第33話 栞、みんなとはぐれる

 落ちながら「住吉ー」と叫ぶユーインの声が聞こえたが、どうすることもできずに栞は真っ逆さまに落ちて行く。

 何処かに捕まろうとするが、栞の握力では無理だった。結局、突き出た木の枝や草に直撃しながら落ちて行く。

 地面が見えてきて、ドスンと勢いよく体がぶつかるっとギュっと目を閉じた。その瞬間、フワッと体が宙に浮いてゆっくりと地面に着地した。


 栞は、恐々目を開ける。きっとあちこちケガしているだろうと自分の体に目を向けた。驚く事に、全くの無傷だった。

 栞は立ち上がって、どこも痛みを感じないことを確認する。そして、そうだピピンは? と肩に目を向けると驚いた顔をしたピピンがそこにいた。


「ピピン、良かった。ケガはない?」


 栞は、肩から自分の手の平に移動させてピピンの様子を窺った。


「栞の肩にしがみついていたから大丈夫だった。びっくりしたー。でも凄かった。枝とか葉っぱとか、栞に直撃せずに避けてたよ。聖女の加護って凄いんだね」


 ピピンが神聖なものを見る目で栞を見ている。栞には一瞬のことだったし、怖くて目をつぶっていたからそんなことまで見ていなかった。

 栞が無傷なのは、そのためなのかと自分の体をまじまじと見なおした。そこで、はたと栞は思う。


「こんな加護いらないから、もっと簡単な道程にしてー神様―!」


 栞は、我慢ならずにその場で空に向かって叫ぶ。なんで、こんな面倒な過程を作ったのか……。しかもなんで、自分が1000年に一度の年に当たるのか。

 ここに来て、自分の不運に泣いた。


「栞、大丈夫? 神様ってなに?」


 ピピンが突然、栞が叫んだので驚いている。栞は、ピピンを斜め掛けしていたポシェットの上に乗せた。肩よりもここの方がしゃべりやすい。


「この世界で言う、創造主ってやつ。それにしても、これからどうしよう? ピピン、ここがどこだかわかる?」


 栞は、途方に暮れてピピンに訊ねた。ピピンは、羽を広げて栞の周りを飛び回ってこの場所がどこなのか確認している。


「聖なる池の丁度、真下に落ちたと思うから多分位置はわかると思う」


 ピピンが考えながら栞の問いに答える。それを聞いて、栞は少し安心した。全くわからないところにいたら大変だった。どこに向かえばいいのか、さっぱり栞にはわからないのだから。


「じゃあー、とりあえずさっきの聖なる池に向かって歩こう」


 栞は、ピピンに促す。


「もしかして、私が案内するの?」


 ピピンが、急に心細くなったのか驚いた顔を栞に向けた。


「だってピピンしかいないし。大体の場所がわかっているなら大丈夫でしょ?」


 栞は、元気よく答える。きっとみんな心配しているから、早く合流しなければとそればかりが頭を占める。


「そんなの無理だよ。だって私だよ? 聖女の案内役の資格持ってないのに……。飛んで行くならすぐに戻れるけど、歩く道なんてわからないよ」


 ピピンが、目に涙を滲めて今にも泣き出しそうだった。その姿を見た栞は、自分みたいだと思った。

 きっと昔の栞だったら、多分泣いていてその場から一歩も動けなかったと思う。


「ピピン、きっと大丈夫だよ。私も頑張って歩くから聖なる池まで頑張ろう。聖なる池まで行ったら、水晶の場所まで行けるよね?」


 ポポンが、水晶の場所までもう少しだと言っていた。きっと聖なる池が、水晶の場所までの目的地なんだと思った。


「私、いつも失敗ばかりで上手くいったことないのに……。グス。どうしよう……」


 ピピンが途方に暮れている。栞は、できるだけ明るい声で言った。


「失敗してもいいよ。とにかく聖なる池の方角に進もう」


 ピピンはそれでもグズグズしていたが、栞は落ちて来た方角に向かって歩き始める。


「ピピン、とりあえずこの上から落ちて来たんだから方角はこっちの方向でいいね?」


 ピピンも諦めたのか、首を縦に振った。それを見て栞は歩く。歩きながらピピンに方角を確認して貰う。

 たまにどうしても行きたい方向に、大きな岩や木の大木に囲まれていて迂回する羽目になる。段々と栞は、崖の方角がどっちなのかわからなくなって来ていた。


「ピピン、どう? 方角あってる?」


 栞は、段々と歩きながら迷いが強くなる。落ちたあの場所で待っていた方が良かったのかもしれない。

 でも、他の四人だって道案内は必要だし聖女である栞が居なくなったとなっては危険と背中合わせになっていたっておかしくない。

 そう思ったら、自分なんかよりも四人の方が心配になってきてしまう。以前、ルイーダが言っていた。栞よりも同行者の方が命がけなのだと。

 正しくこの状態が、そうなのでは? と栞は恐ろしい考えに辿り着いてしまう。


 ピピンは、栞から離れて空高く飛んで行く。暫くすると戻って来た。


「多分、大丈夫だと思う。聖なる池は特別な場所で、聖域の中でも特に空気が澄んでいる場所なの。空気が他と違うって言った方が合っているかもだけど。段々と、空気が綺麗になっているからきっと間違ってないと思う」


 栞はそれを聞いて、一安心だと胸を撫で降ろす。みんなが心配なのに、迷子にまでなっていたらもうどうしていいかわからない。

 とにかく、このまま進むしかないと栞は心を強くした。


 崖から落ちる前は、丁度午後になろうと言う時刻だった。きっとあの場で、少し昼休憩をとってそのまま水晶まで行くつもりだったはず。

 それなのに、今はもう夕方の5時になろうとしていた。夕方と言っても、空は明るくてなんの変化もないのだが……。栞は流石に焦り始めていた。

 ただ下に落ちただけなので、それほど時間がかからずに合流できるだろうと思っていたから。


「ピピン、今日はもう無理っぽいかな?」


 栞は、前を飛ぶピピンに声をかける。ピピンは栞を振り返って、少し考えた。


「そうだね。今日はこれくらいにした方がいいかも。いつも歩くのをやめる時間帯だよね?」


 ピピンも栞と同じことを思ったらしく、栞に訊ねた。栞は、大きな溜息を付きそうになるがすんでのところで耐える。

 もしかしたら、もう近くまで来ているのかと言う薄い期待を抱いていた。残念ながら見事に砕け散ったのだが……。

 一日中明るいから、まだ歩き続けることはできるが栞の体力が持たない。あとどれくらいで着くかも分からない状態では、今日はもう諦めるしかなかった。

 仕方なく、栞はその場をキョロキョロと見回して平らで安全な場所を探す。大きな木の根元に穴が空いていて、今日のねぐらに丁度良さそうな場所を見つけた。


「ピピン、あの木の根元が丁度良さそう。今日はあそこで休もう」


 ピピンに指を指して教える。ピピンも頷いたので、栞はその場所に移動した。

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