僕と君の秘密の教室

Nian

第1話

 高校生になって2回目の春。学年が一つ上がっても日常に変化はない。友達同士で集まってくだらない会話で盛り上がったり、誰かと前の授業の復習をしていたり、あるいはひとりでに静かに読書をしていたり。そして、僕は教室の隅の席でクラスメイトを眺めながら、ぼっーとしている。他の人よりも少しだけコミュニケーションが苦手なだけで、決してボッチというわけではない。授業で二人組を作ったりする時はだいたい残るけど。

 

午前中の授業が終わって昼休みになると、僕は弁当を持ってそっと教室を後にする。向かう先は旧校舎の今は使われていない教室。この場所を見つけたのはもう1年前になる。教室の喧騒から逃げるように静かに過ごせる場所を探していたら、たまたま鍵が壊れていて中に入ることができた。それからほぼ毎日のように昼休みになるとこの場所に来ている。僕の秘密の教室。

 

空き教室に着くと端の方に寄せてある机と椅子から1セット引っ張り出す。いつも通り読みかけの本を読みながら弁当を食べようと思うと勢いよく教室の扉が開かれた。誰もここには来るはずないと思っていた僕は驚きすぎて手に持っていた本を落としそうになる。慌てて振り向いた僕の顔の先には教室で一番笑顔を振りまいている少女の姿が映る。


「いつも昼休みになるとどこかにいなくなると思ったらこんなところにいたんだね。宮日 真君!」

「へっ?なんで君がこんなところにいるの椎名晴琉華さん?」


 僕が驚いた声を上げると突然現れた椎名さんは、えへへ、笑う。彼女は雑誌でたまに見るようなアイドルやモデルに負けないぐらいの美少女だ。その上、勉強も運動も出来て性格も良い。彼女とは事務的な会話しかしたことはないけど、少し話しただけで性格のよさが垣間見える。


「宮日君さ、昼休みになるといつもどこかに消えちゃうよね。だから気になってついて来ちゃった!」

 

毎日、クラスメイトに悟られないように慎重に行動していたのに気づかれていたことで悔しがる僕のことをよそに、椎名さんは珍しいものを見るようにきょろきょろと、教室を見渡しながら僕の正面にやって来る。


「ねぇ、私もここで食べていい?」

 

そう笑顔で言うと、僕の返事も聞かず椅子を一つ持って来て僕の前に座った。


「僕、良いよって言ってないけど……」

 

ピンク色のかわいい入れ物から弁当を取り出している椎名さんに言う。


「細かいことは気にしないの。それにひとりでにで食べるより誰かと一緒に食べたほうがおいしいよ」

「いや、そういうことじゃなくて…」

「大丈夫、他の人には内緒にするから、ね」


 そこまで言わててしまうと僕は何も言えなくなって口を閉じる。ここは潔く諦めた方が良いのかもしれない。


「はぁ〜、わかった今日だけだからね」


 僕は自分の弁当をつまみながらそう言うと椎名さんは首をコテンと可愛らしく傾けた。


「私、明日からも来るつもりだけど?」

「え!?ま、まさか冗談だよね?」

「嘘じゃないよ。学校でこんなに静かでゆっくりできる場所初めてだから心地良くて。だから良いよね!」

「うっ、わかった……たまになら良いよ……たまにならね」


 そう可愛くお願いされてしまったら断れないのが男の性で、僕の安寧が崩れ去った瞬間だった。

 昼休みも有限だからお互い静かに自分達の弁当を食べた。椎名さんずっと話したそうにしてたけど。

 食べ終えた僕は、読んでいた本を開いて、読書に集中することにした。読書に夢中になっていると右肩をトントンと叩かれる。右側に振り向くとむにゅと白くて細い指が僕の頬に食い込む。


「見事に引っかかったね!宮日君!」


 顔は動かせないから目線だけ動かすと悪戯を成功させて喜ぶ子供のような笑顔の椎名さんが目に映る。不覚にもその表情にドキッとしてしまった。


「急に変なことしないでよ」

「宮日君が悪いんだよ!私のこと放ったらかして本に集中してた」

「僕は別に椎名さんと話すこととか無いし‥‥」

 

