第17話

車で移動している最中、車内は静かで。思うことがあるのだろうと思って俺も黙っていたのだが、瑞貴が大きなため息をついた。


「はぁー…、怖かった…。」


「いや俺は瑞貴のが怖かったです。」


「俺は怖くないじゃん…。でもこれで片付いたのかな…。」


片付いたのか片付いていないのか、はたまたこれで良かったのかどうなのか、自分では分からないままの瑞貴は不安そうで。


「あのオヤジが何もしてこなければ一件落着だと思うよ?よく頑張ったな。」


「……まだ手が震える…。そしてやりすぎた気がする…。」


「うん、だろうな。よくやったと思うよ。先に昼どっかで食お、それからゆっくり墓参りすりゃいいさ。」


「うん…。」


少しでも不安が薄れるように、信号で停車中に運転席から瑞貴の右手を繋いでやった。

とりあえずはどこかで昼食を食べなければならないので道なりに走って探した結果、蕎麦屋に入ることになり蕎麦と天ぷらの定食を二人で平らげて少しのんびりした後、また車に乗り込み霊園へ。花はまた新しいものを買ったのでそれを瑞貴が、手桶と柄杓は俺が持って瀬川家の墓まで移動してきて、着くなり瑞貴がブワッと泣き崩れてその場にうずくまってしまった。


「…瑞貴、先に線香と花お供えしちゃいな。言いたいことはそれから言えばいい。」


「あ、…うん。」


ぐすぐすと鼻を鳴らして花を供え、線香に火をつけて、墓の上から水をたっぷり掛けてそこから俺も手を合わせていたのだが、その後も瑞貴は話したいことがたくさんあるのだろう、しばらくユウトくんに手を合わせていた。


…嬉しいんだろうなぁ。そして悔やむのだろうなぁ。瑞貴の大きな傷で後悔、そして痛み。残念ながら俺がどうしてやることも出来ない問題なだけに、瑞貴が抱えて背負っていかなくてはならない事で。だけど一緒に背負うくらいはしてやろうと思う。今までのように1人で抱え続けて潰れてしまわないように。

やがて終わったのか、スッキリしたように、だけどどこかやはり後悔が消えないままの表情で俺に向き直った。


「終わった?」


「うん、帰ろ。…また来年来るよ。」


「…そうだな。もうそれが出来るしな。んじゃ行こ。」


軽くなった手桶を片手に、瑞貴の背中をぽん、と軽く叩いて2人で車に戻った瞬間だった。

4年間もピンと張り続けていた糸が切れたのか、いきなりどっわぁ、と号泣し始めて焦って抱き締めた。


「よしよし、よく頑張りました。」


「ッう、うぅ、…っ、」


…背負い続けていた重たい荷物がひとつ降ろせただろうか、明日の瑞貴が笑えているといいと思いながら、しばらくそうやってひたすらあやし続けていた。


20分程度泣き腫らした瑞貴がようやく俺を押し返してきて。


「…もう平気?」


「ん。あー、頭痛い…、泣きすぎた…。」


「ははは、すごい鼻声。こりゃ目ぇ腫れるだろうなぁ。」


「困る…。まぁ今撮影とかないから良かったけど…。」


「だな。とりあえず俺ん家戻るよ?」


「あ、うん。」


車を出してしばらく走っていたら、瑞貴が横で口を開いて俺にお礼を言ってきた。なんぞ?


「類、」


「んー?」


「ありがとう。」


「え、なに突然。」


「類がいなかったらここまで来れなかったしおじさんとも戦えなかった。支えてくれてたのは類だよ、だからありがとう。」


「俺は瑞貴の横にいてあのオヤジに文句言ってたくらいしかしてねぇよ?」


「それでも。隣にいてくれたっていう、それだけで俺は立ててた。そもそも背中を押してくれたのも促してくれたのも類だよ。だから感謝してる。」


「あらー、そんなの感じなくていいのに。まぁでもそう言うならなんかお礼貰おうかな?」


至って普通のトーンでそう言ったら、瑞貴が大真面目に緊張しながら返してきて。


「…いいよ、何でも言って。何すればいい?」


「……そうねぇ、じゃあ瑞貴のお手製スイーツ作って。前に瑞貴が作ってスタジオに持ってきてたフルーツてんこ盛りのタルトあるだろ、あれ食いてぇ。あれなー、俺が食う前にHALとユウキとコータだけならずたまたま来てた純が半分以上食ったせいで一口も食ってねぇんだよ。」


「……、そんなんでいいの?」


「全然いいよ?俺が何を言うと思ってたんだよ。」


「いや、なんかもっと高そうなブランド物とか。」


「ははは、そんなのは自分で買うわな。瑞貴のスイーツはプライスレスよ?だから俺にタルト作って。」


言うと、瑞貴がやっと笑顔になってくれて。いやぁ良かった良かった、これで一安心だし一件落着である、と思ったのだが一件落着ではなかった。問題は残すところあとひとつ。そう、事件の全貌を聞かなくてはならないのだ。タイミングを逃して聞けずじまいだったので、部屋に戻ったらゆっくり聞こうと思う。


車中では二人で楽しく話をしながら帰路につき、無事部屋に帰宅した。午後4時半前、お互い部屋着に着替えたあと瑞貴を連れてテーブルまでやってきた。


「類?どしたの?」


「墓参り終わった後で蒸し返して悪いんだけどさ、」


「うん?」


「事件の全貌を知りたい。」


「…え、」


あからさまに困惑している瑞貴が目をウロウロと泳がせているが、もう俺は瑞貴と向き合うと決めたのだ。何が来ようが俺からは逃げないし目も背けない。


「話すの怖いよな。だけどもう話せ。俺に重いもん全部預けていいから。」


「…………、」


また先日のように目を泳がせて困惑し続ける瑞貴。瑞貴の最も暗い部分と呼べる部分を聞き出そうとしているのだから当たり前なのだが、これは長くなりそうだ。


ーーー午後6時20分。

あれから瑞貴から話を全て聞いたが、可哀想なくらいにボロボロになりながらの説明だった。本当に可哀想なことをしたとは思うが結果としては聞けてよかった。

要約するとこうだ。

…13歳の頃、とても大きなスランプに陥った瑞貴はもがき苦しみながら長い長い期間それでもピアノに向かっていたと言う。そのさなか、当時のレコード会社であるユニオンレコードの元マネージャーに『まともにピアノが弾けなかったら君に残るものは何?』という酷い言葉を吐かれ、更にスランプが激化。だが仕事自体も無限に入ってくるため休む所ではなかったと。そして瑞貴が楽曲を提供したとあるミュージシャンに決定的な一言である、『ろくなピアノも弾けず大した曲も書けないならお前の身代わりなんていくらでもいる、こんなしょーもない曲を書いてもらうぐらいなら他の人に頼んだ』という一言を言われ瑞貴の中で何かがぶっ飛んだらしい。そしてその頃スランプでプライベートも荒れていたらしく、瑞貴は夜な夜な外に出かけてはそこら辺のヤンキーに喧嘩を売ったり、はたまたその時だけだがタバコを吸ったりと、とにかく荒れていたらしい。そのミュージシャンに言われた一言でプライドを著しく傷つけられた瑞貴は親友であるユウトくんが止めるのも聞かず真夜中に金属バットを持ってそのミュージシャンの家に襲撃しようとしたらしい。若干13歳の瑞貴は当然返り討ちに遭うわけだが、おそらくそのミュージシャンの命令でどこかから怪しげな5人組からぞろぞろと湧いて出たと思ったら瑞貴の後を尾けてまわり、危険を察知した瑞貴は細い路地を慌てて抜けて大通りに出たと言う。そこでその五 5人からボコボコにされたらしいのだが、その時に瑞貴を心配して必死で探し回ってくれていたユウトくんがその暴動?を止めに入り、だが頭に血が上っていた瑞貴はとにかく全てのものが煩わしく、ユウトくんを含むヤンキー達にとにかく抗って大暴れしていたと。さらにヤンキーの攻撃を止めるために瑞貴との間に入ったユウトくんはその際ヤンキーに突き飛ばされ、2、3メートルほど地面を転がって行ってしまったらしい。そしてその時ユウトくんがヤンキーによって突き飛ばされた先。国道であったらしく、ユウトくんが転がって行ったその瞬間に急ブレーキをかけながら、けれど避けきれずに突っ込んできたトラックに轢かれてしまったと…。


