第18話

…どれくらい経過しただろうか。あれから結構な時間が経ち瑞貴も少しは落ち着きを取り戻したのだが、今度は俺から離れなくなってしまった。


「あの、瑞貴さん…。」


「なに?」


「そろそろお風呂に入りたいので退いてくれるとありがたいのですが…。」


「一緒に入る?」


「だから入らんよ?」


「………。」


別にムスッとするわけでもなく、ただ退いてくれずずっと俺にへばりついている。


「…とりあえずアレだ。瑞貴は明日自分の家に帰んなさいね。」


「え、ヤダよ。」


「ヤダじゃないの。帰れったら帰んなさい。」


「いいじゃん別にここに居たって。それか俺ん家に来るといいよ?」


「そういう問題じゃありません。まだ付き合い始めて3日目4日目とかなのにいきなりほぼ同棲みたいな生活は認めません。」


キッパリ俺がそう言うと俺の腕に巻きついたままで拗ね始めた瑞貴。半笑いになっている俺だが、そろそろ本当に風呂を沸かさないといけないし明日になったらきっちり瑞貴を家に帰す。今からそのあたりがいい加減な関係を続けていたらいい加減な未来しか待っていないのである。


「ほら退きな、風呂にお湯張ってくる。」


「俺がやってくる。」


「お?ありがと。」


そこでようやく離れてくれた瑞貴だが、まるで子泣きじじいか何かに取り憑かれた気分である。

…一緒に暮らすとかはまだまだ先の話だ。せめて瑞貴が最低でも18歳以上になってもらわない事には俺には無理だし、それにお互いに立場というものがある。一応俺も瑞貴もミュージシャンで、特に瑞貴は少しでもテレビに出演すれば一瞬でお茶の間を沸かせるくらいには人気を博している存在だ。そんな俺たちが毎日のように同じ部屋から出てきて同じ部屋に入っていくのを観察してるような人がいたらそこからおかしな噂になってしまう。17歳と言う年齢の、しかも同性と付き合うにあたり俺はその辺を物凄く危惧しなければならないと思っていて、マスコミやファンの目というものはいつどこに潜んでいるか分からないもので、熱愛だのなんだのでゴシップだらけの青春時代を過ごして来ている瑞貴にはよくそれを分かっているはずなのだが。今回に関してはこれまでのゴシップのように、ゴシップではないので問い詰められたら嘘を言わなくてはならなくなる。瑞貴も俺も性格上嘘をつくのが大嫌いだし苦手なのですぐバレるだろうし、それでテレビや週刊誌にでも取り上げられたら一瞬でその噂が広がり、ひいては瑞貴のファンが減っていく。ならばずっと公開しないのかと聞かれたら、少なくとも『今は』と答えるしかない。いずれ公開に踏み切る時も来るのだろうが、それは今じゃない。まずは純に話して味方に付けるところから裏工作を始めなくてはならないし、ユウキ、コータ、HAL、そしてマネージャーにも話をしてきっちり外堀を固めていかなくてはこういう問題はやがて大事に発展してアンチ共から謂れのない罵詈雑言を浴びせられる事になる。俺はいい、もうすぐ28だしなんとか沈静化はできると思う。だけど瑞貴はそうはいかない。これからますます人気が出ていくだけの人間の『今』を、俺が潰してしまう訳にはいかないのだ。


なんて事を考えていたらリビングに戻ってきた瑞貴がバッグに自分の荷物を片付け始めている。

おおぉ…、なんと素直に俺の言う事を聞いて帰る準備をしてくれているではないか。


「瑞貴偉いじゃん、帰る準備?」


「…………。」


あれ、なんか不機嫌。やっぱり拗ねてるなぁ…。思って苦笑したがそれはそれでご機嫌は取らないといけない。片付けが終わったらしい瑞貴がテーブルに座ってスマホをいじり出して、もうあからさまに拗ねている。放置する訳にもいかないのでソファからテーブルに座っている瑞貴に話しかけた。


「そんな拗ねなくてもいいでしょうが。」


「別に拗ねてるわけじゃないよ。類の言いたいことはなんとなくでもわかるから。どうせこういう人気商売だからマスコミとかファンの目を考えろってことでしょ。それと俺の年齢のこととか。」