言いながらチラッと目を向けると、今にも泣きそうな表情をしている。流石に女の子、それも美少女にそんな表情をされたら、それ以上言葉が出てくるはずもなく、


「わかった、わかったから僕が悪かったです!椎名さんと話したいです!」


 僕がそう言い切ると悲しそうな表情が嘘みたいに笑顔に変わる。


「宮日君も私と同じでよかったよ!」

「い、今の演技じゃないよね?」

 

僕が聞くと椎名さんはニコニコしながら「さぁ、どうだろうね?」と返して来る。本当か演技だったのかわからない。この時、女性は怖いと感じた僕だった。

 

この日は、昼休みが残り時間が僅かだったから結局あまり会話することは無く解散した。椎名さんはすごい名残惜しそうにしてたから、絶対明日も来るねこれは。


 それから一週間、椎名さんは毎日のようにやって来た。静かだった教室は椎名さん一人加わっただけで、賑やかになってしまうらしい。毎日、椎名さんに絡まれる日々は、憂鬱だったけれど、どこか楽しんでる自分も存在している。


 ある日、僕はいつも通り昼休みになると秘密の場所に向かう。そういえば、今日はもう椎名さんは教室にいなかった。今日は今まで一緒に食べてた友達と過ごすのかな。久しぶりに一人でのんびり過ごせるかも。淡い希望を抱いて教室の扉を開ける。


「あっ、やっと来た」


 扉を開けるとすでに椎名さんがいる。あっさりと僕の希望は打ち砕かれた。


「で、なんで椎名さんの方が早いのさ」


 ご丁寧に椎名さんがすでに用意してくれていた椅子に座って訪ねる。


「ふっふっふっ、それはね、宮日君の驚いた顔が見たかったからだよ‼」


 椎名さんは、僕に指をさしながら、目を輝かせて見つめてくる。


「あー、驚いた。こんなに驚いたのは久しぶりだよ」

「うゎ~、絶対嘘だよね。声に感情が全く乗ってないんだけど」


 頬を膨らまして椎名さんはそう言った。でも、実際、驚いてないからしょうがない。椎名さんは悔しそうな表情のままお弁当を広げて食べ始める。僕も同じように弁当を食べながらふと思う。今日みたいに毎日のように椎名さんから何かしらの悪戯をされてるけど、一回も驚いたことない。なんというか、如何せん微妙。子供っぽいというかなんというか。右を見ると今日は珍しく黙々と弁当を食べる椎名さんがいる。そういえば、今日はなぜか隣同士で椅子が用意されていた。絶対、何かしら悪戯を仕掛けてくるはず。僕は隣を警戒しながら小説を開いて読み始める。いつもならここで、椎名さんから話かけられたり、悪戯をされたりするけど今日は何も起きない。


 小説が一区切りついたから、視線を右側に向けてみる。いつのまにかいなくなってるなんて起こるはずもなく椎名さんは椅子に座ったまま。でも、その目は閉じられてコクコクと頭が小さく揺れている。気づかない間に椎名さんは静かに吐息を立てながら眠ってしまっていた。


なんで気が付かなかったんだろう。小説に集中しすぎてたかな。


「どうしよう。起こした方がいいかな?」


 自分の腕時計に目を落とすとの昼休みがもうすぐ終わる時間。あと2,3分もすれば予冷のチャイムが鳴る。椎名さんを起こそうと肩を叩こうとして、彼女の寝顔が目に入る。


「まっ、いっか。午後の授業サボることになっちゃうけど、こんな幸せそうな表情見せられたらね……」

 

幸せそうな顔を見たら起こそうという気もなくなった。手をそっと肩の位置から下げて考える。今の椎名さんはゆらゆら静かに揺られていて今にも倒れそうで見ていられない。だからといってこの教室に人寝かせられるようなスペースはないし、どうしよう。悩んだ結果、起こさないように慎重に椎名さんの体を僕の方に傾けて頭を膝の上にそっとのせる。全く起きる様子がなくて内心ほっとした。


「これでいいかな」


 椎名さんは膝の膝の上で頭をもぞもぞと動かしていい位置を見つけたのか何事もなかったように寝ている。


「おやすみ」


 そう言って読みかけの小説を開き直す。


「小説を読んで時間をつぶすかな。あっ、起きたどんな反応するかな?」


 僕は一つ楽しみを見つけた。椎名さんが目を覚ますまで静かに過ごすことにした。


「あぁ~~、全然、集中できない。どうしよう」


手に持つ本を投げ出したい気分を抑えて、そっとページを閉じる。

かれこれ2時間ぐらい、どうにか意識を切り替えようしても、膝の上にから感じる椎名さんの頭の重みと、彼女の小さな吐息。極めつけは女の子特有?のいい匂いが鼻孔をくすぐる。その結果、僕の意識は椎名さんに向き続けている。胸のドキドキが収まる気配は一向に無い。自然と視線は下を向いてしまうし、顔を上げても殺風景の教室が視界が目に入るだけ。


