第3話 掃除・洗濯・料理・退治
家に帰って誰かが居る幸せを、もっと早く気付きたかった。
*****
「家事当番を決めるぞー!」
冴木とルマが出会って二日目。お互いぐっすりと眠っていたことや、目覚まし時計をセットしていなかったことが影響し、目覚めた時にはお昼前になっていた。日曜の前半を無駄にしたことを悔やむ。
本来ならばもっと早く決める予定だった“家事当番”について、ルマは前日と同じソファに座って小説を読むついでに冴木の話を聞いている。どうやら、その場所がお気に入りらしい。
「言っとくが我は料理が出来ん。あと掃除と洗濯も苦手だ」
この怠け者め。と口に出す前に何とか抑え込む。彼女は魔王の娘と自負している通り、向こうの世界では召使いや部下的な従者が居たのだろう。今は出来なくとも、いつかは覚えさせることを誓った。
「なら先ずゴミ出し担当な、ルマは」
「うむ、よかろう」
丁度いいことに今日は日曜。プラスチックのゴミを出せるという事で、外にある共有のゴミ捨て場をルマに教えることに。
「あれ……自分の靴は?」
玄関まで行って靴置き場を見るが、冴木が良く履いてる二足しかない。奥を見ても使い古されたスリッパだけが孤独にあるだけで、特に真新しいものもなかった。
「我はいらん。よく見れば分かるが常に浮遊してるのでな」
「え? ……うわ本当だ、何でもありだなルマって」
「やろうと思えばもっと浮かぶことも可能だぞ?」
どこの猫型ロボットだとツッコミたくなったが、どうせ知らないので黙っておく。
というより約1㎝ほど浮いてるから靴が必要ないという理論には些か納得いかないので、いつかは彼女に可愛いのを買ってやろう。と、冴木は心の中で思いながら扉を開けて階段を下りていく。
***
「このアパート出てすぐ隣だから、分かりやすいだろ?」
「うむ、それは簡単なのだが――」
ルマが何を言いたいのかを、冴木は既に察していた。
「この時間帯でもゴミが一つも無いのは何故だ」
恐らく、他のアパート以上に綺麗なゴミ出し場。それは当然、冴木以外の人物がここを利用していないからであり、言うなれば彼専用であるが故の結果である。
特に隠しているつもりはなかったが、冴木がルマに「入居者は自分一人」と伝えれば、彼女は呆れるようにため息を吐いた。
「昨日の時点で薄々感じていた……人の気配は全く無いとな」
「俺も理由は知らないが、何故か他の入居者はすぐ引っ越す――って、どうした?」
右手で持っていたゴミ袋を乱雑に投げ入れると、足を動かさずにその場で立ち止まったルマ。その視線は例のアパートに向いている。
「サエキよ、我は先ほど言っただろう。人の気配“は”無いと」
「ふふふ……ようやく顔を出しおったな」
ルマが笑みを浮かべると同時に、昨日味わった空気感が変わる瞬間に再び遭遇する。まだ何にも理解できていないが、どうやら彼女が何かをするようだった。
「あー、よく分からないが俺は離れておいた方が良さそうか!?」
「構わん構わん。説明は後でするから、お主はそこで見ておけ」
「――ッ!」
冴木の背筋に鳥肌が立つ。ルマが感じていた気配とは、つまりこれのことか。恐怖や不快感と同じように、言いようもない“気持ちの悪さ”が足先からじわじわと這い上がってくるような感覚。
「そこまで瘴気を出してしまっては、我の同居人が困るだろう」
声を出すことさえ億劫になるほどの気分の悪さを覚える冴木に対し、ルマは平然とばかりにその気配と対話しているようだった。十中八九、その瘴気の正体とやらに目星はつく。
「ルマが元いた世界の奴……か?」
「ご名答。と言っても、こいつは我と無関係な魔物だ」
次第に目でも見えるようになってきた冴木。今まで自分が住んでいたアパートとは思えないほどに、何らかのどす黒い霧のようなモノが部屋中から溢れ出ている。
(こんな奴らが沢山いる世界に暮らしていたのか、ルマは……)
少しづつ集まっていた黒い霧は、一つに合体・何らかの形に変貌しようとしているようだった。もしかして、こいつが潜んでいたから他の入居者がいなかったのだろうか。
「お主に恨みはないが、この近辺で我より良い顔をするのは――
少々お痛が過ぎるぞ」
ドクリと心臓が大きく鳴る。ほんの一瞬だけ感じた痛みが無くなったかと思えば、冴木の目に映ったのは“いつも通りのアパート”だった。
先ほどまで存在していた黒い霧も、気味の悪い不快感もない。まるで悪い部分だけが取り除かれたかのように、自分の居住する場所がただそこにある。
「普通の人間ならば、瘴気を浴びた時点で気を失う」
ルマの纏う雰囲気が元に戻った。どうやら全てが終わったらしく、一仕事済んだとばかりにノビをして冴木の方を向き直す。
「お主は特異体質のようだな! 我、初めて出会ったのがサエキでよかったぞ」
眩しいくらいの笑顔を振りまく彼女を見て、冴木は自然と頭に手を置いていた。少し前まであんなに威圧感を醸し出していたルマに対して、不思議と緊張はない。
「サエキ……?」
「ルマ」
今までの十九年の人生で波乱があったかと問われた時、冴木は首を横に振るだろう。これからも平凡なまま毎日過ごすのだろうと思っていた。そんな冴木が、この二日間で感じた“非日常”。
「ありがとう」
自分にこんなドキドキを味わせてくれて。最後にそう付け足そうとする前に、段々と顔を赤らめ始めたルマに気づく。
「ん……ああ悪い、思わず撫でてしまった」
「こ、これからもし魔物が来ても、安心しろ我が全て吹っ飛ばしてやる!」
何とも頼れる同居人だ。照れ隠しに拳を突き上げるルマは、魔王の娘というより一人の少女にしか見えない。家事当番に新しく追加された“魔物退治”を担当する、一人の少女に。
「――サエキよ、そろそろお主の手料理が食べたいぞ」
「はいはい分かったよ。特別美味しいものを作ってやるさ」
家に帰ったら魔王(の娘)が居た。 羽寅 @SpringT
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