ep.03 草むしり

 放課後。他のクラスより長いHRが終わると、僕はグラウンドの西側に急いだ。

 そして息を切らせて到着すると、そこには頼んできた女子生徒――ボランティア部の部長だっけか――が既に草刈りの準備を終えてしまっていた。草を刈る用の鎌と用途不明の大きなスコップが運搬用一輪台車にちょうど2人分乗っている。


「ごめん、準備全部任せちゃったね」


 僕がそう謝ると、


「べ、別にそれくらいいいからっ。頼んでるのは、こ、こっちなんだし……っ」


 なんて言葉を返してくる。

 まぁ過ぎたことは仕方がない。仕事の方で取り返すようにしよう。

 グラウンドの西側に生い茂ってる雑草は秋だと言うのに青々と茂っていた。夏に伸びたのか背は高く。中には太い茎を持ち、蕾のようなよくわからないものをつけているものもあった。

 これは骨が折れる。さっさと取り掛からないと、日が沈んでしまいそうだ。


「じゃあ早速始めたいんだけど……ただ草を刈るってだけじゃいけないんだよね?」


 草を刈るだけだったら鎌だけで十分で、スコップはいらないはず。僕の腰くらいの大きさのスコップなんて一体何に使うんだろう?

 ボランティア部の部長は落ち着きのない様子で僕の疑問に答える。


「えっと、それは雑草の根っこをためのものだって。学校的には草を刈る、んじゃなくて根っこから掘り起こして欲しいみたい。つまり——」


 丁寧に彼女が説明してくれる。要約すると、四角形を作るように雑草の根元に切り込みを入れて、横に広がる根っこを切り取った後に雑草の根っこの部分を土ごと掘り起こして雑草を抜くと言うのが仕事の内容らしい。根っこから引き抜くのが難しい場合は鎌で刈り取るだけで良いとのこと。

 なるほど確かに合理的……何だけどこれはだいぶ荷が重いぞ。

 

(僕ならともかく、彼女には厳しいんじゃ……)


 彼女を見やる。線が細い彼女には難しいように思えた。

 そんなことを考えていると、彼女は体をさせ始める。それからやや不安げな顔でこう問いかけてきた。


「な、何かおかしなもの、ついてる?」


 しまった。無遠慮に見過ぎた。

 俺は軽く手を振って、「ごめんごめん。ぼーっとしただけ」と軽く謝ると、ちょっと所在なさげに彼女は髪先を弄るのだった。

 なんか変な空気になってしまった。とりあえず空気を変えるべく、作業を開始しよう。


「じゃあ、僕は左端からやってくから、右端からお願いできるかな?」

「う、うん! よろしく、お願いしますっ」


 各々スコップを手に取って、僕らは草刈り——草刈り?——を開始する。

 スコップの刃を地面に突き立て、押す。けれども感想した地面は固く、そう簡単に刃は通らない。

 もう一度体重を掛けて押してみると、ようやく刃が地面に食いこんだ。それから足をかけ、一層負荷を掛けていく。

 と、気持ちの良い音がした。雑草の根っこが切れた音だ。差し込む目的を果たしたのでスコップの刃を引き抜き、同じことを3回繰り返す。

 最後の1回はスコップの刃をより深く、具体的に根っこの真下あたりにまで刃を差し込む。真下に伸びる根っこをと断ち切ると、そのまま持ち手に体重を掛けて、てこの原理で雑草を土ごと持ち上げた。

 とりあえず、このまま台車に載せるわけにはいかないので地面にほっぽり出して、俺は一息ついた。


(これは結構大変だぞ……)


 生半可な力で出来るものではないと悟る。地面は乾いていて硬いし、掘り起こした土の重さもそれなりにある。1回1回に相当な力が必要だ。

 正直に言って、グラウンド西側の草むらは広いわけではないが、狭いというわけでもない。流石に今日一日で終わらせるものではないとは思うが、それにしたってこの草むらを綺麗にするのは中々の重労働だ。

 ボランティア部の部長はどうしているだろうと思うと、1回目の切り込みを入れる作業に苦戦していた。スコップを地面に何度も何度も突き立ててるも、深く刺さらない。彼女の力が足りていないんだ。おまけに一度で刺そうとしているから、いくら懸命に刃を地面に突き立てても深く刺さりはしない。

 頼まれごとをされている身として、ここは助言をしなければ。


「ちょっと良い?」

「ひゃ、ひゃい!」


 後ろから声を掛けると、ボランティア部の部長は肩を大きく跳ね上げた。


「ごめん。驚かせちゃったね」

「い、いや、私の方こそ変な反応しちゃって、ごめん、なさい」

「えーっと、それで本題なんだけど」

「あ、うん」

「スコップの使い方、こういう風にしたらどうかな」


 自分のスコップを使ってその方法を実演してみる。

 まず一回浅く地面に刃を刺す。その僅かに刺さった部分に力を掛けながら左右に揺らし、縦に掘るようにしてスコップを深くに刺し進んでいく。

 押し込む方法は彼女の力のなさや体重の軽さ――見た目からの判断だけど――を考えると押し込む方法だと多分難しい。スコップの刃で刺し進める方法だったら、時間はかかるけどさほど力はいらない、と思う。

