り合いにはよく「おトノ」って呼ばれてるよ。この響きでいくなら普通はお殿様だろうけれど、どうしても様付けしたくないって感じがひしひしとするよねッ! そうそう、年は13年と205日10時間53分20秒……あっ、21秒、ああっ、にじゅ……まあいいや! 13歳! サマ子お友達がほとんど居ないの。こないだも53人目のお友達が居なくなっちゃった。こんなに可愛くてお料理が上手い女の子なのになんでだろう? なんでかわかる? ――きみは、お友達になってくれる?」


 54人目の。

 と、サマ子は鼻と鼻をつけ、瞬きせずに聞いた。


  ***


 彩太郎あやたろうは近所の中学校に通うごく普通の男子学生だ。

 そんな彼の部屋には今、奇妙奇天烈な人物が居る。むしろ巣食っていると表現した方が良い。

 先日出会った音乃サマ子というその少女は、半ば無理やり彩太郎の部屋に上がり込むとベッドの下に潜んだ。

 ベッドの下のサマ子はいつの間にか毛布や食料を用意し、ごろごろとしている。


「いつ出ていくんだよ」


 真っ暗なテレビ画面に映るその光景を睨み、彩太郎はサマ子にそう言った。

 サマ子はきょとんとして目を丸くする。

「お友達だから出て行かないよ?」

 言いながらパリパリとスナック菓子を噛み砕く。

「アヤくんにこの前言ったでしょ、お友達になったらお部屋に呼んでお菓子を食べて遊ぶんだよ! 楽しいよね。サマ子は楽しい!」

「お前が普通の女の子ならな!」

 フンと鼻を鳴らし、彩太郎はテレビの電源を入れた。


 サマ子とは学校帰りの郵便局前で出会った。家路を急ぐ彩太郎の前に突如彼女が降ってきたのである。

 コンクリートにボーリングの球をぶつけたような音をさせ、サマ子は落ちた。

 それは一瞬のことで、男の子らしく受け止めることなど到底出来ない。そもそも彩太郎は初め、それを人形だと何の疑問も抱かずに思った。

 バサバサのツインテールが風に揺れる。顔は反対側を向いていて分からない。

 やっとそれが生身の人間だと知り、どうしようと迷い始めたところでサマ子は立ち上がった。立ち上がり、彩太郎の方を向いて、親しい同級生に言うようにこんなセリフを吐いた。


