第35話 みんなと合流する
栞は、ピピンが飛んで行ってしまった方向を呆然と見ていた。置いて行かれてしまったショックに、立ち尽くしてしまう。
強く言い過ぎてしまったと後悔が募る。でも、栞だっていい加減限界だった。ピピンを見ていると、自分がしっかりしなければと言う思いに駆られた。
だから昨日からずっと、気を張り続けていた。栞だって本当は、行き止まりになる度に泣きたい気持ちをずっと堪えていたのだ。
一人きりにされた心細さから、じわじわと目元に熱が上ってくる。堪えようのない涙が、栞の目から流れ出る。
下を向いて俯き、やるせない気持ちを堪えるように拳を握りしめた。
どれくらいそうしていたのだろう。一頻り涙を流した栞は、自分の右腕にはまる腕輪に目がいった。昨日、このお守りがあるから大丈夫だって思ったばっかりだ。
泣いている場合じゃない。ケイの薬だってきっとそろそろ無くなるころだ。また、あの星の木がある広場で、ケイに沢山話を聞いて貰うって昨日決めたんだから!
泣くのを止めて、右腕でグイっと涙を払う。ピピンが飛んで行った方向に、鋭い視線を向ける。
必ずピピンは、聖なる池への道を見つけて戻って来る。ここに来るまで、栞はピピンにルイーダが自分にしてくれるように接したつもりだ。
その気持ちを、きっとピピンだってわかっているはず。栞は、ピピンを信じて待とうと決めた。
ピピンが戻って来たらすぐに歩き出せるように、丁度いい岩場を見つけて座り込む。今は、体を休ませてピピンを待とうと決めた。
膝を抱えて座り込んでいた栞は、いつの間にか眠ってしまった。栞の耳に、遠くからピピンが呼んでいる気がした。
「……し…おり。……しお……り。栞、起きて!」
ハッとして、栞は勢いよく顔を上げた。そこには、目を輝かせたピピンが羽をはためかせて飛んでいた。
「ピピン! 良かった。戻ってきてくれた!」
栞は、嬉しくて岩場から立ち上がる。
「栞、ごめんね。私、うまく案内することができなくて……。でも、今度こそ大丈夫。聖なる池までの道、見つけて来たよ!」
ピピンが、栞の肩に止まってぴょんぴょんと飛び跳ねている。栞はそれを聞いて、本当に良かったと安心する。
気を抜くと涙が零れそうだったから、栞はグッと歯を食いしばる。泣いて喜ぶのは、みんなと合流してからだ。
「よし! ピピン、行こう」
栞は、拳を握りしめて気合を入れる。そして、ピピンに案内して貰いながら道を進んだ。今回の道はかなり険しい。
栞よりも背丈が高い草を、かき分けながら進んでいる。草の先端で肌を切ってしまいそうだが、不思議なことに傷ができない。
聖女の加護って何なのかな? と栞は疑問だらけだった。
「草の道は、ここまでだよ。あと少しだからね」
歩いている先を見ると、目の前の草の合間から空間が広がっているのがわかった。歩きづらいのもここで終わりだと栞はホッとする。
最後の草をかき分けて一歩足を踏み出すと、目の前は何と崖になっていた。
「ピピン、すぐに崖があるなら先に言ってー」
栞は、驚いて足を引いてしまう。
「あっ、ごめんね。私もすっかり忘れてた」
ピピンは、申し訳なさそうな顔をして謝る。きっとピピンは飛べるから、あまり崖があるとか関係ないのだろうと栞は思った。
「栞見て。下は川になってて、あそこの丸太を渡った向こう側に聖なる池があるの。もうすぐだから!」
ピピンが、指さして教えてくれる方向を見る。言われた通り崖の上に、栞が三人いても手が届かないような、太い木の幹が横たわっていた。
あの上を歩いて向こうに行くのか……。栞は、溜息が出そうになるのを堪える。下を見たら渡れる気がしない。栞は、向こう岸の方をじっと見つめた。
栞は一つ大きく深呼吸をする。
「よし! 行くっきゃない!」
栞は、木の幹によじ登ってゆっくり足を進める。充分な太さがあるから、真っすぐにバランスさえ崩さなければ大丈夫なはず。
距離もそれほど長い訳ではない、慎重にゆっくりと栞は進んだ。
無事に向こう岸まで歩ききり、栞ははぁーっと大きく息を吐く。良かった、無事に渡れた。もしかしたら落ちても栞なら大丈夫なのかもしれないけれど、その場合また振り出しに戻る。そんなの絶対に嫌だ。
「ピピン、早く聖なる池に行こう。きっとみんな待ってる」
栞は、ピピンをせかして前に進む。ピピンもわかったと頷いて、栞の前を堂々と飛んで案内を続けた。
この一日で、ピピンも成長したなと栞は思う。あと少しだ。自分、頑張ろうと心の中で呟いた。
ピピンの後を歩いていると、見た事のある景色に辿り着く。昨日目にした聖なる池だった。良かったと涙が出そうになるのをグッと堪える。
昨日と同じように。木の根や大きな岩を足場に、池の中を歩いて行く。池を渡りきると昨日、休憩しようと言われた場所に辿りついた。
辺りをキョロキョロと見回して見るが、他の四人の姿は見えない。それに、どうも昨日とは違い何か違和感があった。
何だろうと首を傾げる。暫く周りを見ていて気付いた。この場所の草木が荒れている。大きな樹の枝が折れている箇所が何か所もあった。
ここで何かがあったのかも知れない。栞は嫌な予感がする。
「ピピン、どうしよう? 水晶のところに行った方がいいのかな?」
栞は、どうすればいいか分からずにピピンに訊ねる。ピピンも周辺の異変に気付いたのか、暫く考えていた。
「栞は聖女だから。役目を果たした方がいいと思う。きっとみんなも水晶の場所にいると思う」
ピピンが自分の考えを述べた。確かに、もし水晶の場所にみんながいなくても、栞が役目を終わらせておくに越した事はない。
ピピンの言うことは尤もだと感じ、栞は水晶の場所に向かうことにした。
栞は、ピピンに水晶の場所に案内するようにお願いする。ピピンは頷くと、その場を離れて先に進んだ。栞も後に続く。
そこからは、真っすぐに一本道だった。今までは道と言える場所ではなく、足場を確認しながら先に進んでいた。それが地面は平坦で森の中の小道のようになっている。
30分くらい歩いただろうか? ピピンが止まって指さした。
「栞、着いたよ! あの木の幹の穴が、入り口になっているの」
栞は、ピピンが差し示した方を見て驚く。気を付けて見ていないと見落としてしまうほど、小さな穴だった。
ピピンが指さす木は、今まで見てきたなかでは細くて心もとないものだった。栞は、言われた通りに入口の前まで進む。
人一人がギリギリ入るくらいの穴だ。腰を低くして中を覗く。外からじゃ、真っ暗で中は見えなかった。
「私、後から入るから先に栞が入って。入口は小さいけど、中は広くて大きいから」
ピピンにそう言われて、栞は恐る恐る顔から穴の中に入る。最初は真っ暗だったはずが、体ごと穴の中に入ると眩しい光に照らされた。
突然の眩しさに、目が驚いてしまう。中に入ってしまえば、大きな空間だとわかり目を細めながら栞は立ち上がった。
目が慣れて来ると、景色がはっきりしだす。そこは、紫の水晶が光り輝く神聖な気を感じる空間だった。
同時に、栞の見知った四人の顔が目に入る。ああ、良かったとみんなの名前を叫ぼうとしたら、ユーインが凄い勢いで栞の元に走って来た。
目の前まで来て、怒られるっと栞は顔を逸らした瞬間――――。
ユーインに力強く抱きしめられた。
「心配しただろうが! 本当に良かった」
そう言って、ユーインは栞を抱きしめながら泣き出した。
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