第6章 冬隣、少年少女、破鏡不照1つ
ep.01 疑問
4時間目の英語の時間。期末テスト前なんて理由で実施される傍迷惑な小テストの名前欄に「笠松葵」と記す。
それから大問1に目を映した。最初は英文和訳問題。10の英文が縦にずらりとならんでいる。
『⑴ If he should tell a lie, I would not be freind with him』
ありふれた仮定法を使った文章。少し考えれば分かる程度の問題なのに、気が散ってそれどころじゃなかった。
11月9日から土日を挟んだ11月14日。期末テストも目前に迫るのに、私は勉強に集中できないでいる。
原因は言わずもがな、アイツだ。
アイツは言った。次は私の行きたい場所を選んで欲しい、なんて。
いや、本当に。言うに事欠いてそれか。何が思いつく場所がなくなったから、私の行きたい場所を選べなんて。
(ほんと、困る……)
とはいえ、困るのは行きたい場所を見つけることじゃない。いや、それもそれなりに難題なんだけど、一応は一昨日に解決してる。だから本質的な問題はそこじゃない。
私が私の行きたい場所を選ぶということは、私があの男を誘うプロセスを挟むというわけで、つまりそれはそういうわけで……私にとってはハードルが高いどころの話じゃない。
アイツは少し、いやだいぶ人を慮らない。自分に出来ることが他人も出来ると思わないでほしい。こっちの気も知らないで本当に好き勝手言ってくれる。
(そもそも何でアイツは毎回平然と誘えるわけ?)
決まってる。私のことなんてなんとも思ってないからだ。
まったくもって馬鹿馬鹿しい。何でその程度の認識しか持たない相手に振り回されなければならないの。
何で振り回されてるの、私は。
(……はぁ)
苛立ちに任せてテスト用紙をペン先で叩く。
今日までティーン向けの雑誌とか情報誌を本屋で立ち読みして色々情報を集めた。2人で出かける定番の場所に映画館、水族館、カラオケ、ゲームセンターが並んでいるのを見て、アイツもアイツで存外捻りのない人間だなんて思ったりもしたっけ。まぁ、あれ以上、癖が強くても困るけど。
アイツは思いつく場所がないなんて言ってたけど、きちんと探せば行く場所なんていくらでも見つけられる。ボウリング、動物園、遊園地とか色々。行く場所が思いつかないなんて、ただの甘えなんじゃないの。
それにそもそも、別に2人で一緒に行く何処かなんて、なくたって良いんだし。
(…………)
テスト用紙に出来た黒点を私は何度もペン先で叩く。
アイツと私の今の関係性って一体どういう名前を付けられるんだろう。
放課後に遊びに行った。休日に一緒に出掛けた。
こういう関係性を何て呼べば良い。
知り合い? 友達? 馴れ合い? あるいは、あるいは――
(~~~~っ!)
苛立っていたペン先が動揺する。
馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ。何を考えてるの私は……!
最悪の想像だ。最低な妄想だ。くだらなすぎる空想だ。
あの日以来、寄せ返す波のようにやって来るあり得ない考えを、私は見えなくなるように黒点ごと塗りつぶす。
でも、元々黒いものを黒で塗りつぶしたところで消えてくれるはずがなくて、むしろ濃くなった分だけこびりついて消えてはくれなかった。
消しゴムで綺麗さっぱり消してしまおうとしたけど、濃いせいか、どれだけかけても黒の跡は完璧に消えてくれなかった。
私は諦めて頬杖をつく。触れた頬は自分でも信じられないくらい熱かった。
役立たずの消しゴムを指先で弄びながら、益体もなく考える。
(アイツは私のことをどう思ってるんだろう)
私が抱える虚しさを失くして見せると、アイツは言った。どうせ人助けの対象程度にしか見てないんだろうなと思っていた。
鼻につく優等生仕草で私を憐れんでいるんだろうとか、そんなことを思っていた。
だけど、時折見せる陰がその結論に待ったをかける。
例えば水族館の帰り道、父親に会ったときの顔とか。
例えば昔助言した相手に叩かれた時、何も言い返さなかったこととか。
例えばカラオケが終わった後、幼馴染から見たアイツの何処かの誰かと似た印象とか。
アイツのやる人助けは単純な善意に基づく人助けとは違う、気がする。
だから、私の見方も単純な人助けの対象じゃないと見てないんじゃないか。そんな疑念が日に日に強くなっている。
(……こんな風に見てほしいなんて願いなんてあるはずがないけど)
教室の前で「あと10分!」と英語教師が言う。流石に慌てて、小テストに取り掛かる。
今、色々考えたところで、結局アイツの本心が分かるわけじゃない。解答のないテストを解いてるわけじゃないんだ。答えを知っている本人に直接問い質せば良い。
どうせ時間は空いてるだろう。私に時間を割くくらいの暇人だ。いつだって良いわよね。2日後だって問題ないはずだ。
勇気が出なくて、文字列だけは打ち込んだままのCルーム。授業が終わって昼休みになったら、青い紙飛行機のボタンを押しておくことにした。
黒が滲んだ解答欄に問いに対する答えを書いていく。折角書いた解答は少し見にくくなっていて、なんとなく気分が下がった。
小テスト中だからか、クラスメイトの鬱陶しい囁き声は聞こえてこなかったことだけが救いだった。
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