ーーーああ、なるほど、そういうことだったのか…。そこから瑞貴が霊園であのバカオヤジに言っていた腕の中でどんどん冷たくなっていくユウトくんの話に繋がるのか。話し終えてボロボロになっている瑞貴を抱きしめて落ち着けながらやはり俺は間違ってなかったと思った。

…確かに荒れてはいたのだろうし大暴れもしたのだろうが、これはある意味瑞貴の周りにいる大人たちによる間接的な殺人と言ってもいいのではないかと思う。瑞貴がスランプに陥った時にそもそも元マネージャーもちゃんと支えてやっていればこんな事にはならなかったのでは?金属バットを持ち出して討ち入りのような真似をすること自体が相当ぶっ飛ばないと無理だし、今の瑞貴じゃ考えられない事なのだ。それほどまでにプライドや尊厳を深く傷つけられたのだろう。でも、瑞貴が殺したわけじゃないのはこれで確定した。ユウトくんの直接の死因はトラックに轢かれての事だし、もっと細かく言うならば彼を突き飛ばしたのはヤンキーである。そして瑞貴を庇おうと瑞貴の前に出てきたのはユウトくんだ。それで亡くなってしまって、その5人はいつの間にか雲散霧消してしまい結局残された瑞貴だけがあの父親や親族、ユウトくんの大切な子から酷く責められ続けた。…その場に立ち会って死ぬ瞬間をずっと見ているしかなかった瑞貴は自分のせいだと思っても仕方がない。

…この事件の大元が瑞貴のスランプから始まっているから、他から『お前のせいだ』『お前が代わりに死ねばよかったのに』などと言われたら、弱っている瑞貴はそうなのだと思い込んでしまってもおかしくない。

ーーーこれは、傷が深いなぁ…。俺までつらい。思いながら身体を強ばらせ肩を震わせながら嗚咽している瑞貴をずっと慰めていた。


午後7時を過ぎた頃。

泣き過ぎで疲れ果てた瑞貴が真っ白になってソファでぐたっとしていて、アイスコーヒーを持ってきてやった。


「瑞貴?アイスコーヒー置いとくから飲め?」


「……………。ありがと…。」


「うん。しっかしすんげぇ泣いたなぁ。…話してくれてありがとな、きっちり背負わせてもらうわ。」


瑞貴の横でそう言って笑顔を見せたら、それを見た瑞貴が相変わらずボーッとした顔で問い返してきた。


「……俺のせいだって言わないの?」


「逆になんで俺がそう言うと思ってんだよ。」


「だって…、」


ここに戻ってくる前にも泣いて、到着してからも泣き腫らしているためもう顔面が偉いことになっている瑞貴だが、俺は俺が瑞貴に対して『瑞貴のせい』だと言うと思われていたことにショックを隠せない。まぁ、それが怖くて話出せなかったのだろうけど。先日も『これを話したら類に軽蔑されるかもしれない』とは言っていたし、瑞貴の後悔や罪悪感は他人には測り知れないくらい大きなものだというのはわかる。


「言わないよ?そんな事。瑞貴が荒れ狂ってたのは事実なんだろうしその現場に瑞貴が居たのも事実なんだろうけど、ユウトくんを突き飛ばしたのはそのヤンキーたちで、直接の死因はトラックだよ。瑞貴の周りにいる大人、例えば元マネージャーとかそのオファー出したミュージシャンもそうだけど、そういう大人たちによる瑞貴へのメンタル圧迫も酷かったんだろうし、…俺はユウトくんはそういう大人たちによって間接的に殺されたんだと思ったけどな。」


「でも、」


それでも自分のせいだと思っている瑞貴の口を手のひらでそっと塞いで微笑んでみせた。


「……瑞貴の周りがどれだけ瑞貴を責めようが、1人ぐらい瑞貴の全味方がいてもいいだろ?」


そう静かに言ったらまたくしゃりと表情を歪ませて泣き始めて。

…今日はもうとことん泣かせてやるか。そう思ってまたしばらくあやしていた。



第17話 完

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