 ボランティア部の部長は早速、教えた方法を実践してくれた。

 スコップを浅く突き立てると、「よいしょ、よいしょ」と可愛らしい掛け声と共に左右にスコップの刃を揺らしてスコップの刃をゆっくりだが、着実に深くへと進めていく。

 刃が大体の深さまで行くと、彼女はスコップにもたれかかると大きく息を吐いた。

 僕は問う。


「どう?」

「うん、これなら私も出来そう、かもっ」


 力強く拳を握るボランティア部の部長。なら良かった。


「いつも、ありがとうね。色々、助けてくれて」

「どうしたの、突然」

「いや、その、ね。篤史君はさ、いつもこうやって助言をくれたり、して欲しいことを的確にして、くれるから。いつも助かってるって、お礼を、言いたくなっちゃって……」


 視線を下に落とし、耳を赤くするボランティア部の部長。そこまで照れられると、なんというかこっちも調子が狂う。

 大したことはどんな頼まれごとでもしていない。


「まぁ、僕に出来るのはそれくらいだから」


 人助けをするときに、僕はいつだって部外者だ。だから出来ることなんて助言とか、依頼者たちの雰囲気を察して動くことくらいしかない。

 僕のやっていることは足りないところを補うだけ。根本的に解決出来るのは当事者だけで、結局一番頑張ってるのは頼んできた当人だ。


「……じゃあ、僕も続きやるから、無理しないで頑張って」

「う、うん……!」


 仕事をするのに支障がなくなったことにかこつけて僕は話題を切り上げる。僕は持ち場に戻り、再び作業を開始する。

 スコップを深く突き刺し、雑草を掘り起こす。

 スコップを深く突き刺し、雑草を掘り起こす。

 スコップを深く突き刺し、雑草を掘り起こす。

 スコップを深く突き刺し、雑草を――……


「ふ……ぅ」


 いったん一息吐いた頃には、もう日が暮れかかっていた。

 西の空を見れば、濃い橙色の空に薄墨色の雲が浮かんでいる。

 時計を見れば5時17分。もうそろそろ最終下校時刻だ。

 僕はボランティア部の部長に問う。


「もう終わりにする?」

 

 問いかけに振り向いたボランティア部の部長の顔には疲れが浮かんでいる。そんな顔を見れば答えを聞く前にどういう答えが出るかは分かる。

 仕事の方は2人でやったにしては結構進んでいた。大体半分くらい……? だいぶ頑張った。

 体力の限界を迎えつつある彼女に休んでいるよう言って、せっせと台車と道具をまとめて校舎裏の用務員室へ向かう。

 それから用務員さんの指示で道具と雑草を片付ければ、今日のお仕事は終了。時間にして1時間半くらいの仕事だったけど、疲れたなぁ。

 手を組み、手の甲を真上に向ける形で腕を伸ばし、腕と肩の凝りをほぐす。それから後屈で背中を反らし、背中もしっかり伸ばす。

 そんな時、つまりは視界が上を向いた瞬間、ちらと校舎の屋上に人影が見えた。


(……? 屋上は立ち入り禁止だったはずだけど)


 怪しい……反らした背中を持ち上げて、再度屋上に視線を向ける。

 ……いる、確かに誰かいる。暗くてどんな人相をしているかはよく見えない。風にたなびくスカートから女子生徒であることが、辛うじてわかる程度だ。

 

(…………一応、行ってみるかな)


 あんまり問題には自分から首を突っ込まないタイプだけど、普段立ち入りが禁止されている屋上にいる生徒なんて見て見ぬふりをするにはあまりにも目立ちすぎる問題だった。先生に言って大事にするのも気が進まないし、とりあえず自分で確認しに行こう。

 

「篤史く~ん」


 名前を呼ぶ声がして、声のする方を見ればボランティア部の部長がペットボトルを2つ抱えながらこちらにやってくる。

 肩で息をしながら、


「か、片付け、任せちゃって、ごめん、ね」

「僕も準備任せちゃったし、おあいこってことで」

「それから、あと、これ、良かったら……っ」


 差し出されたのは校内の自販機で売ってる麦茶。安くて量が多い学生の味方な飲み物だ。

 正直を言えばホットが嬉しかったけど、くれるものにケチをつけるのはよろしくない。覗いた不満をおくびにも出さないように努めて微笑んで、僕は問う。


「ありがとう。値段は確か100円だったよね?」

「あ、いやっ、いいから……! 今日のお礼ってことで……」


 ん。なら遠慮なく貰っておこう。

 ボランティア部の部長からペットボトルを受け取る。さて、とりあえず今日のところはこれで依頼完了だ。時間もないし、さっさと屋上の少女の元へ向かおう。


「でも、その、お返しをくれるっていうなら、今日この後一緒に――」

「――ごめん。ちょっと急ぎの用事が出来たから、もう僕行くね」


 「あ――」というボランティア部の部長の未練の籠った吐息を振り切って、僕は校舎内へ急いだ。

 最終下校時刻まで時間はない。最終下校時刻の鐘がなるまでがタイムリミットだ。

 

 

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