第31話 妖精の道案内
栞は、突然出て来た生き物にびっくりする。この子たち、きっと妖精だよね? ルイーダを見ると、歌うのを止めて栞と同じところを見ていた。
「ルイーダさん、妖精が二人いるの見えます?」
栞は、ルイーダに声を掛けた。
「ああ。栞にも見えるかい? 私にも見える。二人いるね……」
ルイーダもどこか困惑しているようだった。
「妖精が二人?」
ユーインが、驚きの声を上げる。ユーインは栞を見て更に訊ねた。
「俺には見えない。ルイーダと栞には見えているのか?」
栞は、妖精が見えているのが二人だけなことに驚きカイ先生やドミニクの顔を見る。二人とも、やはり見えていないようでどこにいるのか探しているようだった。
「うん。あのクッキーの上にいる。男の子の方は、クッキーを食べてる」
栞は、妖精の方を見ながら話をした。妖精が見えていない三人が、クッキーの方に視線を向ける。でもやはり見えていないようだった。
「そうか……。二人が見えているならいいか。それにしても、二人も妖精がいるのか? そんなこと聖女の活動記録にはどこにも書いてなかったが……」
ユーインが、自分が今まで読んだ本を思い出しているのか考え込んでいる。ルイーダが、妖精二人の元に近づいた。
「あんたたちは、聖女を道案内してくれる妖精ってことでいいのかい?」
ルイーダが、妖精二人に声を掛けた。男の子は、クッキーをむしゃむしゃとひたすら食べている。女の子は声を掛けられて驚いたのか、男の子の後ろに隠れてしまった。
「ああ。おいらポポンってんだ。聖女のクッキー食べちまったからな。俺たちが聖域の源、聖女の水晶まで案内してやるよ!」
ポポンと名乗った妖精が誇らしそうに、両腕を腰にあててのけぞっている。栞から見ると、小さな男の子が威張っている姿にしか見えなくてとても可愛い。
「このクッキーは、聖女のクッキーっていうのかい。これを食べた妖精が、道案内をするきまりにでもなってんのかい?」
ルイーダが、ポポンに聞く。
「そうだよ。聖女の道案内は、妖精にとってとても光栄な事なんだ。だからみんな狙っているけど、時期がいつなのかはっきりしない。だから魔女の歌が目印になっているんだ。運よく聖域の境界付近で、歌を聞いて聖女のクッキーを食べられたやつが道案内になるって決まってんだよ」
ポポンは誇らしげに説明してくれる。栞もルイーダも、なるほどっといった顔で聞いていた。
「そっちの女の子の方は、食べてないけどいいのかい?」
ルイーダは、不思議そうに訊ねた。
「ほら、ピピンも食べろよ。往生際が悪いぞ!」
ポポンが、女の子にクッキーを差し出して食べさせようとしている。女の子は、仕方がなさそうにクッキーを受け取ってほんの少し齧って食べた。
「よし。これでピピンも聖女の道案内役だ。ピピンは、俺の双子の妹なんだぜ。妖精の双子ってのは珍しいんだ。あんたたち、ラッキーだったぜ」
ポポンは、鼻の下に人差し指を滑らせて得意気な様子だ。しかし、ピピンの方は今にも泣いてしまいそうなほど落ち込んでいるみたいだった。
「ねえ、なんでピピンはそんなに落ち込んでいるの? 聖女の道案内って人気がある仕事じゃないの?」
栞は、様子がおかしいピピンに聞いた。ピピンは俯いていた顔を上げ、栞の方を向く。
「聖女の道案内は、とても大切な役目なんだよ? 私なんかがやっていいことじゃないのに……」
自分には重荷だと言っている表情を浮かべて、また俯いてしまった。なんだか栞は、既視感を覚える。考えたらすぐにピンときた。ちょっと前の自分を見ているのだと思った。
「俺がついているから大丈夫! ピピンは、おまけみたいなもんだと思ってくれ」
ポポンが自信満々に言い切った。双子だと言っていた割には、正反対な二人だと栞は思った。
「なあ、妖精は何だって?」
ユーインが栞の元に来て囁く。姿が見えないと会話も聞こえないらしい。これはとても面倒だ。
仕方がなく栞は、妖精が見えない三人に今の会話を説明する。三人ともなんとも言えない表情をしていた。
栞も何となくこの二人の妖精で大丈夫なのか心配だったが、口には出せずに胸の中にしまった。
「じゃー、ここに居ても仕方ないから早速案内しとくれ」
ルイーダが、ポポンにしゃべりかける。
「おう! 任せとけ。こっちだよ」
そう言って、ポポンは羽を広げて飛び始める。ピピンもポポンの後を追って、羽を広げた。
ルイーダは、残っていたクッキーを包み紙に素早く包んで鞄に入れた。そして、妖精の後を追う。残りの四人もルイーダの後からついて行った。
先頭をルイーダが歩いて、二番目にユーインが歩く。三番目に栞が歩いてその後ろをカイ先生が、そして最後にドミニクが一番後ろを歩いた。
会話をすると疲れそうなので、栞はひたすら黙々と歩いた。ポポンは、栞たちに合わせているのかゆっくり飛んでくれている。
聖域の中に行くにしたがって、緑がどんどん深くなっていった。栞の何倍にもなりそうな太くて大きな幹の木が、延々と立っている。
足元に広がる木の根が、足場を悪くさせ人間が歩くのにはとても体力が必要だった。神様は、死ぬことはないと言っていたが、体力面はどうすることもできない。
普通に疲れるし、もういい加減休みたい。
「ルイーダさん!」
栞は、ルイーダに向かって大声を上げた。ルイーダが足を止めてくれて、栞を振り返る。
「何だい?」
「ちょっとそろそろ、休憩しませんか?」
栞は息を切らせながら言った。
「ポポン、ちょっと休憩しよう」
ルイーダが、ポポンに言った。ポポンも了承して、適当な木の枝に止まって休み始めた。
栞は、疲れ過ぎてその場に腰を下ろす。カイ先生が心配して、顔を覗き込んでくれた。
「栞ちゃん大丈夫かい? 最初から結構歩いたもんね」
栞とは違って、息も上げずにいつも通りのカイ先生だった。
「カイ先生は全然疲れてないの?」
栞は驚く。
「一応、狼だからね。これくらいは大丈夫だよ。それに空気が澄んでいてとても気持ちがいいんだ」
カイ先生が、大きく伸びをして空気を吸い込む。とても気持ちが良さそうで、尻尾をブンブン振っている。
栞は、また忘れていた。そうだった、狼さんなんだった……。それは体力ありそうだと一人納得する。栞は、地面に座りながら他の四人にも視線を向けた。
ドミニクも全く疲れた様子はない。それも考えたら当たり前で、騎士なのだ日々の訓練で体力は勿論あるはずだった。
ユーインを見る。流石にユーインもちょっと疲れている。大木の幹に寄りかかって休んでいた。
最後にルイーダを見ると、ポポンと何やらしゃべっていた。いつも通りのルイーダに見える。魔女もやはり普通の人間よりも体力はあるらしかった。
栞はここに来て、こんなに大変な旅路になるなんて思ってもいなかった。聖域がジャングルだなんて聞いてない! もー、神様の馬鹿ーっと心の中で叫んでいた。
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