第37話 神様との再会

 栞が、倒れたと思って目を開けた時には、随分前に見たことのある場所だった。そこは、見るもの全てが真っ白で神様と会った場所だ。

 なぜ、自分がここにいるか分からずに首を左右に振って辺りを見渡す。いくら見ても誰も何もいない。栞は、段々と不安になってくる。

 ここに呼ばれたと言うことは、神様が何か用があるはずなのに……。いくら待っても姿を現さない。


 もしかして自分は、何かの手違いで死んでしまったなんてことはないよね? 栞は、何が何だか意味がわからなくて参ってしまう。

 色々なことがありすぎて疲れてもいた。栞は、その場にぺたんと座りこんで顔を自分の膝に沈めた。待つしかできないのなら、少しやすもうと思ったから。


「……し、おり。……しお、り」


 栞を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げた。目の前に、神様の綺麗な顔が迫っていてのけぞる。


「びっくりするじゃないですか!」


 栞は、今までのイライラごと神様にぶつけた。


「ごめん、ごめん。ちょっと栞の同行者たちに、お知らせしてきたら遅くなっちゃって」


 神様が、軽いノリで栞に弁解する。


「神様、それはそうと酷くないですか? 私、水晶に力を移すのがあんなに衝撃が激しいなんて聞いてません!」


 栞は、起き上がって腰に手を当て怒りを露わにした。神様に聞きたいことは、沢山あるのだ。折角機会を貰えたのだから、片っ端から質問するつもりだった。


「あー、あれね。だって、栞が来るのが遅かったから水晶もギリギリだったんだよ。空になる寸前で、力が来たから一気に吸い取っちゃったんだよ。本来なら、負担がかからないようにゆっくり水晶に移すんだけどねー」


 神様が、栞に説明した。そもそも聖女の召喚が、予定よりも遅かった。本来の予定よりも一、二年遅いのだと言う。

 召喚される方の人材が、なかなか決まらなかったのが原因だったらしい。いつもだと聖女の書が姿を現すと、興味を持つものがすぐに表れて合言葉を言い当てる。

 だけど今回は、聖女の書が姿を現しても誰も興味を示さずに教室の隅に忘れ去られていた。それを偶々、栞が見つけた。しかもすぐに合言葉を口にしたため、栞が召喚されたのだ。


 それを聞いて、栞は絶句する。そんな偶然があっていいの? やっぱり私なんかじゃなくて、もっとこの世界の為になるような人の方が良かったんじゃ……。


「あれ、何でいきなり落ち込むんだい? 結果的に立派に役目を果たせたから凄かったじゃないか」


 栞が突然、落ち込みを見せたので神様が慰めてくれる。


「だって、そんな偶然ってあるの? 私なんかじゃない方が良かったと思う……」


 栞は、俯いて落ち込む。


「何だ、そんなこと。召喚なんてされてやって来るのは、聖女の書を偶然見つけた子だよ。そんなに変わらないよ。それに栞は今回、とても素晴らしいことをした」


 神様が突然、真剣な眼差しになる。栞は、意味がわからなくて神様の言葉を待った。


「栞は、妖精の女の子に自信を芽生えさせたんだ。今は、小さな小さな二葉だけどきっと大きな花が咲く。そんなことをした聖女は、いまだかつて誰もいないよ」


 神様が、優しい笑顔で笑ってくれた。言われた内容が、栞には汲み取れない。


「でも、そんなこと誰だってできるよ……」


「栞はさ、異世界に行く前よりも表情が明るくなったし、失敗を恐れなくなったよね? それって自分に自信が持てるようになったって事だろう? それって栞にとって簡単なことだったのかい? 周りのみなが居なくても今の自分になれていたと思うかい?」


 神様が、ゆっくりと大切なことを言う様に優しい声で説く。栞は、神様に言われたことを心の中で考える。

 この数カ月間の思い出が、頭を過って胸が熱くなる。今の自分に変われたのは、簡単なことじゃなかった。自分だって頑張ったけど、支えてくれた人がいたからこそだった。


 そして誰かを支える、信じてあげるってことは難しいことなのだってさっき知ったばかり。栞は、首を横に振って神様に言った。


「違う。誰だって変われるけど、それには本人の努力とか周りの助けとかがいる。だから簡単なことなんかじゃなかった」


 神様が、うんうんと頷いている。


「そうだろう。あの妖精の子も一緒だよ。栞がいたから、一歩が踏み出せた。栞じゃなきゃ駄目だった。君がこの世界に来たからこそ、あの子の中に芽生えたんだ。きっとこの世界はもっと良くなれる。僕はね、誰かの心に花を咲かせるのは誰かだって思っている。そうやって世界が回っていって欲しいんだ」


 神様が、栞に笑顔を溢す。栞も、そんな優しい世界は美しいだろうと思う。


「って、ことでそろそろいいかな? 栞が戻る時間みたいだ。ここだとそんなに時間が経ってないと思うだろうけど、外だと五日経っているみたいだから。よろしく」


 神様の口調が、突然軽いものに戻る。神様が良いことを言うから、とても感動していたのに……。余韻にさえ浸っていたというのに……。


「それでね、聖域の中はちょっと特殊で水晶が力を小出しにできるように聖域内の時間の流れを物凄くゆっくりにしていたんだよ。それが今は、元に戻っているからその分を考えると、聖域の外の時間が多分結構進んじゃっているんだよね。まー、無事に役目も終えたし後は帰るだけだからさっ。最後まで頑張って!」


 神様が、栞にガッツポーズを送る。栞は、突然の展開に追付いて行かない。えっ? 時間の流れが違う? ちょっと意味がわからない……。

 頭の中で考えていると、目の前の神様が栞に手を振っている。


「じゃあねー」


 そう言われた瞬間、栞の意識はまた途切れた。まだ、聞きたいことはあるっつーの! 意識が途切れる寸前、心の中で叫んだ栞だった。

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