第38話 お役目終了
栞が目を覚ますと、今度はみんながいる洞窟の中だった。みんなが気を遣って、栞が寝かされている場所はとても寝心地のいいように整えられていた。
外から、柔らかい草を探してきたのか地面にそれを敷き詰めていた。自分達の毛布も栞の為に使われていて、目覚めた時はとても体が温かかった。
栞は、ゆっくりと腰を起こした。それに一番初めに気づいたのは、ルイーダだった。
「起きたかい? 何か違和感があるところがあるかい?」
ルイーダが、栞の前に来てしゃがみ込んだ。手を額にのせて、熱などがないか確認している。栞は、自分の体を確認した。
どれくらい寝ていたのかわからないが、何となく体が重い。
「熱はないね。大丈夫かい?」
栞が、なかなかしゃべらないのでルイーダが心配したようだ。
「大丈夫です。目覚めたばかりで、ちょっと体が重いかな? ってくらいで」
栞は、ルイーダに向かって返答する。久しぶりに声を出したからか、口が重い。何か飲みたいと思った。
「栞ちゃん、お水だよ。喉が渇いてない?」
ルイーダの後ろから、カイ先生が顔を出してコップに入った水を差しだしてくれた。
「丁度、何か飲みたいって思ったところでした。いただきます」
栞は、カイ先生からコップを受け取って水を口に含んだ。久しぶりに飲む水が冷たくて美味しい。
「ありがとうございます。飲んだらちょっと生き返ったみたい」
栞は、笑顔でカイ先生に顔を向けた。少し距離を取って見ていた、ユーインとドミニクも栞の傍にきて声をかける。
「ちゃんと目を覚まして良かったよ。倒れてから、今日で五日目だぞ」
ユーインが、ホッとしたような顔で教えてくれた。
「栞殿、きちんと役目を果たしましたぞ! 素晴らしい活躍でした」
ドミニクが、栞に向かって尊敬の眼差しを向けて言った。みんなのいつも通りの声を聞いて栞は凄く安心する。
無事に役目を終えられたことが嬉しかった。
「五日も経っているなんてびっくり。私、ちょっと神様と話していただけだったのに」
栞は、倒れた時に起こった話をみんなに聞かせた。すると、ユーインも創造主が栞の状態を知らせにきたと教えてくれる。
みんな創造主の話を聞いて、この世界について考えを巡らせているようだった。みんなとの話し合いがひと段落つくと、ピピンとポポンが栞に話しかけて来た。
「栞、ピピンのことありがとう。俺、正直もう駄目だと思ってた。俺が探しに行こうと思ったけど……みんなと一日は待とうって決めて」
ポポンは、栞とピピンがメンバーとはぐれてしまったことに責任を感じていた。
「ポポン、ピピンは諦めなかったよ。沢山褒めてあげて」
栞は、ポポンと目を合わせてはっきりと告げた。
「そんな、栞が励ましてくれて、間違えても何回もやり直しさせてくれたからだよ」
ピピンが、びっくりして栞に訴える。
「うん。何回も間違えたけど、ちゃんと最後に正しい道を見つけてくれた。それってやっぱり、ピピンのお陰だよ。ピピンが、この世界を救ったんだよ!」
栞は、ピピンににっこり笑いかける。ピピンは、そんな大それたことしていないと言い張っていたが、ちょっと耳が赤くなっていた。
それから栞は、数日なにも食べていなかったのでフルーツなどを食べてお腹を満たした。みなは、この場で一日休んで明日出発しようと提案したが栞が反対した。
神様が言っていたことが本当なら、聖域の外はここよりも時間が進んでるはずだ。それなら、できるだけ早く戻った方がいいと思った。
栞は、自分はもう大丈夫だからとそれからすぐに出発した。そして、行きよりも足が慣れたのか、栞の体力が付いたのか早く進むことができた。
帰りは三日で聖域の境界まで戻って来た。
約二週間程の聖域での旅は、これで終了となる。ピピンとポポンの二人とは、ここでお別れだ。
「ピピン、ポポン、道案内ありがとう。無事に役目を果たせたよ」
栞は、二人にお礼を言った。
「おいらの方が感謝しかないよ。聖域を守ってくれてありがとう」
ポポンが、栞に頭を下げた。
「栞、私頑張るね。失敗しても諦めないよ」
ピピンが、会った時とは違う目の輝きを灯して栞に元気一杯言った。
「うん。私もピピンに負けないように頑張るよ!」