「早く起きてくれないかな〜」


淡い僕の期待を裏切るように幸せそうな寝顔を見せる椎名さん。そんな表情を見てたら一人でドキドキしているのが馬鹿らしくなってくる。


「ちょっとぐらいなら良いよね」


こっちの気も知らないですやすや寝る椎名さんを見てたら悪戯をしたくなった。僕はそっと椎名さんの頬を指で軽く突っつく。自分の頬だったら感じられないぷにぷにした感触が伝わってくる。


「これで起きてくれれば嬉しいけど······起きるわけないか······」


何回かつついても起きる気配は感じない。それをいいことにしばらく頬の感触を堪能させてもらった。


「う、う~ん」


 空が赤く染まり始めた頃、ようやく椎名さんは目を覚ました。


「あっ、起きたんだ。おはよう」


 焦点の定まっていない瞳が僕の方に向く。


「よく眠れた?」


 訪ねると椎名さんはゆっくり首を縦に振った。少しずつ意識が戻ってきているっぽい。


「私、どれくらい、寝てた?」

「午後の授業と放課後分かな」


僕の言葉を聞いた椎名さんは考える素振りをしてから顔をだんだん青ざめていく。そこまで意識がはっきりしているのに僕の膝の上から頭を起こす気は全く感じられない。そもそも、膝枕されてることに気が付いてなさそう。


「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。起こさなかった僕が悪いし……」

「でもでも、寝ちゃったのは私だし、悪いのは私だよ」

「いや、僕が……」


お互いに自分たちが悪いを言い張りあって、二人とも悪かったということでこの話は終わった。ちなみに、椎名さんの頭は僕の膝の上にまだある。

「最終下校の時間だし帰ろっか」

僕が立つように促すと椎名さんは一瞬、キョトンとしてから自分の状態と僕の顔を交互に眺める。

「宮日君。この状態……いつから?」


恐る恐る訪ねてくる椎名さんの表情が可笑しくて苦笑しながら僕は答える。


「椎名さんが寝てるのに気が付いてからずっとかな。さっき、教室に荷物だけ取りに離れたけど。その間に起きてないかひやひやしたよ」


言い切るとすごい勢いで椎名さんが起き上がって教室の隅の方まで逃げて行ってしまった。僕から顔を背けているけど髪の隙間からのぞいた耳は赤く染まっている。


「そんな隅で恥ずかしがってないで早く帰るよ。今なら他の生徒に紛れて帰れると思うし」


二人分の鞄を両肩に片方ずつかけて教室を出ると慌てたように椎名さんが付いてくる。椎名さんは僕から自分の鞄を無言でひったくると、どんどん先に歩いて行ってしまう。


「ちょっと!」


僕は歩くペースを速めて椎名さんを追いかけた。


「私ばっかり恥ずかしい思いしてずるいと思う!」


旧校舎の下駄箱でようやく追いついたと思ったらいきなり、理不尽なことで怒られた。


「それはまぁ、何時間も膝枕してたらなれるよ」


全然、嘘である。初めて異性に膝枕をして、しかも相手は学校でもトップクラスに美人な椎名さん。慣れるわけがあるはずもなく小説に全く集中なんてできなかったし、鞄を取りに行って戻って来た時にまは膝枕し直すかかなり迷うくらいには恥ずかしかった。もちろん、椎名さんには言わない。絶対、からかわれるから。 それに寝てる間に頬を触ったのも秘密だ。


「それに私のこと放っといて帰ろうとするし、女の子を放置するってひどくない!」

「そうでもしないと帰ってくれそうになかったから」


そう返したら、図星なのか何も言わないで僕のことを睨んでいる。幼い子供が怒っているように見え

て、全く怖く無くてむしろかわいい。


「私のこと保育園児か何かだと思ってない?」

「そんなこと無いよ」

「むぅ~、近いうちに絶対、宮日君のこと驚かせてみせるから!!」


まるで物語の悪役みたいな捨て台詞を吐いて椎名さんは、校門の方へ走って行った。悪役よりツンデレヒロインの方が椎名さんっぽいかな。でも、もうすでにドキドキされっぱなしだけど。


