ep.04 感想
魔法少女まじかる☆まじかるはそのタイトル通り魔法少女モノだ。何人もの魔法少女が悪いヤツと戦うというストーリーラインは多くの作品と一緒。仲間同士の諍いあり、熱い友情あり、ちょっとしたカップリング要素ありで、王道を押さえているから受けないはずがなかった。
だが、王道を抑えた程度では何年も語り継がれる伝説の覇権アニメになるにはまだ足りない。この作品を覇権アニメへこれまでの魔法少女モノから一線を画したアイディアにあった。
魔法少女モノには決まって「可愛いマスコット」が登場する。主に動物をモデルにした存在であり、物語では魔法少女になるきっかけを生み出したり、少女たちを事件に導く役割を果たす。
「まじかる☆まじかる」でも例に漏れず、可愛いマスコットが登場するわけなのだが、このマスコットの正体が実は寄生虫なのだ。
少女たちが魔法少女になれたのは、マスコットが少女たちに寄生することで特別な力を貸し与えていたから。寄生されたことで、少女たちは徐々に人でなくなっていく。
魔法少女のファンシーさから大きく外れた怪奇にしてグロデスクなイメージ。眩しい少女の笑顔を塗り潰すほどの悍ましさ。
そのインパクトが人の心を掴んで、多くの人を魅了したのだ。
うんだけど、だけど、だ。それはそれとして、やっぱり寄生虫モチーフっていうのは気持ち悪いんだよね。
「…………」
「なぁ、篤史。なんで笠松の奴はあんなにげんなりしてるんだ?」
「いやまぁ、さもありなんではあるよ」
キネマ大崎近くの喫茶店。映画を見終わった僕ら3人は、修二に無理矢理連れられてたそこで感想会を開くことになった。
いつもの状態だったら渋面になるだろう笠松さんは、あの体たらくで普段の覇気を失くしてしまっていた。言われるがままって感じで、これでは僕としても彼女を助けようがない。
「つまらなかったか?」
「いや、面白かったと思うけど。問題はあれだよね、キャラの見た目だよね」
「可愛かったろ」
「第一形態まではね」
だって、第二形態になったらほぼほぼ虫じゃん。魔法少女じゃないよ、あれは。ホラー映画のモンスターみたいなもんだよ。
実際何も知らない笠松さんからすれば、ありふれた魔法少女モノを想像してたら、ホラー映画を見せられたようなもの。萌えキャラがグロデスクな怪物に成れ果てるから、ショックは尚更大きい。だから初めての人は結構げんなりしてしまう。ちょうど今の笠松さんみたいに、だ。
笠松さんは恨めし気に僕に言った。
「どうして言ってくれなかったの」
「だって何でも良いって言ってたから」
「内容教えてくれたら加味したわよっ」
でも、寄生虫要素言ったらだいぶネタバレになるし。
そしてマイペースの極みみたいな人間の修二は、かっかする笠松さんにメニューを開いて呑気に問うた。
「まぁまぁ、落ち着けって、とりあえず何頼む? 何か食べるか?」
「あんなの見た後で、よく何かを食べる気になるわね。食欲あったけど、すっかり失せたわ」
「じゃあ、何か飲むか?」
「……ココア」
笠松さんは拗ねた様子で短く言う。それを聞き届けた修二は今度は僕に注文を聞いてきたので、僕はコーヒーと伝えた。修二は店員を呼ぶと、僕らの注文と自身の注文でカフェオレとカツサンドを頼む。
カツサンドの名前を聞いた時、横で笠松さんが不快さを露わにしていた。どうやら食べ物の話を聞くだけでも嫌だって感じらしい。
「それじゃ、感想でも聞かせてもらおうか。特に『まじかる☆まじかる』自体初めての笠松から」
他人のことなんぞ顧みない修二は早速感想会の話を仕切り出す。
憮然とした表情で笠松さんは答えた。
「なんで私からなのよ」
「そりゃ、初めて見る人からしか取れない栄養があるから」
「……何言ってるのこの人」
何言ってるんだろうね、本当に。
まぁでも、端的に言えば懐古したいんだと思う。かつての自分と同じ感想を抱いた者を眺めて、かつての楽しい気持ちを思い出すのだ。心情としては大人が学生を見て、昔を懐かしむのと同じ。追体験し、娯楽化する過去を他人に映してるんだろう。
店員さんがやってきて、僕らのテーブルに飲み物を置いた。修二は湯気の立つカフェオレを啜ると、渋る笠松さんから矛先を僕に変えた。
「じゃあ、篤史はどうだった。何処が面白かった」