栞も、拳を握ってピピンに向かって言った。そして二人で笑い合う。
「じゃあ、私らは行くよ。二人はこれからどうするんだい?」
ルイーダが、二人に訊ねた。
「おいらたちは、妖精の里に戻って無事に役目を終えたって報告に行くよ。また次の1000年後に備えて語り継ぐよ」
ポポンが、誇らしそうにルイーダに答える。
「そうかい。では、元気でな」
ルイーダは、二人にそう言うと聖域の外へと向かって歩く。栞も、二人に手を振った。
「じゃあね、元気でね」
ピピンもポポンも、手を振り返す。
「ああ、栞も元気で」
「栞、元気でね」
五人は、ルイーダの後を追う。栞は、最後に振り返って二人に大きく手を振った。二人もそれに応えて、手を振り返してくれる。
栞は、二人の姿を目に焼き付けて聖域から外に一歩を踏み出した。
聖域から出ると、来た時と同じようにだだっ広い何もない原っぱが広がっていた。後ろを振り返って聖域の中を見ても、もう何も見えない。
「さあ、私たちも早く帰ろう。わたしゃ、ゆっくり風呂につかりたいよ」
ルイーダがそう言って、指をパチンと鳴らした。来た時に乗っていた、荷馬車が目の前に出現する。
皆、おおーっと言ったように感動していた。
「やっぱり、魔法って凄い!」
栞は、目を輝かせてルイーダに言った。
「今回ばかりは、私もそう思うよ。さあ、みんなさっさと乗った」
ルイーダが笑いながら、自分も操縦席に腰を降ろした。帰りの荷馬車の中は、四人で楽しくおしゃべりしていた。
この二週間でとても仲が良くなってしまった。これでこの五人での生活は、終わりなのかと思うと寂しくなってしまう。
でも、みんなそれぞれの生活があるから仕方ない。自分にだって、また薬を配達したり作ったりする生活が待っている。
きっと平常に戻れば、その生活が楽しくなるはずだと栞は前向きに考えた。
帰りは、あっと言う間の道のりだった。荷馬車からエリントン領が見えてくると、何だか懐かしさが込み上げてくる。栞は、帰って来たんだなと景色を見ながら感じた。
ルイーダは、初めにカイ先生の診療所の前に荷馬車を降ろす。カイ先生とドミニクが荷馬車から降りた。
「栞、お疲れ様。大冒険だったけど、楽しかったよ。落ち着いたら、また診療所にもおいで」
カイ先生が、栞に挨拶をする。
「はい。私もカイ先生がいてくれて良かったです。お疲れさまでした。また診療所にも顔出しますね」
栞が、笑顔で応答する。
「栞殿。お世話になりました。王都に帰る前に、一度挨拶に伺います」
ドミニクが、いつもの真面目な顔で栞にお礼を言った。
「そんな、私の方こそお世話になりっぱなしでした。ドミニクさんが騎士として付いて来てくれて、頼もしかったです。また、会いましょう」
栞は、ドミニクに手を差し出して握手を求めた。ドミニクも手を出してくれて、握手に応じる。栞は、笑顔で手をブンブンと左右に振る。ドミニクも、表情を崩して笑ってくれた。
「じゃあね、お疲れさん。また」
ルイーダはそう言うと、操縦席で前に向き直りいつものように指示を出す。
「さあ、いけ。行先は、我が家」
白い靄の馬が、地面を蹴って空に昇る。栞は、カイ先生とドミニクに大きく手を振った。二人も、手を振り返してくれる。
荷馬車は、ぐんぐん進みあっという間にルイーダの屋敷に到着した。すると、見た事のない馬車が止まっているのが見える。
「ユーイン、なんか馬車が止まっているね。誰か来ているのかな?」
栞は、荷馬車から降りながらユーインに訊ねた。ユーインは、心当たりがあるのか驚きの表情を浮かべている。
「何だい、何だい。留守中に人の家の前に馬車を停めるなんて、どこのどいつだい」
ルイーダが、怒って馬車の戸を叩いている。すると、馬車の戸がガチャっと開き中からとても怖そうなおじ様が出て来た。
「父上……」
ユーインが、驚きとともに言葉にした。栞もユーインの言葉を聞き、え? この人ユーインのお父さんなの? とびっくりする。
「ユーイン、やっと戻ったか。何をやっているんだ。旅に出たと連絡を受けてから二ヵ月も経っているんだぞ」
ユーインの父親だと言う人は、驚きの一言を放った。
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