「椎名さん。また、明日」


もう見えなくなった相手に別れを告げて僕も家に帰るために校門ヘ足を向けた。


翌日の昼休み。生徒指導室に連行された僕たちは先生に当然のごとく授業をサボったことを怒られた。

だけど、先生を上手くはぐらかすことが出来てあの教室が先生には知られずに済んだ。


「はぁ〜、やっと終わった~先生の説教長すぎだよ」


先生が生徒指導室から出ていくと、椎名さんは机の上に手を伸ばしてぐでーっとしている。まるで、のびたカエルみたいでちょっとおもしろい。


「あんなに話すなら放課後とかにして欲しかったな~、おかげでいつもの場所で宮日君とお弁当を食べる時間も無くなちゃった」

「そうだね。でもこの場所も今だけは悪くないんじゃない?静かにだしそれに······」


続きの言葉遣いを喋ろうとして、自分が恥ずかしいことを言おうとしていることに気がついて口を紡ぐ。


「それに何?」

「な、何でもない!早く食べよう。昼休みが無くなちゃうし」


僕は会話を無理や終わらせて弁当に手をつける。椎名さんがもの言いたげな表情上を向けてくるけど気にしないようにして食べ進める。 顔の火照りは冷めなくて心臓はドキドキは収まらない。なんで、僕はあんなことを言おうとしたんだろう。


「椎名さんと一緒にいられる」って


この感情がよくわからなくてどうすればいいのかわからない自分が情けない。


「その言葉の続きいつか教えてね。私、待ってるから」

「……わかった。いつか、ね」


椎名さんに対して抱くこの感情が自分の中で納得できた時、伝えられなかったことを伝えよう。僕は机のしたに下した手で小さくガッツポーズをした。


椎名さんと一緒に昼休みを過ごす日々は一か月以上続いている。一か月たった今となっては毎日昼休みに二人で過ごすことが僕の楽しみになっている。ずっと本ばっか読んでいた頃からは考えられないほど、椎名さんと会話するようになった。一つ文句を言うとすれば、もう少しスキンシップは減らしてほしい。急に腕に抱き着いてきたりするし、膝枕しろって迫ってくるし、心臓が何個あっても足りない。そんな日常が続いている。


今日も昼休みになるといつもの空き教室に行く。椎名さんと一緒ではない。この場所を他の人に知られたくないからということでそれぞれで来るようにしている。扉を開けるとまだ椎名さんは来ていない。僕は二人分の机と椅子を出す。最近、席を隣同士にしないと怒られるから椅子は横に並べる。僕は片方の椅子に座って椎名さんが来るのを待つ。一回、友達に勉強の相談をされたらしくやって来るのが遅くなったことがあった。今日は他の人と食べるのかなと勘違いした僕は弁当をさっさと食べたところ遅れてやって来た椎名さんにこれでもかと怒られた。それ以来、ちゃんと待つようにしている。

でも今日はいくら待っても椎名さんは来ない。こんなことが起こるなら連作先を交換しておけばよかった。流石に明日は来るはずだしその時に交換すればいいか。僕はそう決めて残りの時間を一人で過ごした。あと、今日の弁当はなぜかいつもより味が薄く感じたいつもと同じはずなのになんでだろう?


その次の日もそのまた次の日も椎名さんは来なかった。別に学校を休んでるとかじゃない。教室には毎日椎名さんの姿はある。


「今日も来ないのかな?」


僕のつぶやきは一人だけの教室に力なく響く。胸にぽっかり穴が空いたような感覚は消ない。それどころか、穴は大きくなっている。


「連絡先さっさと交換した方がいいかな?でも、教室で椎名さんに連絡先交換しよ!って話しかけるのもなぁ~。いつ一緒に弁当食べれるようになるって聞くのは論外だし」


いろいろ考えを巡らせても結局は椎名さんが来るまで気長に待たないといけないわけで、僕がいくら愚痴を呟いてもその事実は変わらない。

自分で思ってた以上に椎名さんとこの空き教室で過ごす時間が気に入っていたらしい。他の誰のことも気に留めることなく二人っきりで過ごせるこの時間が。


「一人っきりってこんなに寂しかったんだ」


今まではこんな感情を抱くことは無かった。誰かといるより一人の方が気楽でよかったぐらいだ。椎名さんのおかげなのかな、僕が人と過ごす喜びを知れたのは。でもそれは椎名さん限定。


