ep.05 ヒント
カランカラン、と扉に取り付けられたベルが鳴る。
喫茶店から出た時間は午後19時01分。もうすっかり外の世界は夜闇に沈んでいた。
「そんじゃ、俺は帰るわ。今日は楽しかったぜ!」
修二はすちゃっと片手を上げて、さっさと帰った。
勝手が過ぎる。場をかき乱すだけかき乱し、自分だけ満足して場を締めてしまった。
なんだったんだ一体。ほんとなんだったんだ、あの幼馴染は。毎度毎度嵐のように現れては消えていく。
過ぎ去った後に心がざわつくような静けさを残していくのもそっくりだ。
目の前の車道を車が一台通り過ぎた。残された僕らの間を風が通り抜けた。
不味い。ずっと修二が間に居たから、笠松さんとの距離感をど忘れしてしまっている。会話のリズムが、リズムが狂う……!
中々掛けるには上手な声が煩悶していると、笠松さんが声を掛けてきた。
「ねぇ、ちょっと」
「えっ? な、何?」
「なんで驚いてるの?」
怒らないでって、ごめんって。
「それで、何かな?」
「貴方、これからも今日みたいに教室にやってくるつもり?」
「勿論」
間髪に入れずに僕は答えた。こればっかりは悩むところはない、微塵も。
僕の答えに笠松さんはうんざりした表情で溜息を吐く。それからスマホを取り出して指先を躍らせると、僕に見せつけてきた。
画面に映ってるのはCルーム。今では誰もが使ってるコミュニケーションアプリのID番号だ。
これは、まさか……
「登録しろってこと?」
「それ以外に何があるの」
「いや、意外で」
笠松さんは僕を嫌っている。にも関わらず、CルームのIDを僕に差し出すとはどういうことだろう?
笠松さんはつんと言う。
「勘違いしないで。今後、今日みたいに教室にやってきてもらっちゃ困るってだけ。何か用があるなら、Cルームに連絡して」
「あぁ、なるほど」
それなら確かに理に適ってる。1人で居たい笠松さんからすれば、僕との関係は大っぴらにしたくない。ひっそりやり取りできるCルームの方が都合が良いか。
(今更手遅れかもしれないけど)
そうは思うけど口には出さず、僕もスマホを取り出して彼女のIDを登録した。よしっ、これで友達登録出来たっと。これからはこっちで連絡を取ることにしよう。僕も楽だ。
確認のために友達欄に追加されたことを見せると、笠松さんは目を細めた。
「私も大概だけど、貴方も登録してる友達少ないのね」
「……余計なお世話です」
さらっとこちらを抉って来ないで欲しい。
それから笠松さんはもう用はないと言いたげに無言で去っていった。
このまま彼女の背中を追っかけて行っても良かったけど、これ以上構うのは流石に酷だろうから止めておいた。
だから、このまま駐輪場に行くと彼女と鉢合わせるため、此処で1人、時間が過ぎ去るのを待つ。
日が沈んだおかげで、空気全体はひんやりとしている。涼しいといえば涼しいのかもしれないけど、やっぱり肌寒いと言えば肌寒い。
ぼーっとしていても、寒さばかりに気を取られるだけなので、今日のことを振り返ろう。
とはいっても、ほとんど修二の独壇場で僕が何か出来たわけじゃないんだけどね。
ただ得られたものがなかったわけじゃない。
「笠松さんの虚しさに対する考え方と家族観かぁ」
笠松さんが映画の感想を言った時に、毒を吐いたのをはっきりと覚えている。普段の退屈顔が崩れ、顔に浮かんだ表情が嘘だとは僕には思えない。
ぽろりと零れた言葉。多分この2つに彼女が抱える虚しさを紐解くヒントがある。特に虚しさの定義を知ることが出来たのは大きい。そこから推察すれば、きっと彼女が抱えている虚しさを解消できるはずだ。次の機会ではそこに踏み込もう。そこで更なる核心を掴むんだ。
屋上の秘密を僕が握っている以上、彼女は勝手に僕を恐れて次の機会を作ってくれると思う。だから勝負はその時だ。
びゅうと吹いた風に目をしばたかせる。夜が滲んだその風は底知れない冷たさが籠っていた。
それにしても、虚しさは決して目を離すことが出来ないほどの強い欲求で、家族は虚しさを失くせるほどの存在じゃない、か。
「はは、言い得て妙だね」
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