第3章 盛秋、少年、剥落1つ

ep.01 待ち合わせ

 10月29日、日曜日。地下鉄の駅の4番出口を出た先で、僕は腕時計を確認する。2つの針が示すのは10時12分。10時30分待ち合わせだから、ちょっと来るのが早かった気がしなくもない。

 周囲を見渡して、まだ笠松さんが来ていないことを確認する。まぁ、まだ待ち合わせの15分くらい前だし来てるわけないか。

 とりあえず日当たりが良くて、出口から分かりやすい場所にあるベンチに腰掛ける。

 今日、僕と笠松さんが行くのは、地元から電車で30分くらいの場所にある笹良水族館。近場の水族館の中では一番大きくて、地元で水族館と言えば此処だった。笠松さんは幼稚園の頃に行ったことがあるとのこと。随分と古い記憶で、虚しさ解消につながるんじゃないかと期待してる。

 ……しかし、ちょっと暑いね。じんわりと汗を掻いていて、僕は上着を脱いだ。

 暑いのは日に当たっているせい……だけじゃなくて、天気予報が言ってた10月の終わりにしては気温が高いというのも理由にあると思う。というよりそっちの方が大きい。事実、道行く人達は全体的に上着を脱いで手に掛けてる人が多くて、朝と今との気温差を感じてるのが僕だけじゃないのが分かる。1日の寒暖差が大きいのはまさしく秋といった感じだ。

 あ、そうだ、忘れてた。笠松さんに一応連絡しておこう。

 Cルームを開いて、笠松さんとのトーク画面を開く。トーク画面では「いつ空いてる?」とか、「今度どう?」とか、僕が送ったお誘いのメッセージばかりが並んでいる。笠松さんは基本的に返事をくれない。気分が乗った時だけ気まぐれに返事をくれる。

 僕は基本的に必要最低限のメッセージしか送らないから良いけど、もしもっとメッセージを送る――雑談をする――タイプだったら、無視されたメッセージが山積みな惨めなトーク画面になっていた。

 ただ、雑談みたいなメッセージはもっと送った方が良いかもしれないとは最近思い始めてる。今回の人助けは笠松さんの内面を知らなければならないため、彼女と仲良くなることが大切だ。だから、もうちょっと積極的にコミュニケーションを取るべきだと思っては、いる。

 とはいえ僕は基本的に雑談的なメッセージを送らないタイプの人間だ。どう送れば良いのかがいまいち分からないから手をこまねいてる。正解がない以上、正解を導き出すのが難しい。

 とりあえず悩んでても仕方がないので、いつものように最低限の報告だけしておこう。


「えーっと、『今着いた。4番出口前のベンチで待ってる』っと」


 到着報告と何処で待ってるかを打ち込んで送信。ちょっとの間見ていても既読は付かない。まぁ、返事するような内容じゃないしね。どうせバナーで通知が出るだろうし、笠松さんだって把握はしてるだろう。わざわざ深く追求するようなものでもない。

 スマホをポケットにしまい、僕は出てきたばかりの出口をぼんやりと眺める。

 眺めながら考えるのは今日の目標だ。以前映画を見た時に明らかになった笠松さんの虚しさに対する考え方と家族観。今日はこの2つについて、もう少し彼女から話を聞きたい。

 だけど、どう聞き出そう。その方法が分からない。人の内面に踏み込む、特に彼女のような壁を作るタイプの人の内面に踏み込むのは相当デリケートで、難しい話に思えた。良い考えは思いつきそうにない。

 難題に頭を抱えていると、ちょうど見覚えのある少女の姿が4番出口から出てきた。

 笠松さんだ。彼女は周囲を見回し、僕を発見して不快そうな顔をするとこちらへ足を向ける。

 時間を見れば10時25分。かなり遅れてくるかも、なんて予想していただけに少し驚いている。

 さて、彼女が来てしまったからにはタイムリミットだ。上手い方法が何も思いつかないままだけど、まぁなんとかなる……と自分を信じよう。

 僕は徐に手を挙げて、「おーい」と大きく手を振る。

 道行く人に注目された笠松さんの顔がより一層険しくなった。

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