「早く戻って来ないかな~」


次の日。


「······今日もいないか」


教室の扉を開けた先に当然、椎名さんの姿は無くて僕は肩を落とす。いつも通り机と椅子を二人分出して来るかどうかもわからない椎名さんを待つ。

どれくらい待っただろうか。僕の体内時計では十分ぐらいたった感覚だけど腕時計に目を向けると3分も経って無い。日に日に昼休みの時間が長くなっているように感じる。今日も来ないかなって半ば諦めていた時、勢いよく教室の扉が開かれた。


「やっほ~!宮日君!」


扉の先には笑顔の椎名さん。久しぶりにその笑顔を見ると、なぜか安心する。


「全く、遅すぎるよ。一体いくら待ったと思って……」

「うっ、ごめんね。友達が離してくれなくて……って泣いてるの?」

「えっ?」


椎名さんに言われて自分が泣いていることに気が付いた。涙が頬をつたう感触を感じる。椎名さんが僕のそばまで寄って来る。


「ごめんね。私のせいで宮日君に迷惑かけたみたいで」


僕の隣に座った椎名さんはすごい悲しいそうな表情をしている。


「迷惑なんて思ってないよ。でも……不安だったすごく。椎名さんがもしかしたらもう二度と来ないかもって……」そこまで言い切るとずっと我慢していた分が決壊したように僕の涙腺は決壊した。


「涙が止まらないや。なんでだろ泣くつもりなんてなかったのに……」


僕は椎名さんにそっと抱きしめられる。いつもは少し鬱陶しいなって思ってしまうのに今は彼女を温もりをしっかりと感じる。それに優しさも。


「私も、何も言わずだったから宮日君に嫌われたらどうしようって不安だったんだから少しはわかるよ、その気持ち」


椎名さんは優しく僕の頭をポンポンって叩いてくれ

るまるで小さな子供をあやすみたいに。


「僕、男なのに情けないよ」

「そんなことない。泣きたいとき泣けばいいんだよ、私はここにいるから」

「ありがとう。もうちょっとだけこのままがいいな」

「うん、わかった」


こんなに泣いたのはいつぶりだろう。最近、不の感情が溜まっていたのが一気に爆発して濁流のように流れてくる。椎名さんは何も言わずに僕のことをぎゅっと抱きしめてくれる。気恥ずかしさはあるけど、すごい安心できる。それに久しぶりに椎名さんと話をすることができて、この気持ちにもやっと気づけることができた。そして、いつの間にか僕の意識は深く落ちていった。


「僕、寝てた?」

「あっ、起きたんだおはよう、宮日君!」


目を覚ました僕に椎名さんが笑いかけてくる。


「ああ、おはよう」


そう返した僕はふと違和感に気付く。僕の頭より高い位置にある椎名さんの 顔。それに布越しに後頭部から感じる柔らかさ。僕はバッと起き上がった。恥ずかしさで顔を背ける。


「あれれ~、宮日君は膝枕はなれてるんだよね?まさか照れてるの?」


顔を背けているから表情は見えないけど声のトーンからして僕をからかっているのがわかる。


「するのと、されるのは話が別だよ!」

「ふぅ~ん、そういうことにしてあげる」


立場がいつもの逆になっているのがなんか悔しい。でも、悪い気はしない。負けたままなのは嫌だけど。顔の火照りも落ち着いてきたから椎名さんの方に向き直る。ちょっと反撃してしてやろう。


「椎名さんこそ恥ずかしくなかったの?前は教室の隅まで逃げ出すぐらい恥ずかしがってたのに」

「もちろん、私はその程度では動揺しないぐらい強くなったのです!」


自身満々な表情の椎名さん。ちょっと子供ぽい。


「そうなんだ。ならたまにしてもらおうかな、膝枕」


そう言うと椎名さんの顔がみるみる赤みを帯びていく。


「冗談だよ冗談」

「むぅ、宮日君いじわる」


僕の方をにらんでくるけど、怒ってても全く怖くない。僕が笑うと椎名さんは手をぐーにして僕の胸を叩いてくる。けど、力は全然籠ってなくてポカポカという効果音が聞こえてきそう。その動作が余計に幼く見えてしまう。そのことに当の本人は気が付いてなさそうだけど。


