ep.03 もやもや
確かまだ水筒にお茶が残ってたはずだ。僅かに残ったお茶を口に含んで口を本格的に濯ぐ。ぺっと吐いた後は、すっかり口の中がすっきりしていた。
よし。それじゃあ、今度こそ校門へ行こう。うだうだしていたせいで、無駄に時間を食ってしまった。笠松さんの怒りゲージが上限を突破してそうだ。
校門までの道のりは多くの生徒が歩いている。混み具合は、進みにくいというほどでもないけど、一直線には歩いていけない塩梅。つまり、人と人との間隙を上手く進めば問題ない程度のもの。
一番最初に通り抜ける先を見据えて、僕は体を押し出した。人と人の間を掠めそうなほどの距離感ですり抜けるのは慣れている。人が何処にいて、どう動くのかを予測できれば容易いことだった。
右、左、左、右……。リズミカルに足を動かして行くのは、なんだかゲームセンターのリズムゲームを思い起こさせる。
(あ、カラオケの次はゲームセンターも良いかも)
我ながらナイスアイディア。次は笠松さんに何処に行くか考えてもらう予定だけど、もし何もアイディアがなかったらゲーセンに行くことにしよう。
とはいえ、ギリギリまで笠松さんのアイディアを待つつもりだ。いつまで経っても僕が主導権を握り続けるわけにも行かない。笠松さんが自分で自分が楽しいと思えるものを見つけない限り、目的の達成はいつまで経っても遠い。
(保険が出来たことは素直に喜ばしいけど)
現状、笠松さんが自分で楽しいことを思いつけるとは思ってない。だから、僕の方できちんと代替案を用意して置かないといけなかったんだけど、正直何も思いついていなかった。このタイミングでアイディアが浮かんだのは幸運以外の何物でもない。
問題があるとすれば一点。僕がゲームセンターで遊び慣れてないことだけ。うん、まぁ、なんとかなるでしょう。案ずるより産むが易しだ。
そんなことを思っているうちに、見慣れた人影を2つ、校門前で発見する。
僕は思わず眉をしかめた。2人が校門に居ること自体は何も不自然じゃない。今は放課後で、偶然同じ時間に校門にいるのは有り得る話だ。
不自然なのは2人が並び立っていること。2人が、仲良さげにしていることがおかしいんだ。
笠松葵と小倉修二。大した接点がないはずの2人が、どうして一緒にそこに居る?
僕に気づいた修二は呑気に片手を上げて、こんな風に声を掛けてくる。
「よう、修二。遅かったな。どうしたよ、不機嫌そうな顔をして」
だけど、僕は無視をして、笠松さんを庇うように修二の前へ立ちふさがった。
「笠松さんに何の用?」
「おいおい、怖い顔すんなって。別にお前から笠松を取ろうってわけじゃないんだぜ」
「な――っ」
茶化すような言い方の修二に鼻白む。
なんだ、その言い方は。まるで僕が修二に嫉妬してるみたいじゃないか。
「別に私は、コイツのものじゃないんだけど?」
背後で笠松さんが苛立った声で言った。
うん、それはそうだ。
「笠松さんはただの相談相手であって、僕とはなんでもない――」
「…………ふんっ」
「ぶ――ぉぉっ」
笠松さんの腰の入ったパンチが、脇腹の、ちょうど肋骨の下を抉るように叩き込まれた。内臓そのものを殴られたと錯覚してしまうほどの致命的な一撃に、しばらく呼吸を忘れた。
腹を抑えてうづくまる僕に、笠松さんは謝るでもなく言い放つ。
「苛ついてたのよ」
「それって八つ当たりってこと……?」
「ふん――」
疑問には答えて欲しいんだけどっ?
訴えるように笠松さんを見るけど、彼女はこちらと目を合わせようともしなかった。何で不機嫌なのか分からないけど、理由もなく殴らないで欲しい。
「大丈夫か?」
「な、なんとか」
突き上げるような痛みも、しばらく経てば引いて来る。ある程度回復した僕は、痛みが残る脇腹を抑えて立ち上がって、
「それじゃ行こう」
「自分で殴っておいてこう言うのもなんだけど、怖いくらいに切り替えが早いわね」
「こういう奴なんだよ」
不気味なものを見る目で見られてしまった。納得いかない……。
それに、修二が笠松さんと早速意気投合してるのも、納 得 い か な い……っ!
「なんか遅れて不機嫌な顔し始めたんだけど」
「そういう奴だったか?」
僕にだってこういう時はある。それなりに一緒に過ごして、少し仲良くなれたのに、目の前であっさりと仲良くなった様子を見せつけられれば、胸にそれなりの反感が湧くのも当然だ。
“佐渡川高校のヒーロー”だなんて言われてるけど、僕は聖人でも何でもない。人助けが好きなだけの高校生だ。清廉さとか、そういうの求められても困る。
「はいはい、もう良いから。日が沈むのも早くなってるんだし、此処でうだうだしてないでカラオケ行こうよ」
「一番遅かったの、貴方だけどね」
「しょ、しょうがないじゃん。ホームルームが長かったんだから」
「同じクラスの俺より遅いことについては?」
「うるさい」
笠松さんはともかく、ニヤニヤ笑いの修二がむかつく。鬱陶しいので無視する形で2人の先を行く。
そんな時、校門の反対側から睨みつけてくる誰かがいるのに、僕は気が付いた。
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