第34話 栞、怒ってしまう

 その日は、栞一人だけで夜を明かすことになった。いつもなら他の四人がいて、賑やかで笑顔で溢れている。

 毎日の食料は、ポポンとピピンがどこからともなく採って来てくれた。大抵果物で、とても甘くて美味しかった。

 カイ先生やレジーナが上手に果物を剥いてくれて、皆に同じ量になるように配ってくれた。だけど流石に栞でも果物だけだと口さびしい。早くルイーダの家に帰って、お肉を沢山食べたいと思う。

 だから、ドミニクにこんな量で足りるのか心配だったから訊ねたことがあった。


「ドミニクさんは、果物だけで足りてます? いつもはもっと一杯食べていますよね?」


 ドミニクは、栞の問いに笑って答えてくれた。


「栞殿、心配はいりません! 騎士たるもの、どんな戦場に駆り出されるかわからないのです。充分な食糧がない場合の訓練も受けております」


 そうドミニクが、誇らしげに言い切る。騎士の仕事は、栞にはイメージしづらいがそう言われたらそういうものなのかと納得する。

 騎士って大変な仕事なのだと改めて思う。今回は、特にドミニクが活躍するような場面がないけれど、最後までそうあって欲しい。


 三日間の間で、栞はドミニクとも仲良くなった。最初は聖女様と呼ばれて面食らったが、名前で呼んで欲しいと言ったら快く快諾してくれた。

 もっと我が道をいく人なのかと思ったが、きちんと栞の言葉を聞いてくれて合わせてくれた。王宮騎士団の副団長も伊達じゃないのだと、栞は尊敬の念を抱いた。


 カイ先生とも沢山お話をした。カイ先生は、いつも栞を気遣ってくれるのでとても安心感があった。

 父親のようって言ったら、カイ先生は若すぎるのかもしれないけど……。狼だから本当なら怖いのかも知れないけれど、栞から見たら可愛くて仕方がなかった。

 そんなこと考えるのは、失礼だろうとわかってはいる。だけど、カイ先生が視界に入る度に、尻尾がフワフワで一度触らせて頂きたいとついつい見てしまう。

 カイ先生もその視線には気づいていたが、笑って流すだけだった。


 でも昨日の夜に、カイ先生が根負けしたのが栞に声をかけてくれた。


「栞、仕方ないから一回だけだよ。本当は、尻尾は特別な人しか触ったら駄目なんだからね」


 栞は、カイ先生からの了承が出て後半に言われた言葉は殆ど聞いていなかった。


「ありがとうございます。カイ先生! では、ちょっとだけ失礼します」


 栞は、カイ先生の尻尾に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。思った以上にモフモフしていて、触り心地が最高にいい。

 栞は、欲求が我慢できず尻尾を抱き寄せて顔にすりすりしてしまう。周りにいたみんなは、きっと呆れていたと思う。特にユーインの冷めた目が、多分物凄く痛かった。

 我に返った栞は、尻尾から手を離す。


「カイ先生、ありがとうございました」


 栞はずっと触っていたかったが、無理やり手を離してお礼を言った。


「あっ、うん。良かったよ。これ以上は僕もちょっと……」


 カイ先生が、気まずい表情で顔を逸らした。栞は、やり過ぎてしまったと反省する。


 そんな風にこの三日間、夜の時間は四人で賑やかに過ごしていた。それが、今日は一人ぼっち。ピピンがいるが、今日の感じを考えると心元なかった。


 ピピンが頑張っているのはわかる。何度も空高く昇って場所を確認していたし、栞を気にしていた。でも、何度も行き止まりになった。

 足場が悪く、先に進めない場所もあった。その度に、何度も迂回して体感的には全く進んでいるように感じられなかった。


 今、ピピンは食べ物を探しに行ってくれている。栞は、さっきから溜息が止まらない。迂回する度に、怒りたい気持ちがあった。八つ当たりしたい気持ちもあった。

 でもその気持ちをぐっと堪えて先に進んだ。


 栞は、ルイーダやユーインのことを考えていた。ルイーダは、栞が何度失敗しても声を荒げる事はしなかった。何度だって教え直してくれた。今、それを思うとルイーダに頭が上がらない。

 それがどんなに根気がいることなのか。忍耐力がいることなのか、分かり過ぎるくらい実感していた。


 それにユーインも同じだった。失敗する度に、泣き言を聞いてくれた。嫌な顔はするし、厳しい事も言うけれど、今のこの状態を考えたら当たり前だ。ピピンは栞なんだと思った。

 だから自分がしてもらったことを、ピピンにもしてあげなければと怒りの気持ちを踏みとどまれた。

 聖なる池に無事に辿り着けたら、ピピンにもほんの少しの自信になればいい。


 栞は、洞穴の中で膝を抱え込もうとした時に、自分の腕にはまる腕輪が目に入る。ケイからもらったお守りだ。

 ケイに最後に会ったのは三日前。たったの三日なのに、もう随分会っていない気がする。それだけ、この旅が栞にとってプレッシャーになっているのかも知れない。

 ケイは、お守りだって言っていた。だからきっと大丈夫。早くエリントン領に戻って、またケイとあの広場で話をしたい。

 栞は、腕輪にそっと手を添えてケイの顔を思い出していた。


 翌日、目を覚ました栞はピピンを見る。ピピンは、羽をしまって栞が拾ってきた綺麗な葉っぱを寝床にして寝ていた。

 栞は、穴の中から出て空を見上げた。この四日間ずっと見ている、真っ白い空の色。今日こそは、さっさと聖なる池に戻ってみんなと合流するのだと気合を入れる。

 穴の中を覗いて、ピピンを起こした。


 昨日残した果物を食べて、ピピンと一緒に栞は出発する。


「ピピン、今日こそ聖なる池に辿り着こうね!」


 栞は、元気よくピピンに声をかけた。


「栞、私頑張るね。昨日は何度も間違った道を行ったのに、栞は一度も怒らなかった。今日こそは、私ちゃんと道案内するよ」


 ピピンもやる気になっているようで、栞は安心した。崖から落ちた直後のピピンよりも、やる気に満ちている。いい傾向だと栞は、嬉しさを覚えた。

 そして昨日と同じように、ピピンの船頭のもと歩き出す。暫く行くと、明らかに昨日とは違った場所を歩いている気がした。


「ピピン、なんか近づいているっぽい?」


 栞は嬉しくなって、ピピンに訊ねる。


「栞もわかる? 空気が綺麗になっているよね。昨日、果物を探しながら道を探していたんだ。良かった。今日はちゃんと聖なる池に向かってる」


 ピピンも嬉しいらしく笑顔が零れる。栞はこの調子だと拳を握り締めた。そしてそれからも栞は歩き続けた。だけど、少しずつ違和感を覚える。

 さっきから何度も同じ場所を、グルグルと回っているだけの気がしていた。それでも栞は、無言で歩いた。でも暫くして、我慢できずにピピンに言ってしまう。


「ピピン! もうここ、さっきから何回も歩いた!」


 栞のイライラが限界を達して、その気持ちのままピピンにぶつけてしまった。ピピンは、栞は振り返ってしょんぼりしている。


「ごめんなさい。本当にもう少しのはずなんだけど……。栞、ちょっと待ってて」


 そう言ってピピンは、栞の前から姿を消した。

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