第52話 諏訪護



 無我夢中で玄関へ走ると少年の格好をした太宰とすれ違い声をかけられるが、脇目も振らず護は靴に足を入れる。しかし、手が震えて上手く履けない。とにかく逃げろと本能が言う。



 家を出てわかった。振り返ると家の周りは強力な呪術にかけられ空間が歪んでいた。この家は櫻子の術テリトリーであり、誰一人彼女の正体気づいていない。



「どうしました?」とそこに太宰が護を追いかけやってきた。



「どうしましたじゃないよ?太宰は気づかないわけ?あの家の異質さに?」



「いえ、特には」



 どうやら太宰も櫻子術に完全にかけられているようだった。それを解こうとするが、護はこれまで呪術など真面目に学んだこともなく、為すすべがない。



「太宰さんっ、僕、あの学校に行くよっ。もっと真面目に術の勉強するっ」



「どういう心境の変化ですか?」



「とにかく、色々祓えるようになりたいのっ!あんな怖い子につきまとわれるなんて絶対嫌だしっ!だから、僕先に帰るからっ」




 護が駅に向かって歩いて行こうとすると、太宰に後ろから襟を掴まれる。



 また頭に声が聞こえる。



『帰るなんて許さないから』



 うわっ、思わず声が漏れる。しかし、恐怖に怯える護とは打って変わって、太宰は実に楽しげに言う。



「これからクリスマスのパーティなんですよ。わがまま言わないでください。護様の好きなチキンも買ってきましたから」



 太宰に引きづられ、護はまた家へと連れ戻されて行く。



「チキンなんていらないから帰らせてよーーっ!」



 閑静な住宅街に護の悲痛な叫び声が響くと同時に、轟音を轟かせマンホールからは水柱が拭き上がり、それは見上げるように高く、冬の空にきれいな虹を作ったのであった。





                  完

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こじらせ陰陽師の初恋奇譚 nishi @nishi823

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