ep04 衝突
視線の主は女子生徒だった。大きな特徴のない少女が、僕を鋭い視線で睨みつけている。
一体誰だろう? 記憶を遡っても該当する誰かは……あぁ、1人いた。
確か恋愛相談を持ちかけてきた子だった気が……。
その女子生徒は僕に気づかれたことを悟ると、ずんずんと肩を怒らせてこちらにやってきた。
彼女は真正面に立つと、眦を吊り上げて一言こう言った。
「アドバイス、意味がなかったんだけど」
確か、相談内容は彼氏と上手く行ってないから、男子の視点でアドバイスが欲しいって内容だったっけ。
些細なすれ違いが続いていて、それを解消するために僕に助けを求めた、という感じだったはず。僕は彼女からすれ違いの詳細や彼氏の人となりを聞いて、それなりに適切なアドバイスが出来たと思ってたんだけど、どうやら見当違いのアドバイスをしてしまったようだった。
「結局、彼と別れることになったし、最悪」
「それは、なんというか、ごめん」
僕としては頭を下げるくらいしか出来ない。自分の力が及ばなかった以上、軽い頭を下げることでしか彼女の悲しみに応えるほかない。
「彼は、自分の弱さを私に受け止めて欲しかったわけじゃなかったよ。つんけんしてたのは、単純に上手く自分がかっこつけられなかったからだった。逆に私がそれを認めてしまうと、余計にこじれてしまうような感じだったよ」
寂しげな声色で彼女は呟く。それだけで、彼女の心にぽっかりと穴が空いていることが分かる。
届かぬものに手を伸ばす、虚しさという穴が彼女にも空いていることを理解する。
彼女は喉を絞るように言葉を発する。
「私さ、ほんとのほんとに彼のことが好きだったんだよ」
「……うん」
「私さ、
「……うん」
「うん、ばかりじゃなくて何か言ってよ……っ」
「ごめん」
「――っ」
堪えきれないといった表情で、彼女は息を呑んだ。
反射的に振り上げたであろう手を、僕は敢えて傍観していた。
パァン、と乾いた音が鳴る。僕の右頬が彼女の右手に叩かれた音が鳴る。
目尻に浮かぶ涙に籠るのは、悲しみか、怒りか。ぐちゃぐちゃになった彼女の心の有り様はそう簡単に見通せやしなかった。
じんじんと痛む頬に手を当てる。彼女は僕が何かを言う前に一目散に駆け出した。
遠ざかる精一杯な少女の背中を、やはり僕は傍観する。
「勝手な人ね」
冷ややかな声で笠松さんがそう言った。
「自分で頼んでおいて、自分の都合の良いように行かなかったから怒るなんて」
「それだけ一生懸命だったってことだよ。それくらいしゃにむに、好きな人が居たって、居るってことなんじゃないのかな」
彼女が抱える激昂は、彼女が抱く思いの重さの裏返しだ。平手打ちをさせるほどの痛みを彼女に与えたことを、僕は受け止めなくちゃならない。
「誰かに頼らなくちゃならない恋人関係なら、結局合わなかったってことじゃないかしら」
「流石に厳しすぎない?」
「恋人関係なんて、自分たちの間に誰も割り込ませないくらいじゃないと駄目でしょ」
つんと笠松さんは言った。流石に判定が厳しくないだろうかと、そう思う。というか、いつもより言葉の端々に籠る感情が鋭くない? なんでか苛ついてるように感じる。
気に触ることを言ったかな。何が彼女の気分を害したのかがよく分からない。
「ムカつかないの?」
疑問する僕のことなんか露知らず、笠松さんは問いかけてくる。ぼそりと、そんな風情で。
僕はなんでもないように笑って答える。
「ムカつかないよ。失敗は失敗として受け止めないとだし」
「でも、貴方が100%悪者にならなくたって良いじゃない。今からでもとっちめて、謝らせれば――」
「――そんなことしなくて良いよ。来る者拒まず、去る者追わずが僕のポリシーだから」
頼られたら助けるけど、僕の場合はただそれだけだ。僕に助けを求めて来ないなら、僕はそれ以上に介入しない。
さっきの彼女の場合だって、僕はこういう提案をすることだって出来た。『彼との仲を取り持とうか』なんて。勿論、一度失敗しておきながら、何を言うかと思われるだろうけど、贖罪という意味合いでは決して間違いじゃないはずだ。
でも、しなかった。彼女は僕の助けを求めてないから。
“佐渡川高校のヒーロー”。違和感しかないその渾名は、この1点においては正しいと実感してる。
「去る者追わずなら、私もほったらかしにして欲しいんだけど」
ジト目で言ってくる笠松さんは無視をする。笠松さんの場合は、事態が事態だから見過ごすわけにはいかないの。
「はぁ……価値観の矛盾をもうちょっと気にしなさいよ」
そんなぼやきは聞き流す。
矛盾なんて呑み込めるくらい、笠松さんが抱えているものは重い。そのことをもう少し自覚して欲しい。
「自分に無自覚っていうのも困りごとだね」
「お前がそれを言うか?」
ぼやくと修二が呆れた様子で言ってくる。失礼な。僕はちゃんと自分のことを分かってる。そんな風に言われる道理はない、と思うけど。
不満が顔に出ていたのか、修二は諦めたように溜息を吐いた。失礼な幼馴染だ。
というか。
「なんで修二は笠松さんと一緒にいるの?」
「うん? いやー、まぁ、色々聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「そう、聞きたいこと。でも、まぁ、とりあえずお前らどっか行くんだろ? ならさっさと行こうぜ」
修二は、まるで自分が今日の主役であるかのように僕らの指揮を執った。
いや、ちょっと待って。
「なんで修二がついてくる気まんまんなの?」
「良いだろ、別に。減るもんじゃないし。あ、もしかして、2人っきりのデートが良かったか?」
「違う。修二がいるとややこしくなるから」
修二がいるとペースは全部持ってかれてしまう。僕の目的を考えれば、修二はいない方が都合が良かった。
だが、僕の思いなんか無視して修二は先に行ってしまう。これは従うほかなさそうだ。なんだか意固地になっている。こういう時の修二はテコでも動かせない。
「なんかごめん。幼馴染が」
「良いわよ、別に。今更1人増えたところで違いはないし」
「なら良かった」
「……そこは申し訳なさそうな顔をするところよ」
射殺すような視線を向けられるけど、それは無視する。
とにもかくにも、修二に置いてかれるわけに行かない。僕らは不揃いに並んで歩き出す。
「そういえば、修二が笠松さんに聞きたかったことってなんだったの?」
なんとはなしに僕は彼女に疑問した。修二が笠松さんに聞きたいことなんて見当もつかなかった。
僕の疑問に笠松さんは、
「…………さぁ?」
と短く答える。
はぐらかされた。そう感じるには、十分なくらいの間と突き放した印象を受ける言葉遣いだった。
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