第16話

翌朝。

朝から銀行の窓口へ行かないといけないため7時前には2人で起きて準備をし、朝食を摂っていざ銀行へ。大金を扱うことになり流石に怖いため、俺たちのマネージャーを呼びつけて銀行、そして瀬川家への同伴までをお願いした。今回純には話していないので、完全に瑞貴の独断となる。全ての事情を知っているらしい純に本来なら言わなくてはならないのかもしれないが、瑞貴がもう面倒だからと個人で片付けることにしたのだ。こんな事が知れたら純は間違いなく黙っていないし俺を押し退けてでも瀬川家へ突撃しに行く。


3人で某銀行にやって来て中に入り係の人間に説明をして個室へ通してもらい、3億円の引き出しをお願いして待っている時のことだ。マネージャーであるアメリカ人のジェイが瑞貴に言った。とは言いつつ幼少期からほぼ日本で暮らしている男なので日本語が母国語のようなものらしい。


「なぁ瑞貴、個人にこんな大金を渡さないとダメな事情って聞いたらマズイの?」


…まぁ、そうだよなぁ。気になると思う。ジェイは純の昔からの幼馴染なのだが、それでも事情は知らされていないため、余程のことがある事だけは分かってはいるものの不自然なまでの大金を用意しなければならないことに疑問が隠せないようだった。ジェイの質問に対して瑞貴が苦笑して答えた。


「ごめん、詳しい事は聞かないで欲しい。強いて言うなら俺のケジメみたいなものかな。社長には言わないでね。」


そう言われたジェイはため息を落として入口の前で立ったまま腕組みをした。


「まぁいいけどさ…。で、車までの警備はここの銀行のガードマンに頼んだ方がいいと思うから、お願いしてみる?」


「そうだね、それも担当の方にお願いしてみるよ。」


短い返事でまとめた瑞貴だが、恐らく頭の中はこの後行かなければならない瀬川家の事でいっぱいなのだと思う。その証拠に少し俯いて目を伏せたままそれ以降何も喋らずじっと動かないのだ。


「由良様、大変お待たせ致しました。」


ガチャッ、とドアが開かれて係の者が出てきて、それとは別の二人が台車に載せた3億円と思われる札束の山を運んできた。

そこからは100万円ずつ束ねられたそれの束数確認が始まり、合計300に及ぶそれをきっちり数え終わって合計3億を受け取って瑞貴が書面への自署押印を済ませ、ジュラルミンケースに詰め込んで行く作業を俺、瑞貴、そしてジェイの3人で行った。


「もうこれジュラルミンケースじゃなくて普通の2、3泊用の旅行用キャリーケースのが良かったかもな。」


札束の見すぎで目がおかしくなりそうな感覚に陥りつつ瑞貴にそう言ったら乾いた笑いで答えてくれた。


「ははは…、確かに。でも旅行用キャリーケースにしちゃうと今度は重すぎるかも。札束って結構重たいから。」


「そりゃそうか…。ーーーよし、こっち完了。ジェイは?」


「俺ももう終わる。しっかし札束見すぎで目がドルマークになりそうだ。」


「はは、気持ちわかるわ。」


ひとつのジュラルミンケースに1億ずつ、合計3つのケースに全て収納し、係の者に一応ガードマンを三人付けてもらうようお願いをして、そのまま銀行を出て俺の車に積み込み、出発した。


「うっへ、車に3億載ってるって考えたら怖ぇ。」


運転しながらそう言ったら横に座っている瑞貴がやっぱり苦笑して。


「ごめんね、何から何まで頼っちゃって。社長にはこんなの言えないからさ…。」


「別にいいよ?これで瑞貴が開放されるって思えばなんて事ないさ。」


「ありがと。」


「うん。」


車はそのまま2日前に訪れた道を走っていき神奈川県の某所へと進み、事前に連絡をしていた瀬川家の前で停車した。インターホンを押して待っていたら例の父親が険しい表情で出てきた。