 ポストから落ちちゃった! と。


 そのポストとはハガキを投函するものではなく、郵便局の看板に描かれたポストの絵のことだった。

「……」

 お笑い番組に集中しているふりをしながら、彩太郎は後ろのサマ子の気配を探る。

 両親は彼女のことを知らない。なぜバレないのか不気味で仕方ないが、彩太郎は自分の口でこの事を言うつもりはなかった。

 出会った経緯は信じてもらえないだろう。

 それより何より、サマ子を親しい人物に合わせることが怖いのだ。

「ねー、アヤくん」

 突然声をかけられ、彩太郎はびくっと肩を揺らして振り返る。

「な、なんだよ。テレビ見てるところなのに」

「あたし、今度アヤくんと動物園に行ってみたいな! 遊園地もいいよね、お友達なんだから良い思い出作りたいよね、新しいカメラを持って行きたいな!」

「俺はそれよりも普通のボーイ・ミーツ・ガールがしたい!」

 叩きつけるように言い、彩太郎はテレビ画面に視線を戻す。

 しかしすぐに聞こえてきた鼻をすする音にその視線が揺れた。


「こっ……これくらいで泣くなよ!」

「鼻をすすっただけだよ」

「紛らわしいわッ!」


 しかし心配されたことが嬉しかったのだろうか、サマ子はぬるりとベッド下から這い出すと背中をつついた。

「そうかぁ、アヤくんは普通のボーイ・ミーツ・ガールがしたいんだね」

「言っとくが、お前とは絶対に無理だからな」

「そんなことはどうでもいいんだよ! とりあえず、アヤくんは普通のボーイ・ミーツ・ガールをするやり方は分かってないんだね?」

 サマ子はパアッと顔を輝かせ、自分の丸いバッグを引き寄せるとそこから何かを取り出した。

 手の平に乗っているのは――安全ピンの付いた黒い小箱。

 艶やかな表面をしたそれはどうやら軽いものらしく、サマ子は手の平の上でころころと転がしてみせた。

「なんだ、これ」

「サマ子、アヤくんとはもっと仲のいいお友達になりたいから奮発しちゃった!」

 首に手を回して抱きつき、サマ子はその黒い小箱を彩太郎の首の真後ろに付ける。

 付け終わってもなお抱きついたままの体勢で、サマ子は小さな声で言った。


「これはね、さっきサマ子の左足小指の爪と交換したものなんだ」

「なっ、え、ええ?」

「見てみる?」

「いらん!」


 彩太郎は自分の首に手を回す。

「この箱もいらん! こんなの付けてたらファッションセンス疑われるぞ!?」

「それはアクセサリーじゃないよ、すべてを見れる小箱だよ!」

 サマ子は心外だと言わんばかりの勢いで彩太郎の手を止めた。

「すべてを……見れる?」

「そう、この国の世界の星の宇宙の次元のすべて。沢山の事実と沢山の真実が全部見れちゃうんだ、すごいでしょ!」

 言って、満面の笑みを浮かべるサマ子。

 両親に自分の力作を見せた子供のような笑顔だった。


「これを使えば、素敵なボーイ・ミーツ・ガールの仕方が分かるかもしれないよ!」


 彩太郎は首の後ろに付いているものが、奇妙なアクセサリーから不安を孕んだ興味深いものに変わったのを感じた。

 た・だ・し、とサマ子は体を離すと彩太郎の額をつついて言う。

「使えるのは3分間だけだよ。それ以上にもそれ以下にもならないからね!」

「つまり、早く自分の欲しい情報を見つけ出さなきゃいけないってことだな?」

「違うよ、使うともう得てるんだよ」

 よく分からないが――書店でよく目にする恋愛指南書よりは役に立ちそうだ。

(もし嘘でもここは付き合ってやるか……)

 お友達という間柄を盾に何かを要求されることは数あれど、サマ子からこちらに何かをくれるという事はこれが初めてだった。

 それに興味が湧かない訳ではない。コンクリートに頭を強打してもピンピンしている不思議少女――電波少女だ、その持ち物ともなれば効果の信憑性は増す。……気がする。

「仕方ないな、でも一回だけだぞ」

「えええー、一回3分だけど何回も使えるんだよ? モッタイナイ生首が来ちゃうぞ!」

「そこはオバケにしておけ、生々しい!」

 彩太郎は黒い小箱に触れる。

 思った通り軽かったが、思っていた以上に冷たかった。


「で、どうやって動かすんだよ?」

「右の角がヘコむと思うから押してみてっ! いってらっしゃい!」

 いってきますと言うのは躊躇われたので、彩太郎は何も言わずに角を押した。

 しかしこのいってきますは両親にこそ言うべきだった。


 一転する世界。

 何も見えずに様々なものが見えて無音なのにざわめきが煩く熱さに寒さを感じ美味しいものが食べ物ではなく上も下も意味がなくなる。

 こうして、彩太郎の頭に知るべきことが大量に流し込まれた。


  ***


「アヤくん?」


 立ったまま動かない彩太郎をサマ子がつつく。

 爪先立ちをしようとしたところで、自分の靴下が真っ赤に染っていることに気が付いた。

「あっ、いけない! 爪をあげたんだった、お部屋が汚れちゃう!」

 いそいそと靴下を脱ぎ、小指に絆創膏を貼ってから根元を縛り、新しい靴下に履きかえる。

「お代を払うと治りが遅くてやんなっちゃう。えへへ、ごめんねアヤくんっ!」

 ひとつ上の次元にいる生き物はサマ子を食べるのが大好きだ。こうして体の一部をあげると面白くて素敵なものをくれる。

 それはサマ子にとって日常で、常識で、生まれた時から当たり前のことだった。


 目すら瞬かない彩太郎の前に座り、サマ子はニャンコ型の腕時計に目をやる。

 2分経過。あと1分だ。

「アヤくんって集中しちゃうタイプなんだね、あたしはそれを使ってもついつい他のことが気になっちゃうんだよ」

 一度首に直接付けてバスタイムに使ったことがあるが、気がついたらいつものように頭を洗っていた。

 それに反して彩太郎は勤勉である。

 瞬きもせず、呼吸にすら気を配らず、一心不乱に箱へ意識を預けているのだろう。

「あたしには難しいなぁ~。あっ、3分経った!」

 サマ子はぴょんと立ち上がり、彩太郎の手を握った。


「おかえり、アヤくん! 楽しかった? ボーイ・ミーツ・ガールをする良い方法は分かった? 分かったら実践する時にあたしが実験体になってもいいよ、だってお友達だもんね! ……ねっ、アヤくん」


 シン、とする部屋。

 返事を貰えず、サマ子はしょげた顔をする。

「もしかしてやり方、わかんなかった? 大丈夫だよ、何度も探せばきっと見つかるよ!」

 ぽんぽんっと肩を叩き、親身になって励ましてみせる。

「でも3分じゃやっぱり足りなかったかな、今度は10分のでも――」

「3分」

 彩太郎が唐突に声を発した。

 とても中学生とは思えないような声で言う。


「3分、も、いらない」


 目の下の隈を軋ませ、彩太郎は渇いた眼球を覆うように瞼を下ろした。


  ***


「それでね、気がついたらその子の中には中身がなかったの! これじゃお喋りも出来ないよね、勤勉なのはいいけど酷すぎるよ! でもきみのことは信じてるからね、こうして相槌をいっぱいいっぱいいっぱい打ってくれてるんだもん!」


 頷く首が痛い。

 少女は何時間喋り続けても平気といった顔だ。

「それじゃあ55人目のお友達になったのを祝して、あたしからプレゼントがあります!」

 ファーストフード店の屋根から落ちてきた少女は言う。


「大事に使ってね!」

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