第32話 栞、転げる

 それからも休み休みしながら、三日は聖域の中を歩いている。それと言うのも、聖域の中は朝と夜の区別がなくずっと明るいのだ。

 こうなってくると時間の感覚がなくなって、今が何時なのか朝なのか夜なのかわからない。其々持っている時計だけが、唯一の道しるべだった。

 この三日間、ポポンとピピンにも色々な話を聞いた。


 聖域の中で暮らしている生き物は、時間の観念を持たない。好きな時に寝て、食べて、遊んで、自由に暮らしているのだとか。

 その中でも、聖女のことだけは昔から妖精たちの中で語り継がれている。聖女が、1000年に一度の役目をこなす為に妖精の存在は欠かせないのだと。

 妖精にとっても、この聖女の役目はとても大切なものだった。聖域の源である水晶が機能しなくなると言うことは、この聖域が機能しなくなると言うこと。

 聖域で暮らす生き物たちが、外に出るようなことがあったらこの世界は大変なことになってしまう。

 そもそも妖精たちが聖域で暮らしているのは、ここの空気がどこよりも綺麗で時間に囚われない世界だから。

 稀に外の世界に興味をもち、外に出て行ってしまうものがいる。しかし、帰って来た時には疲れ果てて有り得ないほど年老いてしまっているのだとか。

 それを見た妖精たちは、やはりこの世界が素晴らしいのだと改めて感じここから出る者がいないくなる。

 だから、妖精たちにとっても聖女はとても大切な存在なのだとポポンが力説してくれた。


 三日間、歩き続けた結果とくに危ないような場面に遭遇していない。普段だともっと、大きな獣だとか毒性の強い昆虫などがいるのだとポポンは言う。

 多分、聖女がいるから出てこないのでは? と言っていた。そういうところは特別扱いなのに、どうして道中だけこんなに過酷な道のりなのだと神様に聞いてみたかった。

 ポポン曰く、妖精の場合は飛べるから水晶の場所までは聖域の境界からでも一日くらで着くらしい。

 栞たちの場合は、歩きだからかなり遠回りしながら進んでいる。その道筋を覚えるのが、案内役に志願する妖精たちの義務なのだとか。

 そのテストに合格しないと案内役にはなれない。毎年、テストが行われていてポポンは合格してから三年が経つのだと誇らしげに話してくれた。

 ちなみにピピンは合格していない。と言うか、テストさえ受けていないらしい。それって、今一緒にいるのはいいのだろうか? と栞は疑問で一杯だった。


「それって、ピピンは道を覚えてないってことなの?」


 あまりに心配だった栞は、ポポンに訊ねた。


「いや、俺と何度も往復しているから何となくはわかってるはず」


 ポポンが、適当なことを言う。


「ピピンってここにいて大丈夫なの? 後で怒られたりしないの?」


 栞は一番気になる事を聞いた。


「ちゃんとテストに合格した妖精がいるんだし、偶々一緒にいただけだって言えば大丈夫だよ。普通なら道案内役は一人だからな。ピピンはいないものとすれば大丈夫だ」


 よくわからない理屈を述べるポポンに、栞は若干の心配が頭を過る。でも来てしまったものはしょうがないので、この話はこれでおしまいだと自分に言い聞かせた。

 それからは、頭を切り替えてピピンと仲良くなった。少し前の自分を見ているようで、放って置けなかったのもある。

 いつもポポンの横を、自信なさげに静かに飛んでいるピピンが何だか可哀想に思えたのだ。だから少しずつ話し掛けて、今では栞の横を飛んでくれるまでになった。


 それからまた一日ほど歩き続けた。ここまで来るのに、大きな池みたいな場所を歩いたりもした。

 水面に突き出た木の根や、大きな岩などを足場にしてゆっくりとその場を進む。池の水はとても澄んでいて、鏡のようになっていた。

 その光景は、写真に撮って残しておきたいと強く思うほど幻想的な風景だった。妖精たちの間では、聖なる池と呼ばれているのだそう。

 その場を過ぎて、また陸地を歩いているとポポンが止まった。


「水晶まで、あともうちょっとだよ。少し休憩しよう」


 その言葉を聞いて、ルイーダも足を止める。後ろのみんなに休憩だと教えてくれた。栞は、ピピンに話かける。


「ピピン、休憩だって。何か食べようか?」


 栞は、その場に腰を降ろして鞄の中を漁る。日持ちのするお菓子を持って来ていて、出発当初からチビチビと少しずつ食べていた。

 昨日、栞が食べているのを無言で見ていたピピンに食べてみる? と差し出した時に嬉しそうに頷いたのがとても印象的だった。

 だから今日も、喜ぶかなと思って声をかけた。


 ピピンは、昨日と同じように嬉しそうに栞の肩に飛んできて止まった。栞は、ピピンに昨日と同じ焼き菓子を小さくちぎって渡した。

 残りは、自分の口に運んで食べてしまう。ピピンを見ると、美味しそうに焼き菓子を頬張って最後には自分の指についた分もなめていた。

 栞は、ピピンが嬉しそうにしている姿を見て満足する。やっぱり、暗い顔ばかりじゃなくて楽しそうな顔をしているのが一番だよねと心の中で思う。


 そして、ユーインにも少しあげようかな? と彼を探す。ユーインは、休憩する場所を探しているのかメンバーから少し離れた場所に移動していた。

 栞はそのまま肩にピピンを乗せて、ユーインの方に歩いて行く。ユーインは、足元が平坦な場所を見つけてまた大きな木の幹に背を預けていた。

 栞が見た感じ、その大木の先は崖になっているような気がする。あんな危ないところに行ってと栞は心配になる。

 気にしないで栞みたいに、その場に座っちゃえばいいのに。でもそこは、ユーインのプライドなのか休憩時はいつもその姿勢だった。


「ユーイン」


 栞が、ユーインの近くまで来たので声をかける。俯いていたユーインが、顔を上げて栞を見た。

 煩いのが来たと言わんばかりの顔をしている。栞は、ユーインって相変わらず失礼っと思った矢先だった。

 ユーインの肩に、紫の斑点模様をしたピンポン玉くらいのクモが乗っている。ユーインの首元に噛みつこうとしていた。


「ユーイン、クモ!」


 栞は、勢いよく駆け寄ってユーインの肩に乗っていたクモを払いのける。その拍子に、足元にあった木の根っこに足を取られて前方に勢いよく転ぶ。

 転んだ瞬間は地面があった筈なのに、転んだ先が悪かった。手を付いたすぐ先が崖になっていて、栞が勢いよく転んだもんだから地面が割れて崖から落ちた。


「きゃーーーーーー」


 栞は、崖から勢いよく落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る