第7章 初冬、少年少女、未来希望2つ
ep.01 寒いよ
屋上に吹き付けた風に私は体を震わせる。枯草の匂いが混じる秋風には冬が滲んでいた。
遠くから聞こえるのはカラスの鳴く声。「かぁかぁ」と空に響くその声は、遠くの仲間に帰宅を促しているようで、答えるような鳴き声を一声上げた1羽のカラスが飛んでいった。
眼下の生徒たちももう部活終わりなようで、だらだらと喋りながら下校していく。それを見た先生は「早く帰れーー」と怒号を飛ばして、生徒を追い立てていた。そんな生徒たちは笑いながら、校門へと駆け出していく。
そうして音のなくなった世界に残されたのは、独りぼっちの私だった。
びゅうお、と耳元で風が鳴る。学校からはもう何も聞こえない。さっきまで聞こえていた運動部の掛け声も、吹奏楽部の金管楽器の音も。まるで私以外の生き物が死に絶えたかのような不気味な静けさが、暗い学校を包み込んでいた。
アイツは、まだあの子と一緒にボランティアをやっているんだろうか。確認しようと思えば出来るけど、確認しようとは思えなかった。
太陽はもうすっかり落ち切っている。焼けるような橙色は空の向こう側へ行ってしまって、僅かばかりの突き刺すような光だけがこちら側を照らしていた。
眩しい。何も見えなくなるほどに、何も見られなくなるほどに。あまりに強い光は何もかも塗りつぶして大切なことすら見えなくしてしまう。
私がアイツに眩んで自分を見失っていたように。
「…………っ」
奥歯をぎりりと噛み潰す。
分かってる。ほんとは私が悪いって。私が勝手に大きなものをアイツに背負わせて、私が勝手に裏切られた気分になってるだけ。そんな自身の都合しか考えない自分に嫌気が差す。
一昨日のことだってそうだ。アイツの性格上、私のメッセージを無視するとは考えられない。それでも結果的に私のメッセージを無視した形になったのは、つまりメッセージを確認していないというだけだ。アイツは私の呼びかけを無視したのは意図的じゃない。ただ単に不幸なすれ違いが起きただけ。それくらいのことはもう分かる。
でも、あの時の私には、そのすれ違いが痛かった。心が引き裂かれるくらい痛かった。思わず涙を浮かべてしまうくらい痛かった。
痛かった、痛かった、痛かった、痛かった。
今でもじくじくと鈍い痛みが残るくらいに痛かった。
馬鹿じゃないの、と心の声が私を罵倒する。
分かっていたことだった。分かり切っていたことでしょ。これまでずっと周囲を見限ってきたじゃない。今さらその結論を覆そうだなんて馬鹿みたい。
でも、だって、だって……アイツは打算であっても、私の求めるものを与えてくれた誰かだったんだから。その誰かはただのまやかしで、眩んだ瞳に映った朧げな幻想だったけど、確かに私が受け取った暖かいものの贈り主はアイツだったから。
だから、私がアイツに期待したってしょうがないじゃない。
何度もしてきた言い訳。それを重ねる。何度も何度も。私の
「アイツは……」
アイツは、もう帰ったのかしら。あの子犬みたいな、秘めているつもりで全然秘めてない好意を持った女の子と一緒に。
私にしたみたいに、一緒に。
きっと、アイツにはああいう女の子がお似合いだ。可愛らしくて、愛想が良くて、素直に慕ってくれる可愛らしい子なら、アイツを何一つ不足なく満たしてくれる。
アイツの心の穴を埋めるのは私じゃなくて良い。私以外の誰かでも、良い。
――それで良いの? ほんとうに。
うるさい。良いんだよ、それで。それが良いんだよ。
私は大丈夫。アイツと出会う2カ月弱の前の私に戻るだけだから。誰か構わず噛みついて、また孤高を気取れば良い。
いつもの通りに。
1人には慣れてる。この2カ月はおかしな夢でも見たと思って、記憶に蓋をして忘れてしまおう。消えてくれない痛みと共に、だ。
もうすぐ冬が来る。待ち望んでいた冬が来る。そうすれば、どうせ何もかもがなかったことになるんだから。
唐突に、世界を巻き上げるような強い風が吹いた。ぶわっと逆巻く髪の一本一本の間を秋風が駆け抜け、露になった首元を撫でつける。
砂埃、枯草、1人の匂い。胸の空洞から来る震えに、私は体を掻き抱いた。
「寒いよ」
言葉が、零れる。抑えきれない想いが零れる。
本音と呼ぶには、まだ無自覚な感情が思わず口をついて出た。
私の静かな叫びに答えるように、くたびれた金属音を立てながら屋上の扉が開く。
そこから現れるのは、見慣れたシルエット、見慣れてしまったシルエット。
彼は私を真っ直ぐに捉えると、気の抜けた微笑みを浮かべる。それから、
「やぁ」
なんて、軽々しく呼び掛けてきた。
どうして、なんで、何を今更。
胸に湧く留まることを知らない感情に、私はまだ名前をつけていない。
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