ep.03 1人
■
うんざりするほど長い1日が過ぎた。
メッセージを送ったCルームは、まだ何も言わない。
■
「――い、篤史」
「――――」
「おい、篤史!」
肩を力強く掴まれ、僕は我に返る。
「……机、運んでくれ」
修二の言葉に回りを見回せば、いつの間にか教室の掃除は半分まだ終わっていた。
「あぁ、うん」なんて虚ろな返事をして、僕はのろのろと並ぶ机を運びにかかる。
ひっくり返した椅子が乗る机、その両サイドを掴む。持ち上げると、ずしりとした負荷が腕にかかる。
体を軽くのけぞらせるような気持ちで、その重みを上に持ち上げる。そのまま重みに体を任せるようにして後ろへ進んだ。
そして、最前列の定位置にまで運んで置く。置くだけ置いて、次を運ぶ。
一連の動作を、ただただ繰り返す。
繰り返すとしか言い様がなかった。
思考が落ちる。考えが浮かんでは落ちていく。
心に空いた大きな穴に。底の見えない、何もかもを飲み込む暗闇ばかりの深い穴に。
分かっている。それはいつからかそこに在って、いつもそこに在って、いつまでもそこに在るもの。
分かっていた、はずだったのに忘れてしまっていた。
だって、だって……。
(ま、何を今更かな)
笠松さんは僕の元を去った。
事情はどうあれ、経緯はどうあれ、今ここにある結果はただそれだけだ。
手を離れたものを追いはしない。
いつもの通りに。
それで良いじゃないか。
だから、だから倒れてしまいそうな感覚は錯覚で、疼く胸の空漠はただの気のせいでしかない。
結局、
(僕は――僕は彼女のことをどう思っていたんだろう)
ふと首をもたげた疑問を、僕は直ぐに打ち捨てる。
今更そんなことを考えたって、無意味で、無価値だ。
全ては以前の通りに戻って、元の木阿弥。気にしたところで何かが変わるわけじゃない。
僕はいつも通り人助けに勤しんで、彼女はまた1人ぼっちの屋上に戻る。
たったそれだけのこと。
(…………)
最後の机を運び終え、僕は一息吐く。
よし。これで終了っと。さっさとゴミを掃除を集めて終わらせてしまおう。
そんなことを思っていると、修二が訝しげな顔でこちらに声を掛けて来る。
「おい、篤史」
「ん?」
「なんで一列分だけ運んでんだ?」
「え――あ」
教室を振り返れば、他の列は2つ3つの席しか運ばれていないのに、一列だけ不揃いに並んでいる。
状況だけ見るに、どうやら僕が全部運んでしまったらしい。そのせいで、箒を持ったクラスメイトが迷惑そうにしていた。
「早く言ってくれたら良かったのに」
「言ったけど、無視したのは誰だよ」
「あれ、そうだったの?」
全然、気が付かなかった。
「ごめん」
「はぁ……」
修二に呆れた様子で溜息を吐かれる。
「お前さ、大丈夫なのか?」
「え、別に大丈夫だけど」
「大丈夫そうに見えない」
それは、否定できない。
今日の僕はぼーっとしすぎてる。声を掛けられても気が付かない体たらくだ。
だから、僕は平然を装って言う。
「大丈夫だよ」
「何を根拠に?」
呆れが消えない修二に僕は決然と言い返す。
「大丈夫にするから」
何かを言いたげな修二を振り切るように、僕は他のクラスメイトへの謝罪に向かう。
掃除のために開けた窓からびゅうおっと風が吹きつける。枯れた葉の匂いをたっぷり含んだその風は、底冷えするほど冷たかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます