第36話 神様あらわる

 ユーインが、泣き出して栞は焦る。どうししたら良いのかわからない。栞は抱きしめ返すこともできずに、周りに視線を送った。

 他の三人もホッとした表情で、良かったと肩を撫で降ろしている。栞は、助けてもらいたくてカイ先生に視線を送るが、やれやれといった顔で助けてくれる気配がない。


 栞は、恐る恐るユーインに声をかけた。


「ユ、ユーイン、心配かけてごめんね」


 ユーインが、ガバリと顔を上げて栞を見る。栞の両肩に手をかけて、物凄い形相で言われた。


「ああ言うのはやめろ! 俺なんかよりもお前の方が大事なんだよ!」


 ユーインが、栞を思う気持ちが伝わってきてドキドキしてしまう。顔も近くて、いつものユーインじゃないみたいだった。


「ご、ごめんね。でも私、聖女だから大丈夫だったよ。あんな崖から落ちたけど傷一つなかったし」


 栞は、居たたまれなくて顔を俯ける。ユーインの勢いが凄くて若干怖い。ユーインが、手を離して盛大に溜息をつく。


「はぁー全く……。でも本当に良かった……」


 ユーインは、そう小さく呟くと栞から離れて後は何も言わなかった。今度はルイーダが、栞の元に来て話をした。


「全く、心配したじゃないか……。でもちゃんと辿り着けて良かった。私らもあの後大変で、探しに行く余裕がなかったんだよ」


 ルイーダが、驚くことを教えてくれた。栞が、崖から落ちるとそれを待っていたかのように、獣や猛毒を持っている昆虫たちに襲われたらしい。

 初めのうちは、ドミニクを中心にそれらを追い払ってあの場に留まっていたが状況が好転しなかった。

 ポポンに、先に水晶の場所に向かった方がいいと説得されてこの場所に来たのだそう。この場所は、聖域でも特別な場所で生き物などは入れない。聖域に許可された者だけが入れるのだそう。

 なんて不思議な入口なのだと栞は思う。多分、神様の力が使われているのかな……。


「そうだったんですね……。私の方は、ピピンが頑張ってくれて何とか辿り着けました」


 そう言った瞬間、ここに来るまでの道中のことが突然思い出された。不安だったけど、怖かったけど何とか気持ちを押し殺してここまで来られた。

 その思いが沸き上がってきて、栞はルイーダに抱き着いた。


「ルイーダさん、私、頑張りました」


 栞は、ルイーダの胸で泣いた。彼女も栞の肩を優しく擦ってくれた。


 それから暫くの間、栞が泣き止んで落ち着くまでみんなは何も言わずに待っていてくれた。栞は、気が済むまで泣かせてもらった後にルイーダからゆっくりと離れる。

 きっと目も真っ赤で、顔もぐちゃぐちゃで恥ずかしい。みんなに背を向けて、目の前に広がる透明で透き通った湖を見た。

 栞は、何も考えずに湖の前でしゃがみ込んで手に水をすくった。そのまま、顔に付けてぐちゃぐちゃの顔を洗う。

 水を顔に付けた瞬間、何だか顔の熱が引いてすっきりした気がした。ハンカチを出して顔を拭く。


「ルイーダさん、何だか顔がすっきりしました」


 栞は、振り返ってルイーダに伝えた。


「すっかり元通りになっているよ。この湖は何かの力があるのかもしれないね」


 ルイーダが、驚いた顔をしてそう教えてくれた。鏡がないので自分では確認できないが、良かったと栞は思う。

 そのまま栞は、カイ先生とドミニクのところに行って無事で良かったと話をした。二人とも、栞が無事だったことを喜んでくれた。ドミニクは、かなり落ち込んでいた。


「自分がいながら、不甲斐なくて申し訳ありません」


 ドミニクは、全く悪くないのに頭を下げる。


「そんな、ドミニクさんの所為ではないですよ。近くにいなかったのは私ですし。それよりも、ドミニクさんがみんなを守りながら、ここに辿り着いたんですよね。やっぱり凄いです」


 栞は、尊敬の眼差しをドミニクに向けた。よく見ると、ドミニクの騎士服はあちこち破れていて汚れていた。獣たちを追い払うので、苦戦した証だ。


「いえ、自分の仕事ですから!」


 栞に褒められて、ちょっと恥ずかしかったのか頬か少し赤い。そんな風に、みんなと話ができて本当に良かった。

 ホッとしていたら、ポポンにしゃべりかけられる。


「栞、じゃあそろそろいいか? あの水晶に栞が手を触れさえすれば、後は勝手に力を吸い取るから。実は、水晶があんな風にチカチカしているの見た事がないんだよ。できれば、すぐにお願いしたい」


 ポポンが、説明した先には大きな岩のような水晶が湖の真ん中に立っていた。湖を囲うようにして、あちこちに小さな水晶が転がっていたり土の壁の中に食い込んでいる。

 それらは、紫色をしているのだが湖の中に立つ大きな水晶だけは透明で光輝いていた。よく見ると、その光がチカチカ点滅しているように見える。


「確かに、何だか点滅しているね。わかった、じゃあ、早いところ済ませて来る」


 栞は、湖の中を覗き込む。透明なので底が見える。恐らく、水深は深くない。きっと栞の膝丈くらいだろうと推測する。

 靴と靴下を脱いで湖の中に入った。水は、ひんやりと少し冷たかった。構わずに栞は水晶のところまで進む。

 水晶の前に立つと大きく深呼吸した。流石にちょっと緊張したのだ。


 ゆっくりと右手を水晶に近づけて、そのまま掌で水晶に触れた。


 その瞬間――――。


 栞の掌に触れた場所から光が瞬き出して、金色の光に包まれる。それと同時に、一気に栞の中の何かが持っていかれる感覚があった。

 もう立っていられない、そう思った時には意識がどこかに飛んでいた。




 突然、栞が光に包まれたかと思ったら栞が膝から崩れ落ちた。その場にいた全員が、栞の元に走る。

 一番先に抱き留めたのはカイだった。カイは、栞を横抱きにして湖から上がる。ルイーダがすぐに栞を横たえられるように、敷物などを引いた。

 カイがゆっくりと栞を降ろす。顔を見ると、完全に意識を失っていた。呼吸音を確かめると息はしている。カイは、詰めていた息を吐いた。

 すると、栞の周りが光り輝きビューとその場に大きな風が吹いた。洞窟になっているこの場所に、風が吹くなんてとみな驚く。栞を見るとすっかり衣服が渇いていた。


「あっ」


 ユーインが、栞が横になっている上空を見て声を出した。つられてみなが同じ方を見ると、そこには見た事もない人が宙に浮いて立っていた。


「みんなお疲れ様。間に合って良かった良かった。実に危なかったよねー。僕、もうこの世界駄目なのかと思ったよー」


 その人は、真っ白い衣服に身を纏って、真っ白で長い髪を一つに編んでいる。みなが察するも、実物を見た者はなく驚きで固まっていた。誰も声を発せられない。


「んで、別に姿現すつもりなかったんだけど、一応お知らせしとこうと思って。限界だった水晶が、この子から一気に力を吸い取っちゃったんだよ。そしたら、流石に反動が凄かったみたいで眠りについちゃったの。いつもだと一日だけなんだけど、多分一週間くらい目を覚まさないかも。じゃ、そう言うことで」


 皆が言葉もなく凝視していたその人物は、自分が言いたいことだけ言うとパッと姿を消した。


「まじかよ……。今のって……、創造主様なのでは?」


 ユーインの零れた言葉だけが、静まり返った洞窟内に響き渡った。

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