ep.02 ゲームセンター
「うるさい」
笠松さんはあまりの音圧に顔をしかめた。
それだけじゃない。目がチカチカするほどの電光。他では嗅ぐことのない独特の臭い。そして、湿気の籠った生暖かい空気。眩暈がするほどの刺激が一斉に押し寄せて来る。
ガラスの扉一枚を隔てただけなのに外とは凄い違いだ。店内の雰囲気は、澄んだ秋の雰囲気とは正反対の淀んだ気配を帯びていた。
集まっている人も何処か独特な空気感を纏っていて、若干場違いな思いをしている。
おかしいな。高校生の憩いの場であったはず。だというのに、何だろう。このアウェー感は。なんというか突き刺すような視線を感じる。
「今日、帰らない?」
「待って、まだ判断するのは早いって」
うんざりした様子の笠松さんを、僕はとりあえず引き止める。
ピコピコなんて限りない音の奔流が流れるここはゲームセンター。
11月9日、その放課後。僕は彼女を此処に連れてきたんだけ、ど……。
もしかしたら失敗だったかもしれない。
分かる。笠松さんが僕を遠ざけるための方便じゃなくて、本当に帰りたいと思っていることが……っ。敵意も害意も伴っていないことが、シンプルな言葉しか返ってこないことが、何よりもそれを証明しているっ。
でも、ゲームセンター以外に遊べる場所はもう僕は知らない。切れる手札は切りつくしたから、今さら場所の変更は難しい。というか出来ない。
出来るとするならば、
「笠松さんが行きたいところがあるなら、そっちに行くけど」
「…………ないわね」
そうだよね。ないから、僕の発案した場所に来たわけなのだし。
前々から笠松さんには笠松さん自身がしたいことを考えてもらってる。予定としては笠松さんの提案で今日行く場所を決めるはずだったんだけど、これも予想通り笠松さんは何か提案してくることはなかった。まだ自分の中の欲求がはっきり分からないらしい。
だから、とりあえず今回は僕の提案に乗ってもらうしかないわけだ。
「まぁ、でも次は笠松さんから何か出してくれると助かるよ」
「……意外とせっかち」
「じゃなくてネタがない」
「情けない」
そんな評価についてはぐうの音も出ない。そして、だんだん笠松さんも調子が出てきたのか、言葉にキレが出てきた。
ふんすと何処か鼻息荒い笠松さんをやんわり宥めながら、怪しい雰囲気漂う騒々しい場所の奥へ奥へと連れ出していく。
並び並ぶは、彩豊かな人工灯を明滅させる筐体たち。アクションゲーム、レースゲーム、音ゲー、コインゲーム、エトセトラエトセトラ。「ゲームセンターにあるゲームは?」なんて問われた時に、頭に思い浮かぶものは一通り揃っていると見て良い。選択肢は多く、これなら何をするにしても困ることはないだろう。
(先客から湿っぽい視線を向けられるのはなんでだろう?)
すれ違う他のお客さんは、なんだか僕を親の仇でも見るような目で見て来る。何かおかしなことをしているつもりはないんだけど、何かしら暗黙のルールみたいなのがあってそれを犯してるのかもしれない。
ただ、何も言ってこないって言うことは、一応は許容範囲ということなんだろう。だったら、他人の視線なんて放っておいて笠松さんに意識を割いた方が良い。
さて、と。一体どうしようか。選択肢の多さは、逆を言えば選択に頭を悩ませるということでもある。水族館やカラオケみたいに、ある程度やることが一本化されていないのだ。パッと思いついたアイディアに飛びついたけど、笠松さんとは正直相性が悪かったんじゃないかと今さらながらに思う。
とりあえず、一通り見てみて笠松さんに聞いてみる。
「何かやりたいのある?」
「……やっぱ帰らない?」
つまり、ないということだった。待って、まだ全部見ていないから、まだ希望は残ってる……はずっ。
ただ、まぁ、「帰らない?」なんて提案をしてくれる時点で、割と笠松さんは変化している気がする。これまでだったら(なんだかんだ)唯々諾々と僕に従うか、何にも言わずに我を通してくれるかだったけど、こうして提案して、対話してくれるようになったのは、彼女が変わったことの証明だと僕には思える。
「何、気持ち悪い顔してるのよ」
少し嬉しくなってたら、胡乱な瞳で睨まれてしまった。そんな変な顔をしていたかな。自覚はないけど、外から見てる笠松さんがそう言うのならそうなんだろう。反省だ。
ただ、それでも。
今では、そんな風に内省することだって出来る余裕があることは嬉しかった。
「ふふん」
「反省をしなさいよ、反省を」
「はぁ……」と笠松さんが深い溜息を1つ。そろそろ拳が飛んできそうなので、本格的に表情を改めた。
ただ、彼女の不快ポイントはどうやら僕の表情だけではないようで、
「分かってはいたけど、本当にうるさいところね。やかましくて耳がキンキンする」
「もしかして耳は良い……というか敏感なほう?」
「まぁ、人並み以上には」
「え、あ、そうだったの?」
しまった、悪いことしたな。敏感な耳の持ち主なら、ゲームセンターなんているだけで苦痛だろう。
「どうして言ってくれなかったの。言ってくれたら、今日はキャンセルしたのに……」
「…………別に、理由なんて特にないわ」
「じゃあ、ホントに帰る? そういう事情なら仕方がないよ」
「良い」
「え、でも」
意外にも拒絶の意を示す笠松さん。おかしい、さっきまでは帰りたがってたのに。
「さっきと言ってること違くない?」
「…………ふんっ」
「ぐえぶッッ」
ちょっと指摘すると、笠松さんの腰の入った拳が脇腹に飛んできた。な、なんで……もしかして僕の推察は間違っていたというのか。駄目だ。乙女心は複雑すぎて分からない。
悶絶する僕をおいて、笠松さんはずんずんと進んでいく。その背中は理由不明な怒りによって大きくなっているようだった。本当に、今の何処で怒るポイントがあったというんだろう? 女心は秋の空とは言うけれど、笠松さんの心を教えてくれる天気予報士は何処にもいないのだった。自分で空を眺めるしかない。
きちんと、向き合って。
「…………」
少し、呼吸を置いた。
痛みが和らいできたところで、僕は笠松さんを気持ち早歩きで追いかける。
視線の先の彼女は足を止めていた。どうやらとあるゲームに目を奪われているようだった。
UFOキャッチャー。
「プライズが欲しいなら、結局ネットのオークションとか中古店で買った方が安くない?」なんて言われる金食い虫にして、ゲームセンターの代名詞の1つだった。
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