ep.02 やぁ
暗い屋上への階段を上る。一歩一歩階段を上るために、ぺちっ、ぺちっ、なんてスリッパが床を叩く情けない音がする。
なんというか締まらない。こちらはそれなりの覚悟を持ってこの階段を上ってる。こんな気の抜けたBGMじゃ、なんだか肩透かしな感じだ。
いや、でも、情けない感じがちょうど良いのかもしれない。だって事実として情けないんだから。僕がもう少ししっかりしていれば、僕が自分の心から逃げなかったら、最初から彼女を傷つけることなんてなかった。結局、今ここにいるのは自分から逃げ出した臆病者だ。そんな僕にご大層なBGMを充てるなんて分不相応にも程がある。
見上げると、アルミ製の扉に備え付けられた四角い窓から僅かばかりの夕陽が見える。完全に日が落ち切るまで後少し。帰る時間ことや先生の見回りのことを考えると悠長に話している余裕はない。
どんな言葉が、今の彼女に届くんだろう。って考えるまでもないか。まずは謝罪で、それから僕の気持ちを素直に伝えれば良い。
笠松さんが求める答えを僕はもう持っている。あとはそれを受け入れてもらえるまでごねるしかない。あの自分を決して曲げない幼馴染みたいに。
ぺちん、と足裏が音を鳴らし、階段を上り切る。目の前には屋上へと繋がるドア。この向こう側に笠松さんがいる。
第一声はどうしよう。「ごめん」は流石に唐突すぎるか。「久しぶり」というには日数自体はそれほど経っていない。
だから、無難な挨拶にしよう。肩に力を入れず、ありふれた日の出会いのように。
銀色のドアノブを掴む。捻ってドアを押し込めば、古ぼけた音がした。密かに登場させてはくれない世界を少しだけ恨む。
ドアを開けた途端に、突き刺すような光が僕の目を眩ませた。日が沈む瞬間に放たれる残光、いつか見た光と同じ光。
目を瞬かせて視界を取り戻すと、視線の先には乱れた髪を直す見慣れたシルエットが立っていた。
2日ぶりの再会。たった2日と人は言うかもしれないけれど、僕からすれば途方もないほど長く感じられた時間。
心の底からじんわりとした温かさが湧いて来る。浮ついた気持ちに、思わず調子に乗った言葉が口をつきそうになる。
駄目だ。これじゃいけない。僕の気持ちの整理は修二のおかげで出来たけど、彼女の気持ちはまだ乱れ切ったままなんだから。
これまで向き合ってこなかった彼女と、正しく向き合う。そう決めて、僕は今ここにいる。
浅く息を吸う。夜と冬を感じさせる空気は、澄み切った冷たさを抱いていた。
よし、始めよう。僕のせいでねじくれ曲がった関係を正すための仲直りを。
頭も心も冷えた僕は、出来る限り軽い調子で、
「やぁ」
と彼女に呼びかけた。
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