「持ってきたんだろうな?…その外国人は誰だ。」


顔を合わせるなり挨拶もせずいきなりそう聞いてくるあたり人格がたかが知れる。軽く会釈をした瑞貴がしっかり答えた。


「こんにちは。こっちの人は俺のマネージャーです。金額が大きいので警護として着いてきてもらっただけですので、どうかお気になさらず。」


「フン。ならいい、さっさと入れ。」


「はい。」


そこで振り向いた瑞貴がジェイを見て片手を軽く挙げた。


「ジェイ、ここまでありがとう。もう帰っていいよ。」


「大丈夫か?…なんかよく分からんけど不穏な空気だから俺いた方が良くない?」


「大丈夫。色々と話してこないといけないからもう俺たちは行くね。ジェイも気を付けて帰って。」


「わかった。じゃあまた連絡してくれ。」


「うん。じゃあね。」


ジェイを見送り俺と瑞貴はいよいよ瀬川家に入っていった。ごく普通の一軒家で、よく片付けられた印象のあるその家の廊下を伝いある一室に通され、お茶すら出されることも無く唐突に話が始まった。


「まずは慰謝料3億円、支払って貰おうか。」


その声に従い、瑞貴が横に積んである3つのジュラルミンケースを先ずは自分の前にドン、と並べた。


「…受け取っていただく前に確認をして頂きますので、お渡しするのはそれからです。」


「フン、1円でも少なければ墓参りは許可しない。」


「…そうですか、ではもし足りなければそのままこれは持ち帰りますね。」


「いやっ…!」


若干イライラしているのであろう瑞貴がニコリと笑みを浮かべ軽く威圧しながらそう言うと、焦りを見せたバカオヤジが両手をこちらに見せてきた。


「…では金額確認の前に俺から質問です。本当にこれをお支払いすれば墓参りを許可して頂けるんですよね?」


そう静かな声で言うと、ニヤッ、と笑った父親がこう言った。


「今年はな。」


「は…?」


ーーー"今年は"?…どういう事だ、まさか3億も支払わせておきながら一度しか許可しないということか?俺も瑞貴も一気に険しい表情になってこのバカの言葉の意味を知るために追求を開始した。


「おいオッサン、どういう意味だよ。今年は、って何?」


出来うる限りの低い声で俺がそう訊ねたら、このバカオヤジはいけしゃあしゃあとこう言ってのけた。


「だれが毎年墓参りに行くことを許可した?それなら毎年同じ金額を払って許可を取る事だ。」


「…………。」


恐怖もあるのだろうが恐らくイライラが急上昇しているであろう瑞貴の代わりに再び俺が出た。


「調子乗んのも大概にしろよ、どこの世界に墓に行くのに何回も慰謝料払って許可取るシステムがあんだよ言ってみろやこの腐れジジイが。」


「だ、黙れ!私は息子をこのガキに殺されたのだ、これぐらいは当然の事だ!!」


「あのな、耳かっぽじってよく聞けよこのクソオヤジ。慰謝料ってのは『あなたが慰謝料を支払うことで許しますよ、それで償えますよ』っていう金だ。つまり受け取った側はそれで許す、ってかそれ以降なんも言っちゃダメなの。だから一回でも支払ってそれを受け取ったらそれ以降は通常それ以上の請求は出来ねぇ仕組みなの。わかりますか?あ?そのサイコロ大のちっせぇ脳みそしか詰まってねぇおツムにも分かりやすく説明したけどこれわかる?そもそも瑞貴が犯人な訳でもあるまいし、これでまだゴチャゴチャ言うならお前は本気で頭が悪いし、俺らは頭悪いバカオヤジに懇切丁寧に話を噛み砕いて話したくねぇしもう弁護士立てさせて貰う。」


「なんだと…!!ならば墓参りなど許可はしない!」


「あっそう、ならこの3億持ち帰るけどいいんだな?」


「くっ…!」


本気で本当に頭の悪いこのバカオヤジに呆れ果てた俺が鼻で笑ってジュラルミンケースを下げようとしたら、それに食いついてケースを掴んで話さないハイエナのような男。そしてそこで瑞貴が動いた。