「えー、僕に聞かれても困るよ。僕が感想苦手だって知ってるでしょ」
「良いじゃん、良いじゃん。聞かせてくれよ」
上機嫌に修二は聞いてくる。そんなニコニコして聞かれても困るんだけど……ご大層なことは言えないし。
「単純な感想で良いからさ、何かないのかよ」
「そうだなぁ……辛い現実を前にしても逃げずに立ち向かわず、希望を持つっていうのは強いなと思ったよ、うん」
映画の内容は、未来からやってきた魔法少女、金多かなたあかつきが世界を滅ぼす怪物に成り果て、現代では高校生の夜藍やらん愛未あいみを殺害すると言った感じ。主人公の
夜藍が怪物になってしまったのは、高校時代の画家になるという夢を叶えられず、その未練をずっと抱え続けていたため。いわゆる心の闇に飲まれてしまった結果、彼女は未来で怪物になったのだ。
だが、自分の未来と娘の存在を知った彼女は、夢が叶わなかったとしても夢以外に大切なものを大事にしていきたいという風に思うようになり、母親が怪物になる未来を変えられた。
「夜藍が自分の夢が叶わなかった未来を知りながら、それでもちゃんと夢以外も大事にしたいと言えるのは凄いと思う。ああいうのはそう簡単に出来ないよ」
「あのシーン、感動的だよなー。自分自身が抱える確執を乗り越える。熱いな、実に熱い」
修二は拳を握りしめて感激する。いちいちオーバーな反応だなぁ。僕はそこまで強い感情を抱けないから、その感性はちょっと羨ましい。
僕のことなんかもうすっかり放っておいて、熱く語り始める修二の下にカツサンドが届けられる。良いタイミングで来てくれた。おかげで修二の口が、カツサンドで塞がる。
沈黙が落ちるテーブル。静かになったテーブルで、口を開いたのは意外にも笠松さんだった。
彼女は唐突に、
「でも、あの……夜藍ってヤツだっけ? アイツが抱えてるものなんて大したことじゃないってことよね」
なんて毒を吐く。その顔では口の端を釣り上げ、見下すような目つき――冷笑が浮かんでいた。
攻撃的な姿勢に、修二は怒るどころか興味深そうにしていた。
「へぇ、言うじゃねえか。どうしてそう思うんだ?」
「だって、簡単に自分の中にある虚しさを捨ててたじゃない」
虚しさ。その言葉の登場に、僕は思わず身構えた。
攻撃的な感想に修二はニヤリと笑う。
「ほぅ、となると笠松はその虚しさってやつは消せないって考えてるわけだ。ちなみに虚しさってのは何のことだ?」
「自分が怪物になるくらいに抱えた、画家の夢に対する未練のことよ」
笠松さんはココアを口に含む。ココアで甘くなった舌から、苦い言葉が放たれる。
「虚しさって言うのは、目を背けられないほど強い欲求にしか感じないものだもの」
「ふふーん、なるほど、それじゃあ映画みたいに綺麗さっぱりなくなるわけじゃないってことか」
「それに新しいものに目移りすることもね」
そう言う笠松さんの口調には、いっそ忌々しさすら感じられるような暗く、重たい感情が込められていた。
笠松さんが抱える、その苦しみ。それを軽々しく表現されたことに怒りを感じているんだろう。
あるいは、無理解に対する恐れか。世界でたった独りぼっちという、冷たい現実を感じとって痛みに怯えてるんだろうか。
屋上で孤独になって、誤魔化していたあの痛みの。
「大体、なんで虚しさ解消のきっかけが家族なのよ。理解に苦しむわ」
笠松さんは独り言のように言葉を続ける。
「家族なんて、虚しさを失くせるほど強い存在じゃないのにね」
最後の呟きには苛立ちの中にほんの少しの寂しさがこもっていた、ように感じた。
真相は分からない。所詮は彼女のことを大して知らない僕が、外から見ただけのこと。僕と彼女の距離感じゃ、笠松葵の本質を掴もうにも伸ばした手は虚しく宙を掻くだけだ。
それでもきっとわざわざ言葉にしたからには、してしまったからには、何か意味があるはず。僕はそう信じてる。
「いやいや、だけどな。この作品において家族っていうのは――」
熱が入る修二を尻目に、笠松さんは時間が経って少し温くなったココアを啜る。
ココアの甘みで現実の苦さを誤魔化すように、誤魔化せるように、長い間カップに口を付けていた。
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