「でも、ありがとね。僕のために放課後まで」

「私も寝ちゃったときがあったしこれでお互い様だよ」

「そうか」

「そうだよ」


なんか可笑しくなって二人そろって声を上げて笑う。やっぱりこうやってくだらないことで椎名さんと笑っているのが一番楽しい。


「椎名さん、伝えたいことがあるんだけど」

「何?いつかの続き?」

「うん、まぁそうなるかな?」


薄々、気が付いてはいたけど今の関係が崩れるのが嫌で気づいていないふりをして目を背けてきた。だけど、今日やっとその気持ちにちゃんと気が付けた。


椎名さんのちちょっとしぐさだけでも心臓がどきどきする。彼女の隣にいたい。みんなを明るくするその笑顔を僕だけに向けてほしい。一度漏れ出したらこの感情は止まることを知らない。僕は椎名さんのことが好きだ。一呼吸おいて僕は口を開く。顔が熱くなるのを感じながら。


「椎名 晴琉華さん、僕はあなたのことが好きです……だから、僕の彼女になってくれませんか」


椎名さんは一瞬キョトンと首を傾けて僕の方を見つめてくる。でも、だんだんその顔が赤くなっていく。


「わ、私も宮日 真君が大好きです。こちらこそよろしくお願いします」


椎名さんは顔を赤くしながら僕が見たことある中で一番の笑顔でそう言った。椎名さんも僕のことが好きなのは予想外ではあったけど、こうして僕たちは恋人同士になった。


「ねぇねぇ、恋人同士になった記念にお互い下の名前で呼ばない?そっちの方が恋人ぽいし。ダメかな?」

「ダメじゃないです……」


なんだろう椎名さんが自分の彼女だって意識したら余計にかわいく見えてくる。これから何かお願いされたらなんでもオッケーを出しそうで怖い。


「じゃ、じゃあ行くよ。ま、真君」


僕の名前を呼ぶ椎名さんの顔は真っ赤になっている。でもきっと僕も同じくらい赤くなっているはず。告白してからずっと顔の火照りが引くようすはない。


「えっと……は、晴琉華」


恥ずかしがピークに至ってお互いにそれ以上の言葉が出てこなくなる。でも、美緒に名前で呼ばれてすごい嬉しかったし、恋人になったことを強く実感する。しばらく、恥ずかしさで僕たちは目も合わせられなかった。


「そろそろ帰ろっか……晴琉華」

「うん、そうだね。今日は荷物は教室にあるから取りにいかないと」


二人そろって教室を出る。


「ねぇ、真君。手、繋がない?もちろん、恋人繋ぎで」

「ここで?」

「うん、ここで」

「わかった」


晴琉華から何が何でも手をつなぐという意思を感じた僕はおとなしく美緒と手をつなぐ。よく腕に抱き着かれてはいたけどそれとは違う特別感を感じる。


「明日、また先生に怒られるのかな?」

「怒られるでしょ。僕たちまた授業サボったんだから」

「そうだよね」


しょんぼりする晴琉華を見て僕は笑う。

恋人になっても僕と晴琉華の関係はそれまでとあんまり変わらないような気がする。どうでもいいような話で盛り上がったり、晴琉華にどきどきさせられたり。でも、変わったことも確かにある。僕は晴琉華と手を握る手に少し力を籠める。


「真君、どうかしたの?」

「いや別に、ただ僕にすごくかわいい彼女ができたなって改めて思ってただけだよ」

「私も素敵な彼氏ができちゃった。クラスのみんなにも自慢しないと!」


悪戯ぽく笑う晴琉華。晴琉華は自分が人気者だと知っていて、僕が目立つのを嫌っているのもわかっていて言っている。どうせ僕が嫌だって言っても言っちゃうんだろうな。そんなところも好きになってしまったからおとなしく諦めるしか僕には道がない。

でも、晴琉華と一緒にいられる時間が増えるならそれでもべつにいっか。


「明日から楽しみだね!」

「あっ、うん。お手柔らかにお願い」


僕たちは分かれるぎりぎりまで恋人繋ぎのまま下校した。


翌日、僕と晴琉華が恋人繋ぎをして二人で登校したところ学校中で軽く騒ぎが起こったのは言うまでもない。






























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僕と君の秘密の教室 Nian @hacu

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