「…なるほど、俺は毎年おじさんとおばさんに3億という慰謝料を納めてからお墓参りに行かないといけないわけですね、なるほどなるほど。」


「そ、その通りだ!!」


「………バカか?」


「は?」


うわっ、瑞貴がキレた!!怜悧な瞳で真正面にいるこのオヤジを見据え、盛大なため息とともに言葉を吐き出した。


「今類が言った通りで慰謝料ってのは何回も何回も請求されるようなもんじゃねぇよ。それを受け取る事で仕方がないから許しますよ、もう何も言いませんよ、っていう金がそれ。どこの世界線で生きてんだオッサン。そんなに俺から金むしり取りたきゃ弁護士でもケーサツでも偉い人何人も連れて来やがれ、全力で俺の父親立ててやる。俺の父親優秀な弁護士だから力になってくれるよ?そもそも論で慰謝料請求を法律事務所通さずしてる時点でおかしいからな、黙って従いはしたけどおかしいから。そのおかしさを指摘されたくないから弁護士通さず個人間のやり取りでどうにか俺から金むしり取ろうとしてんだろ?めちゃくちゃ浅ましいよな。俺はユウトのお墓のことをこれからもお願いしますっていう意味合いも込めてこの金を用意したんだよ、なのに毎年払わないと毎年の墓参り許可しないだ?おっかしいな、ユウトは物凄い賢い奴だったのにその父親はこんなバカなんだ?もしかしてユウト父親が違ったりする?おかしいな〜。…ぶっちゃけな、3億なんか別に大した金額じゃねぇよ?俺にとってはな。遊んで暮らすには十分な金額じゃないけど、それなりに余裕のある生活は送れる。3億ってそういう金額だからな。…俺はオッサンの生活費を稼ぐために働いてんじゃねぇ、自分のためだ。この3億はここに置いてってやるが、今後一切俺はアンタに金は払わねぇよ?アンタらが豪遊するための金じゃねぇんだよ、この金の亡者が。使い道はそりゃ自由だけどな、これを受け取るなら今後一切俺にどうのこうの指図してくんな。以上。」


俺の言いたいことまで瑞貴が全て言ってくれたので爽快感が半端ない。怖いだろうに怒りがそれを上回って瑞貴がキレて逆に見事このオヤジを詰める立場に反転してしまった。瑞貴を怒らせると怖い事は俺はよく知っているため、哀れなりオヤジ、としか思わない。


「文句あんなら言えよ、今。ないなら3億数えてもらう。」


機嫌が極悪な瑞貴が上から目線でバカオヤジにそう言ったら、悔しそうにはしているが反論はしてこないためジュラルミンケースを3つそのまま差し出した。すぐにケースを開いて目に飛び込んできた札束の山に目がくらんでいるのか、恍惚としているバカオヤジ。


「おぉ…、」


「どうぞ数えてください。銀行から直で持ってきたので俺たちは既に数え済みです。一束100万円です。きっちり3億あるとは思いますが一応。」


瑞貴が心底イライラしているという顔でソファの背もたれに背を預け、長い脚を組んでペロッと片手を上向きにしてそう促し、それを受けてバカオヤジが慌てて数えだした。

…人間て金が絡むとこうなるのかと思ったら恐ろしいし、自分の亡くなった息子を理由にして毎年むしり取ろうとするその神経が凄い。だがこんな事をしても瑞貴の4年間は帰ってこないのだ。それを本人も分かっているから悔しそうにしているし、憤りも感じるのだろう。やがて数え終わったらしい父親がジュラルミンケースを閉じてバチン、バチンと閉めていく。


「たしかに3億受け取った。…か、返さんからな!これは!!」


「いいですよ別にその程度。じゃあ俺たちはこのまま墓参りに行かせて頂きます。…ああ、そうだ。そのケースは返してもらいますね?」


「は?」


ニヤッと笑った瑞貴がオヤジの手元にあるジュラルミンケースを再び手に取り、立ち上がって蓋を開き中身をドサドサーッとぶちまけた。


「貴様何を…!!」


「……誰もこのケースまであげるなんて言ってません。俺が持ってきたのは中身だけ、なので返して頂きます。」


瑞貴からすればただの嫌味だが、中身をぶちまけられたオヤジは焦ってまるで漫画か映画のように札束を手で集めている。瑞貴は空になったそれを俺に手渡し、残りのジュラルミンケースも同じように中身をぶちまけて空箱を合計3つ手渡してきたあと、怜悧な瞳のまま慌てふためいているこのオヤジを見下ろして最後に言った。


「…それじゃ失礼します、お邪魔しました。…類、行くよ。」


「ん。」


スタスタと部屋を後にした瑞貴の後ろに着いてそのまま玄関を出て車のトランクを開けて空になったジュラルミンケースを載せ、2人で車に乗り込んで出発した。




第16話 完

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