「よく分かってんじゃん、その通りです。」


「…それはわかるし理解しないとダメなところだとは分かってるけど、面倒くさい仕事だなぁと思って。」


「その面倒くさい仕事で食ってけてるんだから、そんな事言っちゃダメ。」


「…はっ。随分とまぁ聞き分けのいいお利口さんで理知的なオッサンですこと。」


「鼻で笑うなよ…。」


「……類。」


俺を鼻で笑い飛ばした瑞貴が静かな声で名を呼んできたので、テーブルに移動して横に腰掛けた。


「なに?」


「分かってる。分かってるんだよ、類の言いたいことは全部。俺の将来を考えてくれての言葉だっていうのも十分わかる。」


「………。」


「だけどね、俺は類が好きだし大事だから、真菜の時のようにいずれ公開することを考えてる。」


「!瑞貴、それは、」


「大丈夫、今更真菜の事でメンタル振り回されないから。」


「…………。」


真菜、というのは瑞貴が16歳の頃から約一年程度付き合っていた少し年上の元カノでありユニットを組んでいた女性の名前である。真菜と瑞貴の仲の良さは有名で、誰もがずっと付き合い続けるのだろうと思っていただろうし、結婚もするのだろうと思っていた仲だったのだが、ある事がきっかけで二人は段々破綻しはじめ、勝手に色んなことを誤解したまま真菜が暴走しはじめ瑞貴を一方的に責め立てて別れを告げた挙句、その後瑞貴によって自分は傷付けられたのだと吹聴して瑞貴を追い込み、それが原因で真菜を擁護するSNSやマスメディアや週刊誌で酷く叩かれまくったのだ。勿論瑞貴を擁護する声もあったが瑞貴と真菜以外の、外側いる人間たちの意見は対立し続け、最終的に真菜は心を病んで自殺未遂を繰り返し、現在もずっと精神科病棟に入院をしているらしい。その事で瑞貴も深く傷ついたしピアノにも触れず本当に何も出来ない期間を乗り越えて今があるわけだ。

この話自体は当時純からの指示でタブーとされ誰も触れてこなかったのだが、瑞貴から言い出した。


「…類は真菜のように弱くない。苛烈なまでの激しさと依存性を持っていた真菜と俺はああいう形で終わったけど、類はむしろ俺に依存させないようにしてる。その時点で俺は大丈夫だと思ってるし、もしバレた時に公開しても問題は無いと思ってるよ。」


至極真剣な眼差しで淡々とそう言う瑞貴だが、確かに俺は真菜のように弱くもなければその『激しさ』や『依存性』がある訳でもないし、瑞貴の言う通りで依存させないようにもしている。依存は必ず両者の心を歪ませて破綻へと導く。過去俺が依存されていた経験があるからこそ分かることだ。精神的に自立のない恋愛は得てして壊れやすいか、ただの情のみでのみ続く意味の無いものになる。

真菜は瑞貴に依存しすぎて瑞貴の全てが自分のものでないと許せなくなり、やがて瑞貴にすらその牙を向けた。…瑞貴もそれを分かっていて、分かっているからこそ俺となら大丈夫だと思ってくれているという事だが、残念ながら俺はまだこれに関して首を縦に振ることはできない。


「……公開することを止めてるわけじゃないよ。ただそれはまだ早すぎる。もちろん瑞貴の事は好きだし大事だけど、言ってまだ17で未成年だ。まだ瑞貴は法で守られる年齢で、青少年健全育成条例というものがある以上は俺は本来そこに手を出しちゃいけない大人でさ。せめて18になりゃある程度自由はきくようになるんだけど、今はまだ公開できないよな。だってそれを反故にする事で痛い目を見るのは俺じゃなくて瑞貴であり事務所社長である純だから。俺にはお前らを守る義務がある。自由に出来ないって面倒臭いし全部無視したくもなるけど、俺は瑞貴を傷つけたくないの。そのために出来ることはなんだってする。それにアレだ、俺と瑞貴は男同士で、どう足掻いても世間様に喜ばれる関係じゃねぇからさ。」


瑞貴の髪の毛を手ぐしで梳きながらできるだけ穏やかな口調でそう言ったらニコリと笑みを向けた瑞貴。


「分かってるよ。誰も今公開するなんて言ってないし、俺はいずれの話をしてる。バレるわけにいかないっていうのもわかる。…いっそバラしたいけどな。」


「ダメよ?」


「わかってるって、そこは俺だって危機感持たないとダメな部分だからさ。…ただ、類と会うのに色々理由や言い訳が必要になるんだなと思ったら心の底から面倒だなと思って…。理由なんかあるかよ、ただ単に会いたいだけなのに。」


素直な瑞貴は思った事をそのまま口にするので面白い。とりあえずは俺の言うこともちゃんと理解はしてくれているみたいなので胸をなでおろし。


「そろそろ風呂っておいで。」


「一緒に入る?」


「だから入らねぇよ?」


「チッ。」


「ははは。」


舌打ちをしながらテーブルから立ち上がって風呂場へ消えていった瑞貴。

…この5日間、色んなことがありすぎて頭がパンクしそうだけれど…、とりあえずは瑞貴の4年越しの墓参りが叶ってよかった。最終的に金にものを言わせて解決したが、それでも権利を勝ち取ったことには変わりない。来年、瑞貴がまたユウトくんのお墓へ手を合わせに行く時に俺もそこへ一緒に行けるように、この関係を大切にして行こうと思う。瑞貴は強いが脆い部分もある。その脆い部分というのを俺が支えながら、2人でゆっくり歩いて行けたらもう言うことはない。

…真菜の時のように瑞貴が一方的に傷付けられないように、その繊細な音を守っていければと強く思う。

まだ付き合い始めたばかりだから、これからこの関係性がどう変化していくのかは予測もつかないが、俺や瑞貴の本質が変わらない限りは大丈夫な気がする。俺は瑞貴の本質を見抜いた上で好きだと、そして支えていきたいと思えるし、瑞貴は瑞貴でヤツはなんだかんだと出会った当初から好きな事を言い散らかして喧嘩が出来る俺のことが好きなのだ。俺は俺で、瑞貴は瑞貴でお互いに大事にしていければいいのだと思う。

何気なく輝く毎日が毎日続きますように。そう思う。




Night Hawks

Full of traps編 完結

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Night Hawks 〜Full of traps編 AZCo @azco0204

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